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千夜一夜  作者:
(3)秘められた想い

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第十六章 悲しみの果てに(2)






 それから暫くして珍しくケルトが執務に精を出していると、急にふたりの娘が執務室まで訪ねてきた。


 珍しい話である。


 出迎えたケルトはリドリス公爵と顔を見合わせた。


「どうかしたのか? ふたりとも」


「マリンをどこかに使いに出しました? お父さま?」


「いや。わたしは知らないが。公爵?」


「わたしも存じません。マリンがどうかしたのですか? 殿下方?」


「それがちょっとリアンのところまでお使いを頼んだら、それっきり戻って来なくて」


 レティシアがそう言えば、レイティアが説明を捕捉した。


「宮殿に戻ってきたことは確認が取れています。ただその後の足取りが知れなくて。それで面識のある従兄さまなら、ご存じかしらと行ってみると従兄さまもいらっしゃらなくて」


「アルベルトも?」


 意外な報告にケルトの眉間に皺が寄る。


 それから公爵を振り仰いだ。


「どういうことだ、公爵? アルベルトはいつから居ないんだ?」


「わかりません。すぐに調べさせましょう。少々お待ち下さい」


 優秀な宰相である。


 公爵は一礼するとすぐに手を打った。


 それから間もなくしてケルトの元には欲しい情報は大体集まったが、それは彼が望んでいた結果ではなかった。


 曰くアベルはお昼頃から宮殿から消えていること。


 マリンが帰ってきたのは確認されたが、アベルの姿が消えたのと時を前後して彼女の行方も知れないこと。


 わかったのはそれだけで後はどう調べても、ふたりは宮殿にはいないとしかわからなかった。


 ケルトはやれやれとため息をつく。


「アルベルトは常識家だし大人しいから、これまでは脱走の心配はしなかったが、どうやら認識を改めないといけないらしいな」


「お父さま?」


「それって従兄さまがお忍びに出られたって意味ですか? それもマリンを巻き添えにして?」


 驚くふたりにケルトは考え考え口にする。


「いや。巻き添えにして共犯者にしたのではなく、おそらく抜け出すアルベルトに気付いて、彼女の方が後を追った‥‥‥ってところじゃないか?」


 でなければ彼女ほどの腕前を持つ騎士が、帰城を確認されるなんて不用意すぎる。


 つまり帰ってきた時点では、彼女には抜け出す意志がなく、帰ってきてからその必要に駆られたということだ。


 となると抜け出すアベルに気付いて追いかけたと読むのが妥当だろう。


「しかし殿下は宮殿内には不案内なはずですが。陛下には御心当たりが?」


「ある。というか大体わかっていて問いかけているんだろう? 切れ者の公爵のことだ。王族専用の抜け道があることくらいお見通しなのだろう?」


「前王に教えて頂きました。王子時代にはよくお忍びの片棒を担がされましたので」


 シレッとして認められてケルトは恨めしそうに彼を睨んだ。


「どうしてわたしが兄上とお忍びに出た経験がないのに公爵にはあるんだ?」


「それが年齢差というものです。お諦め下さい」


 確かに兄が悪戯盛りだった頃、ケルトはまだ幼くて同じ遊びをしたいと望んでも、無理な話ではあったのだが。


「そもそも置いていかれる陛下が拗ねられるので、前王陛下がお忍びを中断されたこともあったのですよ? 恨み言を仰るものでは」


「お小言なら聞かないぞ。それに今はわたしの昔話よりアルベルトだ。お忍びに出るなら出るで一言声をかけて欲しいぞ」


「そうですね。なにしろ殿下にとって王都は庭のようなもの。お探しするのは骨が折れるでしょうね」


「そうかしら?」


「レイティア?」


「王宮から脱走した従兄さまが、一番に向かわれるところなら、わたしにもレティにも想像がつくわ」


 確かにその通りである。


 市井に戻ったアベルが一番に寄りたがるところ。


 それは孤児院だ。


 しかしそれはあくまでも一番最初に行くだろう場所であって、いつまでもそこにいるとは限らない。


 そこから移動していた場合、彼の行動半径が広すぎて、探すのは本当に大変なのだ。


「一番最初に行きたがるところが孤児院なら、二番目に向かうのはクレイ将軍のお墓じゃないかしら」


「クレイの墓、か」


「だって月命日までお参りしていたもの。そう簡単にお参りできない今なら、お忍びに出たら絶対に行きたいと思うもの」


 それはアベルから直接クレイに対する「想い」を聞いたレティシアだから出せる答えである。


 そう言えばクレイの墓でアベルと初めて逢ったあの日は、クレイの月命日だったかとケルトも今頃気付いた。


「取り敢えずアルベルトの足跡を追ってみる。ふたりは宮殿で大人しくしておいてくれ」


「でも、わたしたち心配だし」


「心配はいらない。アルにとっては王都は自分の庭だ。危険な目に遭わないだろう。きっと連れ戻すから」


「「わかりました」」


 渋々頷くふたりにケルトは、公爵に顎をしゃくると黙って執務室を出て行った。


 王族専用の通路のあるところに行けば、やはり誰かが使った後がある。


 ケルトは普段使わないときは、娘たちが勝手に使えないようにと灯りを消している。


 それはレティシアの家出以来徹底していることだった。


 その明かりが灯されているのだ。


 誰かがここを使ったという証拠。


 顎に手を当てたそのとき。


「ん?」


 壁に刻まれた文字に気付いた。


「陛下?」


「最近できた傷だな。アベル。脱出と書いてある」


「アベルというのは確か?」


「アルベルトの別名だ。おそらくこれを刻んだのはマリンだろう。後でわたしが探しにきたとき気付けるように。全く。アルにも困ったものだ」


 取り敢えずここを使ってアベルが脱走したのはわかった。


 どれだけ早く彼を見つけられるか。


 後は時間との競争だった。

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