第十五章 お披露目の夜に(4)
「はあ。頭痛い」
執務室から戻ったアベルは自室で頭を抱えていた。
突然の呼び出しを受けて、なにかあったのかな? くらいの考えで行ってみると、アベルは予想外のことを頼まれたのだ。
「女の子としてのコンプレックスねえ。……フィーリアにもあったのかな?」
思い出してみればフィーリアも女の子として、あまり恵まれた体型じゃなかった気がする。
反対にエル姉はプロポーションがよくて、フィーリアはどこか羨ましそうに見ていることも多かった。
ということは気にしていたのだろうか。
アベルにはなにも言わなかったけれども。
「リアンを説得してくれ、か。確かに身近にいる異性って言えば俺くらいだけど、そんなこと頼まれても困るよぉ」
そう言えるなら言いたかった。
あの場で。
リドリス公爵の縋るような眼に、どうしても本音が言えなかったが。
「でも、リアンがそういうことを殊更に意識するようになったのって……やっぱり俺が原因なのかな?」
あのときは気にしている素振りはなかったから、アベルも特には気にしなかった。
しかしリアンがそういうことを気にしていると知った上で判断すれば失礼な納得の仕方だった気もする。
体型について悩んでいる女の子に、悩んでいることで納得されるというのは、失礼な意味で気にしていることを肯定されるということだ。
だから、リアンは笑顔の影で気にするようになったのだろうか。
「そういえば……リドリス公……凄く恨めしそうに俺を睨んでいたっけ」
アベルがなにをしたか、公爵が知っていたかどうかは知らない。
だが、切れ者の公爵のことだ。
おそらく最近起きていたことは承知しているのだろう。
だから、説得する相手にアベルを指名したのかもしれない。
自分でしたことの責任くらい取ってくれ、という意味で。
「しかもこれ一番困るんだけどレイたちには内密にって……できるかな? 俺に?」
凄く厄介な頼まれ事だという自覚はある。
だが、なにが困るってリアンと親友同士と認めるレイたちには、悟られないように説得してくれという一点が一番困る。
確かに説得する内容を思えば、コンプレックスの対象であるレイたちには知られない方がいいということくらいアベルにだって理解はできる。
ただそれを要求されたアベルの立場になってくれとケルト叔父や公爵を責めたい気分だが。
「俺が女の子として魅力に感じる部分ねえ?」
もうひとつ困るのがこれだった。
リアンを説得するに当たって、彼女が納得するようにプロポーション以外でアベルが魅力を感じる部分を教えてやってほしい。
そう彼女の父親であるリドリス公爵から頼まれたのである。
これにはケルトがジロリと彼を睨んでいたが、特に口を挟むこともなく結局アベルは言い含められてしまった。
今のアベルが遣り手の公爵に勝つのは、どう考えても無理だ。
当然の結果だが、これまで避けてきたことを持ち出されても答えに困るだけだった。
「魅力……魅力……女の子としての魅力……うーん」
思わず長椅子で両腕を組み唸ってしまう。
「俺って女の子のどういうところに魅力を感じるんだろう?」
悲しいことに考えてもわからない。
これに答えが出せないとリアンの説得なんて夢のまた夢なのだが。
悩んでいると控えめなノックの音がした。
「はい?」
なにも考えずに声を出す。
すると意外な声が聞こえてきた。
「わたしだ。ひとりか?」
「叔父さん? うん。ひとりだよ。どうしたんだ?」
声を投げるとどこか困ったような微笑でケルト叔父が入ってきた。
さっき逢ったばかりなのにと思っていると、当然なように隣に腰掛けてくる。
顔を向けてその瞳が優しく微笑んだ。
「悩んでいるじゃないかと思ってな」
「……なんでわかるんだ? 叔父さんには」
首を傾げる。
ケルトはいつもみたいに髪を撫でる。
出逢ったのは大きくなってからなのに、叔父にとって甥は子供なのかもしれない。
だから、子供扱いが直らない。
最初は照れていたが、今は慣れてしまって特になにも感じないが。
「アルベルトがなにを苦手とするかくらい、わたしにだってわかっているぞ? 伊達にアルベルトの観察をしているわけじゃない」
「叔父さん……威張れる趣味じゃないから、それ」
プライベートはどこ? と言いたかったが、言っても通じないとわかっていたので口を噤んだ。
「おそらくアルベルトが一番悩んでいるのは、自分が女性のどこに魅力を感じるかという部分だと思う。違うか?」
「……図星だよ。そんなにわかりやすい?」
「わかりやすいな。これまでのアルベルトが聖人君子過ぎたんだ」
「?」
「アルベルトは男として女性を見たことがない。だから、魅力も感じなかった。それで自分が女性のどんな部分に魅力を感じるかなんてわかるわけがないだろう?」
確かに今までのアベルにとっては、女性とは客を意味していた。
絶対に異性ではなかったのだ。
それに金を払ってもいいから一晩だけ相手をしてほしいなんて申し込みが多すぎて、そういう意味で女性を意識しなくなっていたのも事実だ。
鬱陶しかったのだ。
そういう付き合いを認められないアベルには。
「アルベルトのこれまでを考えれば、仕方のない結果なのかもしれない。だが、いつまでもそういうことを嫌悪しているだけでもいけない。それもわかるだろう?」
「わかるよ。俺が知っていた女性たちは、あくまでも一部であってすべてじゃないってことも。その証拠にレイもレティもリアンも、みんな俺の知らなかったタイプの女性だし」
世の中にまだああいうタイプの女性が生き残っていたというのはアベルには驚きだった。
勿論それは貴族階級でという意味だ。
アベルが苦手としていたのは着飾ることを当然の美徳とする貴族の令嬢たちだったので。
当然レイたちと知り合った当時は、彼女たちもそうなのかなと誤解していた面もあった。
しかし彼女たちはそういう汚れた部分がなかった。
それがなかったらアベルの認識は変わらなかったかもしれない。
「じゃあこう考えればいい」
「なに?」
「アルベルトの知らないタイプだった3人。特に今回ならリアンについて。彼女の美点とアルベルトが感じていることはなにかと」
「リアンの美点?」
「女性として男性としての魅力と言っても、人間であることは変わらない。だったら男として感じる魅力でなくても、アルベルトがリアンの魅力だと感じていることがあるなら、それでいいんじゃないか?」
「そう……かな?」
「少なくともその美点があるから、アルベルトはリアンは自分が知っていた女性たちとは違うと感じているんだろう?」
「うん」
「だったらそれはリアンの女性としての魅力のひとつだ」
「汚れた一面を感じさせない美点がリアンの魅力のひとつ?」
「だってその魅力がなければ、アルベルトはリアンを特別だと感じなかっただろう? これまでに知っていた女性たちと同列だと感じたら」
確かにアベルが知っていた女性たちを悪い例だとするなら、レイを始めとする3人は魅力的な女性の良い例だった。
それはアベルが人としての美点と感じていた魅力が3人にあったから。
だから、女性として3人は特別だと感じたのだ。
それがなければここまで親しくなれたかどうか。
「アルベルトがリアンの美点と感じているのはどんな一面だ?」
「女の子としてと言えば語弊があるかもしれないけど、人を疑わない陥れない一面かな?」
「意外な答えだな。それだと人間性がいいと聞こえるが」
「うん。だってリアンって初対面でも相手を信じられるんだよ」
ここでアベルは自分たちの出逢いを話して聞かせた。
初対面のときにろくな説明もしなかったアベルをリアンが信じてくれた一件を。
「女の子の狡い面のない娘なんだなってすぐにわかったよ。俺の知っていた貴族の令嬢たちは、女の武器も簡単に使うタイプばかりだったし」
全面的にリアンを褒め称えるアベルになにやらケルトは黙り込み、ややあって訊ねてきた。
「だったらレイやレティの美点は?」
「叔父さんに言うのは照れもあるけど、レイなら自分を殺しても大事な人は守ろうとする一面や意思の強さかな」
「なるほど。ではレティは?」
「か弱そうに見えるけど、実は自分の役目をしっかり心得ていて、いつも守られてばかりいるように見せながら、その実相手を包み込めるところかな」
「……一言だけ言ってもいいか? アルベルト?」
「なに?」
「凄く言いにくいがレティシアだけ女の子としての評価に聞こえるんだが?」
「え? どこが? おんなじ意味で3人を評価してるんだけど?」
本気で驚いているアベルにケルトは複雑な顔だ。
相手を包み込めるところとアベルは言った。
それは女性が持つ愛情の形のひとつだ。
その母性に惹かれてしまう男性は数多い。
彼もそうということだろうか?
「アルベルトの評価を言い換えるとだ。リアンは世間知らずなほどにお人好しなところが好印象で、レイは勝ち気に振る舞いながらも相手のためを思って動ける人間性。レティは女性としての母性愛の強さと聞こえたぞ」
そう言われて思わずアベルは「違う。違う」と片手を振った。
「違うのか?」
ケルトは怪訝そうだ。
「それぞれの美点となるべきところはそうだってだけで、それがそのまま女の子としての魅力だとは言ってないよ」
「そうなのか?」
「それに母性愛の強さっていうなら、レイの方が強いんじゃないのか?」
「レイが? 何故?」
「レイの愛情表現って、それこそ女性ならではだと思う。男が同じ意味合いで護ろうとしたら、多分束縛という形になるから。レイのあれは自由を与える愛情表現だろ? それって子供が巣立つように導く母親ならではじゃないか」
アベルは人間観察だけは長くやってきたから、そういう意味での判断を誤ることはない。
断言してもケルトは意外そうだったが。
「誰が一番女の子らしいかって言われても、俺にもよくわからないよ。でも一番母性愛が強いのはレイだと思う。それは確かだよ」
「確信の根拠は?」
「今までの経験」
アベルの経験は宛になるのだろうかと、ケルトの顔には書いていたが、アベルは気付かなかった。
ただ話している間に確かに自分にも、女性に対して魅力を感じている部分はあったのだと自覚できた。
人間性に対する好意でも、相手が女性なら、それは女性としての魅力と言い切っていいのではないだろうか。
アベルが女性に対して魅力に感じるところが、そういうところだったと思ってもいいのではないか。
そう思えてホッと安堵した。
これで説得できそうだと。
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