第十九章 忠誠心と本心の狭間で(3)
「叔父さんが頭を下げるようなことじゃないよ。叔父さんはなにも間違ってない」
「アルベルト」
「俺だってそんな民衆に好かれない王にはなりたくないから」
「ありがとう。アルベルト」
「叔父さんは気にしすぎ。それより叔父さんとリドリス公爵って実は仲が悪かったのか?」
「そうだな。年も離れているし、兄上を取り合っていたから、決して仲がいいとは言えなかっただろうな。昔から」
「それじゃあ、叔父さんはどうしてリドリス公爵を宰相に」
ここまで言ってアベルは、アッと声を出した。
「そうか! 仲が悪かったから宰相に迎えたんじゃない。国王相手でも間違っていることは間違っていると、悪いことは悪いと身の安全を無視して指摘してくる。そんな貴族としては異端のリドリス公爵だから、叔父さんは宰相に迎えたんだ!」
ひとつの疑問が解消されて、アベルはスッキリした顔をしている。
「もう一度繰り返すぞ? アルベルト。それがどれほど尊いことかわかるか? 兄上は確かになにかを残す暇もなく殺されてしまったかもしれない。だが、最高の宝を残してくれた」
「それが権力では動かない貴重な人物。リドリス公爵」
「ああ。だが、もうひとり忘れているぞ」
「え?」
「他ならぬ兄上の忘れ形見。そなただ。アルベルト」
「叔父さん」
「私にとってはそなたとリドリス公は、兄上が残してくれた大事な宝物だ。恥ずかしいからリドリス公爵には、面と向かって言ったことはないが」
「それ、ちょっと遅かったと思うよ、叔父さん」
アベルが背後を指差して、振り向いたケルトは、そのまま固まってしまった。
そこでは意外な告白を聞いたリドリス公爵が、すこし赤い顔で困ったように佇んでいた。
「何故無許可でそこにいる?」
「先程は言い過ぎたと感じたので謝罪に来たのですが、幾らノックしても返事がなく、非常事態かと勝手に入らせて頂きました。盗み聞きをする形になってしまい、申し訳ありません」
「全く。一生言う気はなかったのに」
ケルトはぶつぶつと文句を言っている。
多分照れ隠しだろう。
その証拠にわずかだが、顔が赤い。
「つれないことを仰いますね。私は貴方の本音が聞けて、とても嬉しかったのに」
「リドリス公」
「貴方は私の大事な親友の弟君です。もっと親しくしたいと以前から考えておりました。しかし小さかった頃のあれこれを考えると、とても好かれているとは思えない。なのに貴方は私を宰相に指名した。これでも悩んでいたんですよ。どんな意図があって、私を宰相にしたのだろうと。まさかその理由が、私が王になった貴方に平然と楯突くからだとは思いもしませんでしたが。ましてやそれが彼の置き土産だということも。本当に貴方は私の意表をつくのがお上手ですね」
「王になったばかりの頃、市井から戻ってきたばかりの私に対するみなの態度が急に変わった。気持ち悪かった。居心地も悪かった」
「叔父さん」
「陛下」
「私はなにも変わっていないのに、昨日まで市井で暮らしていた私と、なにひとつ変わってはいないのに、周囲はそんな私に媚びへつらう」
「「‥‥‥」」
「それでも私が兄上の後を継ぐのだからと、初めての会議に参加したとき、すべてのものが私の意見に賛成する中、リドリス公。そなただけが真正面から否を唱えてきた」
「陛下。その決定はすこし性急に過ぎませんか? 確か私は処罰も覚悟して、そう申し上げましたね。覚えています、今でも」
「それまで灰色だった人形ばかりの世界に、いきなり色が走った気がして、そこに生きているリドリス公爵がいるんだと、気が付いたんだ」
灰色の人形ばかりの世界。
それは辛かっただろう。
「最初は腹が立って、自分が正しいと証明しようと頑張ってみたが、経験の差は如何ともしがたく、いつも正しいのはリドリス公爵のほうだった。子供の喧嘩の延長戦上のような日々が、すこし過ぎてある日の政策で初めてリドリス公爵に認めてもらった。私の目にはリドリス公爵に兄上が重なって見えた。よくやったな、ケルト。兄上にそう褒められた気がしたんだ。そうして幼い頃の兄上の言葉の意味が、やっと理解できた気がした」
『どうしてリドリス公爵を側におくのか? そうだなあ。ケルトにもわかりやすく言うなら面白いからだよ。王として生きていくなら、首振り人形ばかりでは意味がない。いつかケルトが大きくなったらわかると思うよ? リドリス公爵みたいな存在の有り難さが』
『だからといって無意味に威張り散らし、反論ばかりする臣下でも困るけどね』
と、まだ世継ぎだった兄はそう言って笑った。
「幼かったあの日、兄上から聞いた言葉。その意味をリドリス公爵に体現されて、私は宰相に迎えるなら、リドリス公爵しかいないと確信したんだ」
「それが対立してばかりだった私を宰相に迎えた動機でしたか」
なんだかとても恥ずかしいことをケルトに自白させた気がする。
ここはお互い様といこうか。
恥を掻くならふたりともだ。
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