第十七章 四角関係(4)
舞踏会もたけなわ。
さっきの騒ぎなどなかったかのように。
貴族社会って怖いな。
アベルはレイティアにこっそり声を投げた。
「舞踏会が終わる前にレイティアを誘いに行くから、今はレティシアを優先してもいいかな?」
「寧ろわたしの方から、お願い致したいところでした。わたしはリアンを慰めますから」
「ありがとう。それからマリン」
「はい!」
「俺はレティシアについているから、ふたりには不埒な奴らは近付けさせないでくれ」
「承知しました」
「ごめんなさい、姉様。リアンをお願いね」
「ええ。怖かったでしょう? 思い切り泣いて、慰めてもらいなさい」
「ふふ。王女が泣けないことくらい、姉様が一番知っているじゃない」
「それでも泣きたいことはあるわ。
王女である前に暴力の前には無力な、ひとりの女の子だもの」
「姉様」
「我慢することはないのよ? 従兄さまに慰めてもらいなさい。それは決して恥ではないのだから」
「ありがとう。姉様。それから‥‥‥ごめんなさい」
何を言っても謝るレティシアにレイティアは、仕方なさそうに微笑むのだった。
姉妹の会話はどういう意味かなと悩みつつ、アベルはレティシアをバルコニーに誘い、ノンアルコールのカクテルを差し出した。
果汁ではない。
でもお酒でもない。
大人ではない。
でも、子供扱いもしてないという彼なりの意思表示だろうか。
果汁では子供扱いしていることになり、お酒は年齢的にまだ飲めない。
そういうときの苦肉の策。
そこに彼の優しさを感じて、レティシアは微笑んで受け取った。
「思ってたより落ち着いてるな」
「え?」
「バルコニーに連れ出したら泣き出すかと思ってたから」
そのくらい怯えてて真っ青だったしと口にするアベルに、レティシアはカクテルを口に含み一口飲み込んでから口を開いた。
「従兄さまが来てくださったから」
「え?」
意外なことを言われ、アベルは驚いて彼女を振り向いた。
レティシアは頬を染めて恥じらい、アベルを見上げていた。
なんだか妙に照れる。
「従兄さまはきちんと助けに来て下さいました。わたしのことをその‥‥‥大事な婚約者だと言って下さいました。それだけでそれまでの恐怖も忘れるほど嬉しかったんです」
「レティシア」
「姉様もいらしたら、きっと同じくらい喜んだでしょうに。そう思うと少し申し訳ない気分です」
「それでさっきレイティアに謝ってばかりいたのか?」
「わたしたち姉妹で恋敵ですもの。片方だけに言われたら、それは」
ああ、これはアベルが悪い。
レイティアを傷付けるところだった。
後で彼女とも話さないと。
さっきとっさにああ言っておいて正解だった。
「大事な婚約者、か」
「従兄さま?」
「いや。婚約については煮え切らない態度ばかりで、いつもふたりを不安にさせていたけど」
「そんなことは。わたしたちの方こそ、従兄さまばかりに負担をかけてしまって」
「いや。この問題は俺がはっきりと意思表示するべきだったんだ。
ふたりのことをどう思っているか。だって今は婚約だけだけど、その先には結婚が待ってるんだから。更にその先には世継ぎの生誕もね」
「なんだか従兄さまらしくないお言葉ですね」
「俺の意志が今までふわふわし過ぎてたんだよ。もっと現実味を伴って考えないといけなかったのに、俺は覚悟が足りなかった」
「それは後悔しているということですか?」
「それならあの場面で大事な婚約者とは言ってない。大事な従妹って言ってるよ」
その言葉の意味するところに、レティシアの瞳に涙が浮かぶ。
「後でレイティアにも告げるけど、どうも俺はふたりのことが同じくらい好きみたいだ」
本当はどちらかひとりを選ばなければならない問題なんだと思う。
でも、アベルには選べない。
ふたりのことは元々好きだった。
その気持ちが恋愛感情だと、とっさに口走った言葉が教えてくれた。
背徳感はある。
でも、今は芽生えたばかりのこの気持ちを大事に育てたい。
「ひとりを選べない頼りない俺だけど、こんな俺でも構わないか?」
「わたしはそんな従兄さまが、アルベルトさまが好きです!」
「アルベルトでいいよ。婚約者に兄呼びはおかしいから」
柔らかい笑顔でそう言われ、レティシアは何度も頷いた。
「告白はレティシアからだったから、今は口付けはできない」
「はい。わかっています。アルベルトさま。わたしはそんなアルベルトさまを恋慕っておりますから」
どちらかを特別扱いしない。
そんなアベルだからこそ好きなのだと言えば、アベルは赤くなって咳払いした。
「ずっとずっと言いたかったのです。アルベルトさまをお慕いしていること。でも、口にすれば重荷にならそうで。アルベルトさまの。これからはもう構わないのでしょうか? わたしも姉様も想いを口にしても、許されるのでしょうか」
「そう思わせたのは俺の罪だな。間違いなく俺は、ふたりのことが好きだよ」
「ありがとうございます」
たまらず泣き出したレティシアをそっと抱きしめるアベルだった。
今はまだそれしかできなくて。
彼の決断が多くの者を動かすことになる。
そのことはまだ誰も知らない。




