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千夜一夜  作者:
(5)消された想い出

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第十九章 忠誠心と本心の狭間で(7)

「この条件には、裏があってな」


「裏ですか?」


「アルベルトが悩んでいただろう? マリンの本心について。仕事と恋愛のどちらを優先するタイプかと」


「はい」


「アルベルトの側室になれる権利を得て、それからどうするか。それでわかるんじゃないか?」


「なるほど。それはよき案ですね」


 同意するリドリス公にケルトは、すぐさま指示を出した。


「国王ケルトの命により、シドニー神父に暫くの間、シスター・エルを借り出したいと伝えて欲しい。詳しいことは言えないが、世継ぎ絡みの問題であること、長引く可能性があることも伝える。その代わりシスターを借りるのだから、こちらの希望の全てが叶ったならば、半恒久的な孤児院と教会への援助を行おうと伝えて欲しい」


「援助の額を確認されたら?」


「アルベルトが稼いでいた額と同程度、だな。それだけあれば一年間、生きていける事は証明されている。それで充分だろう。本来アルベルトが去った段階で、得られないはずの金額なんだ。それ以上は必要ないな」


 それ以上の援助は、外から見て明らかにやり過ぎに映るだろう。


 その辺はケルトは弁えている。


 アルベルトがいつも気にしている王族の横暴。


 ケルトだって気にしているのだ。


「後マリンを呼んで欲しい。二度手間を省きたいから、シスター・エルと登城が同じでも構わない」


「畏まりました」


 アベルの容体が気になるリドリス公は、一言だけ確認してみた。


「殿下が目覚めるまで、猶予を頂いてよろしいでしょうか? 王子が今回の騒動で記憶を取り戻している場合、そのご命令は不要と言うことになりますから」


「そうだな。そうしてくれ」 


 その時ノックの音が響いた。


「お父さま、こちらですか?」


「レイか?」


「入ってもよろしいですか?」 


「あ、ああ」


 アベルが倒れているのを思うと、少し躊躇ったが、ケルトは許可を出した。


 護衛のマリンに先導されて、レイティアとレティシアが入ってくる。


 部屋の中では、アベルが倒れていて、介護されている状況を見て、3人ともハッとする。


「アル従兄さまはどうされたのですか?」


「あ、あ。少し精神的に混乱してな。激しい衝撃を受けて昏倒したんだ」


「激しい衝撃って? なんですか? お父さま」


「ちょうどいい機会だから、マリンに聞きたいんだが」


「はい」


「アルベルトが孤児院に来た頃のことが記憶にあるか?」


「あ、はい。私も2歳でしたが殿下と私は半年違いでしたので、記憶はくっきり残っています。個人的に拘っていたものがありましたし、王子が孤児院にいらっしゃった頃の事は、一応覚えております。それが何か?」


「ではシスター・エルは当時何歳で、既に孤児院にいたのか?」


「シスター・エルは当時まだ両親が健在だったので、実家から教会に通っている日々でした。年齢差は4歳差でしたから、当時のことを一番よく覚えているのは、私よりシスター・エルかもしれません」


「では、僅か2歳でありながら、そなたの記憶にくっきり残るほどの印象を残した。アルベルトとの出逢いとはどういう意味だ?」


「いえ、その。口に出すと、不敬罪になってしまうので、ご容赦いただけないでしょうか?」


「構わん。どんなに失礼な内容でも罪には問わない。申せ」


「は、はい。孤児院に来たばかりの殿下は、どこかぼんやりしていてすることといえば、剣の鍛錬ばかり。はっきり言えば、周囲から浮いてしまっていたのです」


「そうか」


「私も幼かったですから、硬なに周りと打ち解けようとしなかった殿下が、少し癪に触ったというか、周りを見ないことが腹立たしくて、喧嘩を売っては、殿下を何とか子供たちの輪に入れようと必死でした。子供心ながらに、このままではいけないと感じていたのかもしれません。このままでは殿下は孤立してしまうと、なんとなくわかっていたのかも。まぁ今になって思えば、子供の浅知恵だったなとは思いましたが」


「僅かもうすぐ3歳になろうという2歳に過ぎないマリンが、そこまではっきり覚えていると言う事は、同居していなかったとは言え、4歳差で教会に毎日通っていたシスター・エルは、もっとはっきり覚えていそうだな」


「あの一体どういうことでしょうか?」


 なにか罪に問われている気がして、マリンが不安げに問い掛ける。


 そんな彼女を庇うようにレイティアやレティシアも口を挟んだ。


「何故そのようなことを問うのですか? お父さま」


「説明して頂けませんか? このままではマリンは不安になるばかりです」


「アルの意識が戻るまで待ってほしい。今は説明できないのだ」


 ケルトにそう言われたら、誰にも文句は言えない。


 3人は口を噤み、寝台で魘されているアベルを見ていた。





 どうでしたか?


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