第十八章 恋心と嫉妬の戒め(9)
またもやハーレム問題動く?
「なにかあるのか? エル姉、いや、シスターエル」
身分の差を意識しろとシドニー神父に指摘されてから、アベルはなるべく世継ぎとして喋っている。
指摘は尤もだと思ったので。
「こんなことあたしの口から言うのもどうかと思うけど、フィーリアまでがあんたの妃になるなら、もうひとりどうしても候補に入れて欲しい人がいるの」
「え? でも、シスターエルの知り合いなら庶民なんじゃ?」
庶民が王のハーレムに入ったら、どれだけ苦労するかは、アベルもよく知っている。
思わずそう返せば、エルは肩を竦める。
それはわかってると言いたげだ。
「余計な口出しなのはわかってるの。でも、ずっとアベルに片想いしていたあの子だけが、この状況下で弾かれているのが、可哀想で。立場的にあの子には言えないでしょうから」
「えっとなんのことなのかな? 俺の知り合い?」
「本当に鈍いわね。あなた本当にあの子の気持ちに気付いていないの? あれだけ近くにいたのに? 幼い頃からずっと一途にあなたを想い続けてきたのに?」
誰のことだろう?
本気で心当たりがない。
アベルはレティシアたちと出逢うまで、自分が恋愛的にモテるタイプだなんて思ったこともなかったし。
しかしそれ故に相手の恋心に気付いていないと言われても、自分でも否定はできなかった。
自分が鈍感な自覚くらいはあったので。
しかしここまで言われても心当たりがないということは、相手もよほど上手く隠していたのだろう。
こんな形で聞いてしまっていいのだろうか?
こんなときは消去法だ。
まず婚約中の4人は省く。
相手を特定する条件として、幼い頃からの付き合いであること。
そしておそらくだがアベルと釣り合う年齢であること。
尚且つ当人にもわからないくらい巧妙に好意を隠せるもの。
う〜ん。
本気でわからない。
誰のことだろう?
「候補がわからない。フィーリアは誰かわかるか?」
「んーん? あたしもわからないけど、年齢だけで候補にするなら、マリンお姉ちゃんしかいないんじゃない? 後の知人は年齢的に釣り合わないし。庶民という括りだと他に思い当たる人がいなくて」
「マリン? ないない! 身分が変わって尚毎日のように説教されてるのに」
「じゃあ他に思い当たる人がいる? お兄ちゃん」
「それは」
アベルがそう言ったとき、シスターエルが口を挟んだ。
「あんたがそうだから、マリンはなにも言えないのよ」
それは肯定の言葉だった。
あまりのことに返す言葉を失う。
「あの子とあんたの馴れ初めが、そもそも喧嘩友達から始まったのも、悪く作用してしまったのね。文句を言い合う関係が定着してしまって、逢えば口論するのが普通すぎて、好きの一言が言えなくなった」
「シスターエル」
「その内剣の才能を見込んで軍入りして、物理的な距離もできてしまった。再会してからはあんたの身分がわかり、身分違い主従関係にならざるを得なくなってしまった。思い返してみて。再会してからマリンの態度は変わった?」
「いや。人のいるときは護衛騎士としての態度を崩さないが、俺とふたりきりのときは、昔となにも変わらない」
「レイやレティがいるときは?」
「普通かな。護衛として接するけど、俺に対しては普段通りというか」
だから、思いもしなかった。
彼女がそんな秘めたる想いを隠して接していたなんて。
「今のままならマリンが自分の気持ちを口にすることはないわ。身分違いだし、なにより主である王女たちがいる。彼女たちの面目を考えて、なにも言えなくなるわ」
「それはそうだな。それで俺にどうしろと?」
「あたしとしてはあんたのほうから仕掛けて、あの子が本音を言うように仕向けてほしいのよ。その上であんたの気持ちを告げてあげてほしいの」
「俺の気持ち、か」
自分で言うのもなんだが、案外女性にモテていたんだな。
しかしエルの言う通りにしたとしても、マリンの身分では側室が限界だ。
妃としては迎えられない。
マリンはレイやレティの専属護衛騎士だ。
その彼女が側室になるのも、政治的に拙い気がする。
でも、それじゃあ俺を想ってくれる彼女の幸せはどこにある?
俺自身マリンのことは嫌いじゃない。
妻に迎えると仮定したら、フィーリアについで気楽に過ごせる相手だ。
嫌なのかと言われたらそうだと言えない自分がいる。
何故想いを寄せてくれる身近な相手は嫌えないのだろうか。
好きだと言われた時点で退路を断たれている気がする。
これが知らない相手だったり邪な気持ちの相手なら、一言で断れるのに。
「シスターエル。いや。エル姉」
「なに?」
「そういう行動を起こしたとして、マリンは喜ぶか?」
「え?」
「主に背くようなことをさせられて、忠義心の強い彼女は、苦しまないと思うか?」
わかりやすく説明すると、エルは答えに詰まった。
どうでしたか?
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