第十九章 忠誠心と本心の狭間で(8)
『ねぇ、父上。どうしてそんなに悲しそうな顔しているの?』
あれは幾つのときだろう。
父上に手を引かれて母上の墓碑まで案内されたとき、ここに母が眠っていると、アベルを産みたくて自分の命より、アベルを産むのを選んだのだと言われ、あのとき自分は。
思い出したいのに、記憶がどんどん薄れていく。
忘れなさい。
忘れて深く眠りなさい。
そう囁く声がする。
この声はだれ?
だ、れ?
その頃、孤児院では、シドニー神父宛に、一通の手紙が密かに届いていた。
その内容はシドニー神父的には、無理難題というか、頭を悩ませる類のものだった。
ただ、最後につけたされた一言が、シドニー神父を悩ませていた。
「アベルの過去についてか」
心当たりはひとりしかいない。
その当時のことをはっきりと覚えているのは、シスター・エルしかいない。
後覚えているかは不明ですが、覚えていればマリンも含むか。
フィーリアは小さすぎて例外、いや、確か一番最初にアベルが心を開いたのは、フィーリアではなかったか?
フィーリアが覚えているかどうかは知らないが。
そこは確認するべきか。
シスター・エルに話を伝える前に、フィーリアが覚えているかどうかを確認しなければ。
シドニー神父はすぐにリドリス公爵令嬢フィーリア宛に手紙を書いたのだった。
ーリドリス公爵家ー
「シドニー神父様からお手紙が届いた? 渡してくださる?」
礼儀作法をきっちり毎日叩き込まれているフィーリアは、最近ずいぶん立ち振る舞いが変わった。
もちろん口調も。
公爵令嬢らしくなったフィーリアが、シドニー神父様からの手紙を受け取った。
侍女たちを下がらせると大切に封を切った。
そこに書かれていたのは、
「お兄ちゃんとの1番古い思い出は覚えているか?」
覚えていたら公爵に伝えること?
「どうしてこんなことを?
お兄ちゃんに何かあったのかな?」
アベルとの一番古い記憶は、2歳のときだ。
まだ幼かったが、はっきりと覚えている。
それをお父様に言えばいいの?
フィーリアは自信はなかったが、宮殿にいる義父に向かって手紙を認めた。
それをすぐに届けるように命じ、フィーリアはため息をついた。
色んなことが同時に展開されていたが、リドリス公爵のもとに一番に連絡が来たのは、次女フィーリアからだった。
「陛下。朗報です」
「どうした? それはフィーリアからの手紙だろう? なにかあったのか?」
「シドニー神父から手紙が来たようで、その手紙も同封されています。直接ご覧になりますか?」
「いいのか? 娘からの手紙だろう?」
「ですが内容は陛下のご命令に関するものですから」
「なに? やけに動きが早いな」
手を差し出すケルトに公爵が娘からの手紙を差し出す。
『アルベルト殿下がアベルだった頃、きみが殿下としての彼をもしも覚えているのなら、すぐに公爵に伝えて欲しい』
『私が覚えているお兄ちゃんの一番古い記憶は2歳の頃よ。それが何かあるのかわからないけど、一応報告を』
これは確かに朗報だった。
「それとこちらは今届いたシドニー神父からの手紙です」
「そうか」
黙って受け取って、ケルトは封を切った。
「突然の手紙をお許しください。
お尋ねの件、自分なりによく考えてみました。
そして、真っ先に浮かんだのは、フィーリアなのです。
他にもご指摘の通り、マリンやシスター・エルなど、間違いなく覚えているだろうと思える候補はいますが、殿下が一番最初に心を開いたのは、私には、フィーリアに思えて仕方がないのです。
フィーリア公爵令嬢が覚えているかどうかは、賭けのようになってしまいますが。
その返事を待ってシスター・エルに話を通したいと思っています。
これはかなりの難題ですので。
それでは失礼いたします。
シドニー」
これは意外な報告だ。
当時わずか二歳のフィーリアが、アベルではなくアルベルトのことを覚えているなんて。
「フィーリアを城に呼ぶことは可能か?」
「可能ですが。何故お尋ねに?」
「いや。リアンの介護をしていただろう? だから、此方の事情で呼び寄せていいものかとな」
「殿下の来訪以来かなり回復しています。今なら大丈夫かと。ご案じ頂きありがとうございます」
「それはよかった。ではすぐにフィーリアを呼んでほしい」
「承知しました」
「後はシスター・エルか。応じてくれるといいのだが」
レイティアたちは部屋にはいたのだが、事情を聞いていなかったので、どう言うことだろうと顔を見合わせる。
またどうしてアベルは倒れているのだろうと疑問に思う。
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