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千夜一夜  作者:
(4)恋心と嫉妬の戒め

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第十七章 四角関係(1)





 第十七章 四角関係




 婚約させることは無理強いでできる。


 しかしそこから彼を振り向かせることができるかどうかは、ふたりの努力次第だ。


 あのとき、父からそう言われた。


 婚約発表されたとき、あの人は戸惑っているようだった。


 好意を全く持っていないわけではないだろう。


 だが、恋愛感情を抱いていないのは確かだ。


 少しでも恋愛感情を抱いていたら、嬉しそうな顔をしているはずだし。


 振り向かせる努力。


 それって具体的には、どうすればいいのだろう?


 これまでなんの努力もしなかったわけじゃない。


 自分なりにアピールしてきたつもりだ。


 しかしこの問題は姉姫にも、リアンにもなんとなく相談しにくい。


 レティシアの身近な存在で、こんな話題に付き合ってくれそうなのは、ただひとりしか心当たりはいなかった。


「ねえ。マリン」


「はい?」


「少しプライベートな話題に付き合ってほしいの。構わないかしら?」


「プライベート? レティシア様のですか?」


「貴女なら吹聴しないと信じられるし、情けないけれど貴女ぐらいしか信じられる人がいなくて。迷惑かしら?」


「‥‥‥」


 マリンは答えなかったが、沈黙を肯定ととってレティシアは口を開いた。


「好きな人へのアプローチって、一体どうやってすればいいの?」


「それは‥‥‥難しい問題ですね」


「マリンには好意を寄せる人はいるの?」


「昔はいました。これでも初恋くらいは体験済みですから」


「まあ知らなかったわ。その人には告白はしたの?」


「いえ。好意を伝える前に玉砕して。ですからそういう話ではお役に立てるかどうか。すみません」


 レティシアは知らない。


 マリンの好きな初恋の人というのがアベルであること。


 そのアベルがレイティアやレティシアと婚約したから、身分違いの恋に見切りをつけて想いを封印したこと。


 この無邪気な問いかけが、彼女にとってどれだけ酷なものかということも。


 しかしそれはレティシアの罪ではない。


 なにしろマリンの気持ちは知っている者がいないのだ。


 身近な者でそうなのだ。


 それなのに主従関係として接してきただけのレティシアに気付けというのは酷だから。


 主従関係というのは対等な関係ではない。


 今マリンが本音で話さないように。


 考えてみればレティシアもレイティアも、孤独な立場である。


 本音で話せる友人すらいないのだから。


「ではアプローチはしなかったの?」


「わたしはあまり色恋が得意な方ではないみたいで。本人を前にすると素直になれなくて喧嘩ばかりで。それでも気持ちが通じていると信じている頃もありました」


「貴女なりのアプローチはしていたということ? それなのに玉砕した? どうして?」


「それが恋愛の難しいところで。こちらがアプローチしているつもりでも、相手には伝わらないこともあります。逆にアプローチもしていない相手に好かれることも」


「そう。そうなのね」


「レティシア様の場合、まずレイティア様と話し合われるべきなのでは?」


「姉様とどう話せばいいのかわからないの」


 婚約が成立してからというもの。


 ふたりの関係はギクシャクしていた。


 何故かって?


 正式にアベルと婚約したことで、侍女などからアベルとの関係の進展を探られるようになり、お互いに相手との差を気にするようになったからだ。


 それに負けたくないとか、そういう普通なら感じる感想じゃなくて、姉妹で同じ男性を恋慕っていることを受け入れられないのだ。


 重婚が何故厭われているか、レティシアは最近になって理解できるようになっていた。


 負担が重すぎる。


 当事者の。


「姉妹が恋のライバルになるって、思っていた以上に辛いのね。今までは普通に話せたのに、今は当たり障りのない会話しかできないの。それが辛いのに。このままの状態を維持しても意味はない気がして。アル従兄さまを振り向かせることでお互いに対等になれる

。そんな気がするの」


「だから、王子に対してアプローチしたいと?」


「姉様と対等になりたい。それも本音よ? でも、それ以上にこの気持ちをアル従兄さまに伝えたい。それも本当の気持ちなの」


 矛盾する気持ちに苦しむレティシアにマリンは少し羨ましかった。


 自分にもこんな素直さがあったら、彼に対して告白くらいできただろうか?


 そんなふうに感じているとレティシアはため息をついた。


「婚約って色々大変なのね。わたしも覚悟を決めなくてはいけないわね」


「レティシア様」


「マリン」


「はい?」


「後で姉様の様子を見てきてくれる? わたしたちが一緒にいないから、貴女には負担を掛けてしまうわね。この間の従兄さまの脱出劇のときといい。貴女には苦労ばかりをかけるわ。ごめんなさい。それからありがとう。マリン」


 深々と頭を下げるレティシアにその気持ちは嬉しかったが、マリンは敢えて厳しい言葉を返した。


「王女がそう簡単に臣下に頭を下げるべきではありませんよ、レティシア様」


「そうね。だから、これはここだけの秘密よ?」


 扇で口元を隠して誤魔化すレティシアに、マリンは素直な感想を口にした。


「レティシア様は強くなられましたね」


「だとしたら嬉しいわ」


 微笑むレティシアが眩しくてマリンは、そっと視線を外した。

 


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