第二十章 吟遊詩人アベルと王太子アルベルト(1)
「アベルが倒れた?」
「詳しい事はわからない。精神的なショックらしいとしか」
「それであたしに協力要請が?」
「できるならアベルを助けてやって欲しい。あの子には随分世話をかけた。今度は私たちがあの子を助ける番だ」
シスターエルの脳裏に生死の境を彷徨っていたアベルに、意地を張って付き添わなかった結果、マリンと仲違いした記憶がよみがえった。
同じ後悔は、二度と繰り返したくない。
シスターエルは決意した。
「宮殿に行くわ。今度こそアベルを助けたい。もう後悔したくないの」
「頼むよ、エル」
「任せてください、シドニー神父」
「ありがとう」
お礼を言うシドニー神父に、シスターエルはかぶりを振るのだった。
「お兄ちゃんが倒れたの?
あたしにできることならなんでもする! だから!」
「協力してくれるね、フィーリア」
「うん! お願いお父さま! お兄ちゃんのところに行かせて!」
「フィーリア。アルベルト様をお願いね」
「うん。姉様の分まで頑張るから。だから、姉様も早く元気になってね?」
こうしてリドリス公爵家からは、次女のフィーリアが、宮殿に向かうことになったのだった。
一方宮殿では。
一番の難関だと思われていたシスターエルが、一番に快諾したため、最難関はマリンになってしまっていた。
レティシアが、何度頼んでも、マリンは、心苦しそうな顔するだけで、絶対に頷くことはなかった。
シスターエルが自分から引き受けてくれたため、特にすることのなくなったレイティアは、自ら進んでマリンの説得に当たった。
「どうして協力してくれないの? いつものあなたなら王族絡みなら、二つ返事で引き受けているはずなのに。引き受けられない理由でもあるの?」
「そのレイティア様。私は」
「フィーリアが参りました。入っても構わないでしょうか?」
リドリス公爵の声にケルトが応じた。
「構わない。入れ」
「失礼致します」
「お久しぶりです。国王陛下。リドリス公爵令嬢フィーリアでございます。お招きに従い参上いたしました」
最上級の挨拶をするフィーリアに頷いて見せて、ケルトは聞いてみた。
「来て早々悪いが聞きたいことがある。構わないか?」
「はい。なんでしょうか? 陛下」
「マリンが珍しく此度の協力を拒んでいてな。フィーリアに心当たりがないかと思って」
「ああ。それなら」
「「「わかるの(か)?」」」
「言うとマリンお姉ちゃんに叱られるかもしれませんが、マリンお姉ちゃんとお兄ちゃん、いえ、アルベルト殿下は、仲がいいとは言っても、喧嘩友達に近く、いつもマリンお姉ちゃんが殿下に食ってかかって、殿下がそれを流すと言った感じでした。レティシア様が孤児院にきたときも、そうでしたし。身分がはっきりした今、さすがにそれはできないのではないかと思います」
不敬罪ですからとフィーリアが言って、ケルトたちもようやくマリンが渋っていた理由を理解した。
「今回の問題が片付くまで、その間は罪に問わないと言っても引き受けられないか?」
「お言葉はありがたいのですが、心理的にできそうにありません。近衛に過ぎない私が、世継ぎの君に喧嘩越しで会話するなんて。恐れ多くて」
「ならばマリンが望むなら、この件が片付けば、アルベルトの側室に迎えても良い。側室候補なら身分の差は、さほど気にならないだろう? それでもダメか?」
「陛下。お戯れはおやめください」
「戯れではない。そのくらいマリンの力を必要としているということだ。それにあくまでも候補だから、マリンが望まないなら、近衛に戻れる」
ここまで言われて断るのも不敬罪である。
マリンは諦めた。
「わかりました。不敬罪ということは、この件のあいだは忘れます。でも、公私混同になりそうなので、側室候補というのはご辞退頂ければと」
「それはアルベルトが相手では、結婚したくないという拒否ととっていいのか?」
「いえ! そういう失礼な意味はなく、単純に側室になると近衛ができないと言いますか。近衛として姫様方を御守りすることは、私は命懸けでやっていますので」
「つまり結婚と仕事を秤にかけて、仕事をとるという意味か」
「はい」
「それではマリンの女としての幸せは?」
「近衛は肉体が衰えてくると、できなくなる仕事だ。そのときマリンが結婚していないと、さすがに年齢的に結婚は無理となる。そのときマリンの幸せはどこにあるんだ?」
「近衛ができなくなったとき? 考えたこともありませんでした」
「夫を迎え子供を育て、できるあいだは、近衛を続ける。そういう幸せの形は考えたことはないか?
勿論その相手がアルベルトである必要はないが」
「陛下はそんなことまで考えて下さっていらしたのですか?」
この問いにはケルトは答えなかった。
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