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千夜一夜  作者:
(3)秘められた想い

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第十六章 悲しみの果てに(1)





 第十六章 悲しみの果てに




 リアンとあんな話をしたからか、それとも自分の将来が半ば決まってしまった現実からか、アベルは妙に塞ぎがちだった。


 所謂ホームシックという奴だ。


 わかっている。


 今のアベルにとって家とは宮殿であり、自分が住むべき場所にいて望郷を感じるなんて、ケルトたちにとっての裏切りだってことくらい。


 でも、孤児院のみんなが恋しいのだ。


 特にフィーリアやエル姉に逢いたい。


 フィーリアの情報は、ごく稀にマリンから得られる。


 レイティアたちのところに行って、彼女に問い掛ければ答えてくれるから。


 しかしエルの情報が、まるで得られない。


 彼女のことを問いかけても、マリンは「ごめん」としか言ってくれないのだ。


 どこかよそよそしい態度にアベルは、「ひょっとしてふたりって仲違いしてるんじゃ?」と遅すぎるが、今頃になって気付いていた。


 マリンは昔からアベルには手厳しかったが、それは別に嫌われていたわけじゃない。


 アベルには意地を張ってしまうだけだ。


 だから、マリンがアベルに対して含むものがあるということはないだろう。


 寧ろエルの方に含むことがありそうだ。


 あの後フィーリアから聞いた話では、囚われたフィーリアを助けに来たエルを窮地に陥ったところを更に助けたのが、マリンだという話だった。


 つまりあまり考えていなかったが、おそらくバレたのだ。


 エルが噂の怪盗だということが。


 普通のシスターが剣を持った騎士を相手に仕掛けてくるなんて思わない。


 知人に怪盗をやっている人がいると、謁見でアベルが教えたこともあって、マリンならそれがエルだとすぐに見抜けただろう。


 そしてマリンはエルが貴族や王族に対して偏見を持っていることを、おそらく誰よりもよく知っている。


 アベルやフィーリアと同程度には。


 弟のように想い見守ってきたアベルが、実は王子だった。


 その現実をエルが、どう受け止めるか。


 マリンには誰よりもよく理解できた。


 そう考えればあの事件から、こちら、どうして疎遠そうな素振りなのか、アベルにもよくわかる。


 というか自分自身の変事に追われ、彼女たちがアベルの問題で揉めていることも気付かないなんて、今更だが申し訳なく思う。


 どうにかして出掛けられないかなと画策している昨今。


 アベルは宮殿内を散策しては、人に見つからずに出掛けられる穴場を探していた。


 今のところアベルは正門からしか出入りしたことがない。


 しかしレティシアが家出したり、お忍びを頻繁にやっていたケルトのことを考えても、絶対にどこか人目につかずに抜け出せる道があるはずなのだ。


 そういう場所があるというのは問題なのだろうが、それを知っているのが王族だけとなれば話は別だ。


 その場所を潰されてしまうと王族が困る結果になる。


 寧ろ臣下たちの立場としては潰したいはずだ。


 それがわかるから、誰にも言わずに探しているが。


「う〜ん。それらしい道を見つけはしたけど、正直‥‥‥後は行き当たりばったりしか」


 まだ道を辿ったことはないから、その道がどこに続いていて、どこに出るのかアベルも知らない。


 だが、明らかに人に知られていなくて、外に続いてますと言いたげな通路を見つけた。


 王族の秘密通路といったところだろうか。


 アベルもそういうところを重点的に探していなければ、おそらく発見できなかったくらい巧妙に作られていた。


 その道の前に立ちアベルは暫し考える。


 万が一地下通過なんかに繋がっていたら迷う可能性も低くない。


 でも、外には出たいし。


「うん。行こう。別に俺は方向感覚にも自信があるし、迷わないだろうから」


 根拠のない自信なのだが、自分でそう言い切って、その隠し通路に踏み込んだ。


「アベル?」


 レティシアに頼まれた仕事を終えて、護衛に復帰するため彼女の元を目指していて、マリンはふと目に入った背中に足を止めた。


 あの後ろ姿は確かにアベルだった。


 ずっと想いを寄せて見つめてきた背中だ。


 間違うはずがない。


 あそこから先は確か通行止めになっていると言われていて、人も行き交わない場所だ。


 王子であるアベルに縁があるとも思えない。


 その背中がひっそり消えたことに不安を覚えて、マリンは方向転換した。


 バレれば責められるのを承知でアベルの後を追っていく。


 少し進んで不安を覚えた。


 どう考えても通行止めになっている道じゃない。


 隠し通路だ。


 アベルがそんな場所を知っていたとは知らなかったが、絶対にいい意味で使っているわけではないだろう。


 それこそケルト陛下のような悪い例もある。


 最悪これが上手くいけばアベルが、これから先度々お忍びに出る可能もある。


 危険な目は潰しておかなければ、と、マリンはその壁にナイフで傷をつけた。


 王宮では誰も知らないだろう彼の隠し名を刻む。


「アベル。脱出」と。


 もしこの道をケルト王がよく使うのなら、おそらく彼なら書かれた意味に気付くはず。


 それを信じて後は早足で駆け出した。


 アベルを完全に見失う前に捕まえようと決意して。


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