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千夜一夜  作者:
(3)秘められた想い

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第十六章 悲しみの果てに(4)





 春も終わりを告げるからか、少し暑い。


 昔なら一番嫌いな季節だった。


 夏でも腕輪を隠すために半袖は着られない。


 真夏でもいつも長袖だったから、感じる暑さが尋常じゃなかった。


 それに腕輪がかなり大きくて、しっかりしていたから、隠すために薄着をするわけにはいかなくて、生地もしっかりした厚手を選んでいたから、尚更暑かったんだ。


 クレイ将軍に愚痴れば、よく仕方なさそうに笑われたっけ。


「今日は突然思い立ったから、花も酒も用意してやれなかったけど」


 そう呟いて墓前で膝をつき両手を合わせる。


 隣のフィーリアも手を合わせてくれるのが見えて、ふっと目を閉じた。


 言いたいこと言わなければならないことは沢山ある。


 でも、多分一番伝えなければならないことは。


「仕事とはいえ俺の命を守り抜いてくれて、この歳まで育ててくれてありがとう。お陰で来年には成人だよ? クレイ将軍。本当にありがとう」


 この言葉なのだろうと思う。


 恨まれていても嫌われていても、それでも傍にいてくれた。


 なにも言わず守ってくれていた。


 見返りを与えてくれるはずの父王は、とっくに殺されていたのに、損得抜きでただ愛して育ててくれた。


 それを有難いと思う。


「お兄ちゃんがクレイ将軍に感謝しているところ、初めて見るかも」


「まあ昔は反発ばかりしていたからな」


 言いながら立ち上がる。


 風に吹かれる髪に父を思う。


 全く同じ髪の色だったらしいし、面影もそっくり。


 クレイ将軍はどんな気持ちで、誰にも言えない秘密を抱えて、アベルを育てていたんだろう。


 そういえば今まで考えたことがなかったな。


「事情をなにも言えなかったから、仕方ないと言えばそれまでだけど、当事者にしてみれば、クレイ将軍の態度は理不尽にしか見えなかったから。特に理屈じゃ納得できない小さい頃は特にさ」


「そうだね」


「今振り返ればわかるんだ。どうして何度問われても、両親の名を言えなかったのか。どうして自分の傍には親がいないのか。その説明すらできなかったのか、すべてが」


 それは真実をすべて知ったから言えること。


 知らない頃は真実を知っているのに、なにも言わないクレイが悪者にしか見えなかった。


 恨みは積み重なり彼への反発となった。


 大きくなればなるほど、それは顕著になり、一番酷かった時期は、彼とは話そうとすらしなかった。


 ひたすら彼を無視するアベルと、無視されても突き放さず、見放さず離れなかったクレイ将軍と。


 傍で見ていたフィーリアは、どんなふうに思っていたんだろう?


「クレイ将軍が今も生きていたらどうしてたの? お兄ちゃん」


 問われてふとフィーリアを振り返る。


 考えるまでもなく答えはすぐに出た。


「謝った、かな?」


「やっぱり」


 そう言ってフィーリアは笑った。


 すべてお見通し。


 そんな笑顔に肩を竦める。


「死なれてしまえば仲直りもできない。相手に死なれてから後悔しても遅いんだよ」


「そうかな? クレイ将軍には十分に伝わってる気がするけど」


「そんなふうには」


「だってお兄ちゃんは、あれだけ嫌っていたのに、クレイ将軍の最期をちゃんと看取ってあげたじゃない」


 それは事実だ。


 病気で軍を退役し孤児院の近くに引っ越してきたクレイを、最初こそ敬遠していたアベルだが、彼が起き上がれないほど具合を悪くすると、渋々とした顔を作り看病に行っていた。


 クレイは嫌そうな顔で看病されても嬉しそうで、いつも「すまないな。ありがとう」と笑って言ってくれた。


 その言葉を伝えなければならないのは、アベルの方だったのに。


 最期まで素直になれなくて。


「満足してなかったら、あんな安らかな顔で最期は迎えられないよ。お兄ちゃんが看取ってくれただけで、クレイ将軍は十分だったんだよ。それまで頑張ったことが報われたんだよ」


 そうだと良い。


 そう思いながら墓を振り返った。


 そこに眠る人を思い浮かべて。


 あんな後悔は二度としたくなかった。


 だから。


 ふっとフィーリアを振り返った。


「エル姉はどうしてる?」


「エル姉? 元気にしてるよ?」


「俺の話題を出したりする?」


「さあ。どうかな」


 フィーリアはふたりの妹分だから、エルの肩もマリンの肩も持てない。


 それはわかっていた。


 だったらと問いを変えてみる。


「エル姉とマリンは、これまで通り仲良くしてるか?」


 この問いにはフィーリアは黙り込んでしまった。


「気になるならエル姉に自分で逢って訊けばいいじゃない」


 遠回しに促されても頷けなかった。


 一番エル姉が逢いたくない人物。


 それは自分だと自覚があったから。


「俺のせいでエル姉とマリンが仲違いするのは見たくないんだ」


「それは違うんじゃない?」


「フィーリア?」


「お兄ちゃんのせいじゃない。マリンお姉ちゃんは、幼馴染みとしてエル姉が許せないんだよ。例え原因がお兄ちゃんだとしても、それはなんの意味もないよ。だってエル姉がエル姉である限り、そしてマリンお姉ちゃんがマリンお姉ちゃんである限り、いつかは決裂してたと思うから」


 それはマリンが宮仕えなんてやってる時点で予想可能な未来図だ。


 価値観がマリンとエルでは違うのだ。


 それは知っていた。


 でも、引き金になったのがアベルなら、それはアベルのせいと言えるのではないだろうか。


 例えば他の誰かの問題だったら、結果はどうなるかわからない気がするから。


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