第十四章 秘められた想い(2)
「では同意すると思っていいんだな?」
確認を取る声にふたりとも相手の顔を見られない。
そんなふたりにケルトは思い切って前々から考えていたことを言ってみた。
「もしかして姉妹で奪い合いになることを懸念しているのか?」
「気にならないと言えば嘘になります」
「だって実の姉妹なのに」
「ではこれはもうひとつ前々から考えていたことだが、ふたり同時にアルベルトの妃になるのはどうだ?」
「「え……?」」
言葉を失う娘たちにケルトは真面目な顔だ。
「ふたりの気持ちは知っていたつもりだ。その上で一番波風の立たない方法が重婚だと思うんだ」
「「重婚?」」
「勿論どちらも正妃という扱いにするが、それでも第一位の正妃。第二位の正妃という扱いの差は出てきてしまうと思う。それでもこれが一番波風の立たない選択肢だと思うんだ。ふたりは……いやか?」
「わたしたちがどうこうというより」
「従兄さまが同意なさるでしょうか?」
ふたりは首を傾げる。
アベルは教会育ちだ。
結婚を神聖視している可能性があることは、ふたりとも理解していた。
「そこはわたしにも自信はない。これを言うと正面から撥ね付けられそうで、まだ口にしたことがないからな」
「そうですよね」
「言えませんよね、従兄さまには」
ため息をつく娘たちにケルトもため息をつく。
「アルベルトには負担をかけてしまうが、わたしとしては娘たちはどちらも可愛い。どちらも泣かせたくない。だから、ふたりの気持ちが変わらなければ、これを押し通すつもりだ」
「「お父さま……」」
「ただわたしにできるのは強引に婚約させることだけ。アルベルトを振り向かせることは、ふたりにしかできない。励ますことしかできないが頑張れ。ふたりならできるから」
父からの励ましにふたりは「はい」とだけ答えておいた。
彼を振り向かせるのは容易ではないだろうなと思いながらも。
もうすぐアベルのお披露目のための舞踏会が開かれる。
アベルのダンスの特訓は半分以上そのためのものだと聞いていた。
リアンは今日はその舞踏会で着るドレスを誂えるために、公爵家の城でドレス選びをやっていた。
たったひとりの娘であるリアンを溺愛している公爵は、彼女にどれほどお金がかかっても、ほとんど文句を言わない。
ドレス選びの際も沢山のドレスを用意してくれて、そのためにかかるお金などについては無問題としていた。
リアンが美しくいられるなら、お金が問題なのではないのだと父は言う。
沢山のドレスを次々試着しながら、リアンはふと隅に追いやられていたドレスに目をやった。
「そのドレスは?」
「あ。すみません。これは明日お伺いするご令嬢のためのドレスでして。準備した者が間違って用意してしまって。すぐに片付けさせますので」
「見せてくださる?」
「ですがこれはまだお嬢様にはお早いのではないかと思うのですが?」
「いいから見せてくださいな。大人になったら着られるかもしれないでしょう? 興味があるの」
「わかりました」
渋々と言った感じだったが、デザイナーはドレスを持ってくるように指示してくれた。
差し出されたドレスを胸元に当ててみる。
胸元が大きく露出していて背中も大きく出すタイプのドレスのようだ。
赤いドレープが綺麗だが……悔しいが確かに大人の女性向けだ。
リアンでは似合わない。
レイティアやレティシアなら、きっと似合うのだろうに。
ふたりは女性としては、とても羨ましいプロポーションの持ち主だから。
リアンが着たら、どんな感じになるだろう?
ふと興味を覚えて渋るデザイナーを説得して、これも試着してみることにした。
そうして鏡に映ったのは滑稽な少女の姿だった。
背伸びして大人のドレスを着ているが、着ているというより、着られているようにしか見えない。
着こなすことができていないのだ。
大きく開いた胸元はダブダブで背中に至っては、フィットしていないのでただただ滑稽なだけだった。
「3歳よ?」
小さく呟く。
レイティアたちとはたった3歳違うだけだ。
なのにこの差はなに?
彼女たちならきっと美しく着こなせるのにリアンは服に着られている。
ただただ滑稽なだけ。
ポロポロと涙が零れた。
デザイナーたちが慌てたようにドレスを脱がせて、慌ててこちらの方が似合うと言って機嫌を取ろうとしている。
それすらも鬱陶しいだけだった。
「ドレス選びはまた今度にするから帰ってっ!!」
リアンがそう叫んで長椅子に座り込むと心配そうに母親がやって来た。
父の第二夫人だ。
「あなたたちおさがりなさい。また日を改めてお願いしますから」
「はい。奥様。では失礼致します」
デザイナーたちが慌てて去っていく。
それを見送って夫人は愛娘に近付いた。
「どうしたのですか、リアン? そんなに泣いて。可愛い顔が台無しよ?」
「ねえ。お母様。どうしてもっと早くわたくしを産んでくれなかったの?」
「え?」
見上げてきた娘に責められて夫人が言葉を失う。
「どうしてレイティア様たちと同じ歳で産んでくれなかったの?」
「……リアン」
「こんな子供じゃいやっ!!」
わあわあと泣きじゃくるリアンは、子供が嫌だと言いながらも、どこから見ても癇癪を起こした子供だった。
夫人はただ優しく髪を撫でる。
「リアン。もしかして……好きな人でもできたの?」
ビクリと肩を震わせる娘に答えを知る。
「そしてその人はあなたよりずっと年上なのね?」
反応はない。
ただ俯いて娘は唇を噛んでいるようだった。
「名前を教えて?」
問われてリアンは力なくかぶりを振る。
「どうして?」
「好きになってはいけない人だから」
「公爵家の跡取りであるあなたに好きになってはいけない人がいるわけが」
言いかけた母親にリアンは虚ろに笑う。
そうして夫人の目が驚いたように見開かれた。
リアンよりずっと年上の男性で、公爵令嬢であるリアンですらも、好きになっても叶うはずのない恋となりえる相手。
そんな候補はただひとりしかいない。
そう。
世継ぎの君のアルベルト殿下しか。
「リアン。あなたまさか……アルベルト様のことを……?」
問いかける声は掠れている。
その問いにリアンは答えを返せない。
そんな娘に夫人は絶望的な吐息を吐き出した。
「あなたもよくわかっているでしょうけれど……殿下のことは諦めなさい」
「……お母様」
「今度のお披露目はね? アルベルト殿下のご婚約披露でもあるの」
「え?」
「レイティア姫様とレティシア姫様が、正式にアルベルト殿下のお妃候補としてお披露目されるそうよ。旦那様にそう伺ったわ」
「そんな……」
青ざめる娘に酷と知りつつ夫人は事実を告げる。
娘が叶わぬ恋に傷付くのを見たくなくて。
「旦那様から伺ったお話では、陛下は最初から王女様方以外の令嬢など、アルベルト様のお相手として認めるご意志はないそうよ」
だれも眼中にないと言われてリアンは唇を噛み締める。
「アルベルト様のお相手は王女様方なの。諦めなさい。リアン。あの御方を想っていても、あなたが辛いだけよ」
「叶わない……恋だって知っていたもの」
「リアン」
なにも言えずに夫人は娘を抱き締めた。
涙を堪える愛娘をきつく抱く。
「レイティア様やレティシア様から奪えるわけない。敵いっこないもの。おふたりには。勝てるはずがないもの」
子供じゃ嫌だと泣きじゃくった娘の姿が脳裏から消えなくて、夫人はただ辛くて目を伏せる。
叶わない。
それは恋だけの意味合いではないのだろう。
恋敵として王女たちには敵わない。
おそらくそういう意味もある。
大人へと成長していく王女たちと、まだまだ子供のリアン。
とても勝負になるはずがない。
それは当事者のリアンが一番よく知っている。
あまりに辛い娘の恋に夫人は慰めも言えなかった。
夫にどう報告しようかと悩みながら。
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