第十七章 四角関係(3)
子弟の手がふたりに触れようとしたとき、黒いマントを掴んだ腕が、ふたりを庇うように現れた。
みんなが突然現れた黒マスクの青年を睨む。
明らかな邪魔者だからだ。
「姫君たちは嫌がっているが、そこで無理強いするのは、貴族の子弟としては問題なのでは?」
事を荒立てないためにアベルは、敢えて別人として振る舞っている。
婚約者であるアベルの目の前でレティシアを口説き、あろうことか手を出そうとしたと公になると大問題になるからだ。
しかし相手は普通の子弟ではなかった。
「私はアインハイム公国から遥々姫に求婚するためにやってきた。公子のユージィンだ。口説いてなにが悪い?」
「第一に姫には婚約者がいる。婚約者のいる姫君に手を出すのはマナー違反。堂々と言える理由ではないな」
「重婚を選ぶ優柔不断な婚約者など論外だ。この場に現れることもできない臆病者!」
「アル従兄さまを悪く言わないで! 婚約についてアル従兄さまは、アルベルト様は何も悪くないわ!」
「騙されているのですね。姫。お可哀想に。今解放してあげますから」
「いや! 触らないで!」
場が混沌としてきたとき、死角だったリアンに手を伸ばした男がいた。
リアンは恐怖のあまり絹を裂くような悲鳴を上げてしまった。
フラフラと崩れ落ちるリアン。
リアンを助けたいが自分も囲まれていて、動けないレティシア。
そこまでふたりを庇っていたものの、身分を伏せていたせいで、軽くあしらわれていた温厚なアベルが、遂に切れた。
「人が事を荒立てまいと振る舞っている間に矛を収めていたら、問題にする気は俺にはなかったのに」
小気味良い音を立てて白い手袋が公子の頰を打つ。
「決闘だ」
「決闘の手袋だ」
「でも、理由はなんだ?」
「受ける度胸がお前にあるか? ユージィン公子?」
「ぼ、ぼくには決闘を申し込まれる覚えなんてないぞ」
「こっちには嫌ってほどあるんだよ。大事な年下の友人と大事な婚約者のひとりに目の前で手を出されて、黙っていられるほど、俺も軟弱者ではないんでね」
「もしかしてアル従兄さま?」
「もしかしてアルベルト様ですか?」
ふたりの驚いた声にアベルは、やっとマスクに手をかけた。
現れた前王そっくりな容貌に自分たちが、誰の前でなにをしたか自覚して、公子とその取り巻きたちは真っ青になり震え出す。
「アルベルト? この騒ぎはなんだ?」
一通り挨拶を終えたあたりで騒ぎに気付き、現れたケルトたちにアベルは、米神を引き攣らせて言ってのけた。
「こいつら全員叩きのめしてやりたいんだけど、決闘の許可くれる? 叔父さん?」
やっぱりアルベルト王子だったー!
と声もなく絶叫する子弟たち。
その頃には愛娘リアンの異常に気付き、公爵も額に青筋を立てていた。
「王子。詳しい説明を別室でして頂けませんか?」
「いいけど。そんなの一言で済むよ。婚約者である俺の目の前で、婚約者がいるとわかっていて、レティシアに求婚すると言って口説いて手を出そうとし、まだ小さなリアンまで口説いて手を出そうとした救いようのないバカ」
この説明には駆けつけてきた3人も顔色を変えた。
レイティアが妹と幼い親友を気遣っている。
「それで?」
「最初はむやみやたらと波風を立てない方がいいと思ったから、マスクで顔を隠して相対していたんだけど。ふてぶてしいというか。婚約者がふたりいる俺は、婚約者も選べない臆病者だと言われ、身分を隠してると軽くあしらわれて、遂には実力行使。さすがに切れたよ、俺も」
「大丈夫なのか? リアン?」
「大丈夫です。お父様。でも、とても怖かった! アルベルト様がいらっしゃらなかったらと思うと、今でも震えが止まらないのです!」
「リアン」
「「大丈夫なの(か)? レティシア?」」
「大丈夫。大丈夫よ。アル従兄さまが来てくださったから。婚約者として庇って下さったから」
温厚なアベルが切れて決闘騒ぎを起こすほど怒ってくれた。
それだけでレティシアは震えも止まりそうな気がした。
「決闘は許可できないが、公子にはそれなりの罰を受けてもらおうか。自国でな」
「ケルト王! 私は!」
「見苦しい言い訳は聞きたくない。貴国の出方次第で、こちらも出方を考える。よく自覚することだ。そなたが他国でなにをしようとしたのかを。ほら! お帰りだ!」
この国にいることも認めないというケルトに、公子は黙って項垂れるのだった。
「リドリス公爵」
「はい」
「前々から話し合っていたことだが、具体的に煮詰めたい。後で執務室に来てくれ」
「承知いたしました」
「アルベルト」
「ん?」
「婚約者たちの面倒はきちんと見て慰めてやってくれ。もちろんリアンもだぞ?」
「男の役目だからね。わかってるよ。任せて、叔父さん、リドリス公爵」
「ああ。任せた」
「よろしくお願い致します。アルベルト王子」
深々と頭を下げられ、アベルはしっかり頷いたのだった。




