第十九章 忠誠心と本心の狭間で(10)
「上出来ですじゃ。旦那様。情報もかなり集まりましたしな」
「実験みたいに言うな。爺。アルベルトの心の傷は、人格を壊すほど深いというのに」
「それを治すためにも、情報の収集は必要なんですわい」
「治るのか?」
「若の記憶は孤児院に行く手前で止まっているようじゃ。そこから実体験を追体験していけば、もしかしたら速い段階で記憶障害は治るかもしれませんですじゃ」
「つまり孤児院での生活を再現してくれということか」
呟いたケルトが頭を抱える。
「今の不安定なアルベルトを孤児院に預けるわけには行かないぞ」
「ですが孤児院の環境を整えるだけなら、宮殿でもできますわい。当時を知るものがいたら、似た環境は築けましょう」
どうせ成長しているから、全く同じにはできないわけだし。
と爺に言われ、ケルトの頭脳は、高速で回転する。
今可能なこと無理なことを分別していって。
そして残ったのは、やはりシスターエルだった。
彼女を宮殿に招くのが、一番の難題だ。
そこまで考えたとき、圧倒されていた面々が口を開いた。
「今アル従兄さまになにが起こったんですか? お父様?」
「アル従兄さま。まるで小さな子供みたいでした」
「アル従兄さま。大丈夫なんですか?」
「もしかして危惧していた症状が悪化されたんですか?」
「リドリス公も見ていただろう? 意識が混濁してそのまま幼児返りしてしまった。というより封印された記憶が、今までの記憶や人格と入れ替わった。そんな感じだな。私が体感したところでは」
「それでフィーリア様たち孤児院出身者の協力が必要と」
レイティアが囁き、リドリス公が即座に答えた。
「フィーリアは私が説得します。マリンはレティシア様が、シスターエルはレイティア様が、説得して頂けないでしょうか?」
「それだけことは急を要するというですね。わかりました。マリンの説得はお任せください。私誠心誠意お願いしてみますから!」
「私が一番難関のシスターエルですか。自信はありませんですが、出来る限り頑張りますね」
レイティアは心許なげに言ったが、そんな長女にケルトが喝を入れた。
「シスターエルは公爵令嬢フィーリア共々、核となる人物だ。心挫けないで頑張ってほしい」
「わかりました。お父様。一命に賭して説得に当たります!」
「シスターエルがすんなり理解してくれるといいのだが」
ここで爺がケルトが、失念していることを指摘した。
「旦那様。今の若の心の拠り所は、旦那様であることをお忘れなきように」
「外見がすこし似ているだけで、私に兄上の身代わりができるだろうか」
「そうですか? 私は殿下の偽者が登場したときから、本物はあなただと確信していましたが?」
「それは腕輪が」
「腕輪なんてなくても、あなただと一目でわかりますよ。そこまであの人に似ているのに」
そんなに似ているだろうかと考えたとき、リドリス公がトドメを刺した。
「少なくとも当時の記憶に左右されている殿下が、迷いなく間違えるほどには、あなたは似ています。そう自覚して自信を持って、先の陛下として振る舞ってください」
「わかった。頑張ってみる」
「殿下は愛情に飢えていらっしゃいます。父親としての愛情を注ぐことを忘れずに」
「それで小さい頃の悲惨な境遇の記憶を塗り替えられるだろうか?」
「塗り替えてやる! くらいの気概でお願いします。
そのほうが殿下も幸せでしょうから」
「記憶を取り戻した従兄さまは、きっとお父上に愛された思い出を持っているんじゃないでしょうか」
レティシアに言われて、
アベルの記憶の中で、兄の代わりになれると気付いて、照れて咳をするケルトだった。
実はこの場にマリンもいたのだが、大体の事情を掴んでも、自分からやりますと言えなかった。
何故って孤児院で出逢った頃といえば、喧嘩ばかりしていたから、身分が明らかになった今、同じ態度は到底取れない。
頼まれたらどうやって断ろうか、そればかり考えていた。
それにエル姉が引き受けるとも思えなかったから、それも気が重かった。
さっきのアベルを見た後では、引き受けないことが罪悪に思えて。
(だって世継ぎの君相手に今更喧嘩なんてできるわけないじゃない! 頼まれても無理だわ!)
マリンの頭の中にはそれしかない。
多分エル姉もそうだろう。
王族の協力要請なんて跳ねつけるはずだ。
そうしたらアベルはどうなる?
もしあのまま戻らなかったら?
しかし相手は大国ディアンの世継ぎだ。
無理難題すぎる。
ふたつの気持ちが、心の中でせめぎ合う。
彼の役に立ちたい。
でも、できない。
そんな気持ちが。
その答えを出すときは、刻一刻と迫っていた。
どうでしたか?
面白かったでしょうか?
少しでも面白いと感じたら
☆☆☆☆☆から評価、コメントなど、よければポチッとお願いします。
素直な感想でいいので、よろしくお願いします!




