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千夜一夜  作者:
(3)秘められた想い

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第十三章 恋の季節(2)







 その日は夜遅くなってもケルト叔父の訪問はなかった。


 いつもは姿を見せる夕食にも出てこなかったし。


 噂によれば執務室に詰めているらしい。


 たぶん脅迫じみた求婚をどうやって波風を立てずに断るか。


 それを悩んでいて動けずにいるのだろう。


 アベルは色々考えたが自分で浮かんだ策はひとつだけだった。


 それが通用するかどうかは賭けるしかなかったが。


「叔父さん」


 執務室の扉を数度ノックする。


「アルか? 入っても構わないぞ」


 幾分疲れた声がした。


 でも、アベルだと知ったときに少しだけ声が弾んで、アベルもちょっと嬉しくなる。


 部屋に入ればケルト叔父は書類と睨めっ子をしているようだった。


「爺から今日の求婚について聞いたよ」


「そうか」


「なんとか断れる目処はついたのか?」


 問われても答えられないケルトにアベルは自分の考えを言ってみた。


「あのさ。これは当事者としての俺の意見なんだけど」


「なんだ?」


「俺の吟遊詩人としての腕前って比較対象がいないレベルだと思う?」


「わたしも何度か耳にしているが、そなたに勝てる吟遊詩人というのは、とても数が少ないだろう。いや。いないと断言できる。それがどうかしたか?」


「だったらこれは俺からの求婚に対する条件だって言ってほしいんだけど、俺は従妹たちならともかく他国の王女と結婚するなら、自分と互角またはそれ以上の吟遊詩人としての腕前を持っていないなら、その気になれない。確認して俺以下だと思ったら断らせてもらう。そう言ったら波風が立たないんじゃないかな?」


「つまり? 戦争を表に出すのではなく、あくまでも正当な求婚として扱って、その求婚に条件を出す。その上で認められないなら断る。だから、余計な手出しをするな。そうクギを刺せということか?」


 叔父の問いかけに「うん」と頷いた。


「この条件に満たないからと断ったのに、万が一そちらが戦争を仕掛けてきた場合、同盟諸国に援軍を要請し、こちらも迎え撃つ。治安が安定していて同盟国にも恵まれているディアンと内乱状態のレグルス。どちらに利があるかは明白。よく考えれば崩壊どころか滅亡するってことはわかってもらえると思うんだ」


 つまり戦力で脅かすのはディアンも同じ、ということである。


 それで実力行使に出れば滅ぶのはそちらだ、と。


 王族たちだって生き残れるかどうかわからない。


 それでもいいのかと脅せということだ。


 アベルがそういうことを言うとは思わなかったので、ケルトも結構驚いた。


「よくそんな手を思いついたな? そなたの吟遊詩人としての希有な腕前を利用するなんて思いつきもしなかった」


「権謀術数ならそれなりに習ったし、そのときに利用できるものは、なんでも利用しろって教わったからね」


 実際のところ、昔のアベルならこういうことは考え付かなかっただろう。


 1番嫌っていたことだし、なによりも人を脅すなんて、アベルにはできないことだったから。


 だが、そんな綺麗事で成り立たないのが政治だ。


 国を民を守るためなら綺麗事なんて言っていられないのである。


 それをこの半年で学んだのだ。


 王子としてアベルが学んだ最たるもの。


 それこそが「聖人君子のままでは国は治められない」だった。


「しかしそれだと最悪戦争になる可能性もあるんじゃないか?」


「あるかもしれないな。だから、それを最短で終わらせるために審査はこの国で行う。向こうの王女たちを招いてさ」


「それで?」


「王女の吟遊詩人の腕前なんてたかが知れてる。最悪な話だとまるでできない可能性だってあるんだ。だから、そこで俺が断る。それが認められない場合、即座に開戦の準備に突入する。勿論向こうの王女たちを人質にする形でね」


「うーん。こちらが悪者に思われる策だな」


「勿論同盟諸国には詳しい事情は打ち明けておくよ? 非常手段に最初に出たのは向こうだから、こちらも国を守るため、民を守るために手段を選んでいられないんだって」


「確かにそれだと近隣諸国からは批難されないだろうが」


 相手がなにをしてきたか明らかにすることで、こちらに対する批難を減らそうということである。


 王女たちを人質にするのも、向こうを叩きのめすためで、そうすることで最短で戦争を片付けるため。


 これはかなりの奇策だ。


 ケルトは唸ってしまった。


「そなたが言い出すとは思えないほどの奇策だな」


「俺だって国や民は守りたいし、なによりも自分の意志とレイティアたちの尊厳だって守ってやりたいんだ。相手の出方を知っていて呑気に構えてなんていられないよ」


 誠意で接してきたなら誠意で応えようと考えたかもしれない。


 アベルの性格的には。


 だが、相手はアベルの意志も尊厳も、レイティアたちの意志も尊厳も、すべて無視してきた上に、それが飲めないなら戦争だ、と脅してきたのだ。


 それがわかっていて呑気に構えてなんていられない。


 綺麗事を言えるときと言えないときがある。


「しかし万が一臣下たちが王女たちを見殺しにしたら?」


「そのときはそのときさ。向こうからの宣戦布告は行われているんだ。それに対する返礼を無視されたら、後はやり返すだけ」


「ふう」


「最短で片付けるために王都を陥とす。王女たちはこちらの手の中にあり王都を陥とされたら臣下たちだって威張っていられない。投降すると思うよ」


「まあな。それしか方法がないだろうな。そこで抵抗して抵抗組織を築いたところで、捕まれば殺される。だが、そこで投降していれば生命だけは助かる可能性がある。それをわかっていて国の乗っ取りを企んでいた者が、徹底抗戦の構えを見せるとは確かに考えにくいな」


 国の乗っ取りを企んでいたのだって初めて成立することだ。


 殺されてしまったら権力を手に入れることなんてできないし、そもそも殺されるということは、すべてを失うということだ。


 王女たちを見殺しにしている時点で、そな臣下たちは他国からも批難されるべき立場に立たされる。


 つまりこちらが王女たちを処刑したりしなければ、まずこちらが批難されることはないのだ。


 王女たちを人質にというのは、臣下たちに王女たちり殺されないためにも必要なことかも知れなかった。


「叔父さんは後ろで見ているだけでいい」


「アルベルト?」


「族頭には当事者の俺が立つべきだろうから」


「それはダメだっ」


 立ち上がって制止したケルトに、やっぱりこうきたか、と、アベルは内心でため息をつく。


 これが最善の手だと思うのだが、ケルトには反対されるんじゃないかなと、作戦を考えたときから思っていたのだ。


「叔父さんはそう言うんじゃないかって思っていたけど、叔父さんが最前線に出る方が困るよ。そもそもこれ、俺の問題だよ?」


「それでもダメだっ」


「叔父さん」


 アベルが困ったように名を呼べば、ケルトは王として言い返してきた。



「そなたはこの国の正当なる跡継ぎだ。はっきり言えば、だ。わたしが死んでも、そなたが生き残っていれば、この国の正当な純血は保たれる。元々そなたは兄上の子だしな」


「そういう考え方は」


「アルベルト」


 低い声で名を呼ばれ、アベルは口を噤む。


「わたしが正当な王なら、そしてまだ子供を望める立場だったなら、そなたの言い分も一理あったかもしれない」


「叔父さんは正当な王だよ」


「違うな。本来なら現在王を名乗っているのは、わたしではなくそなたの方だった」


 そう言われてしまうと言い返せない。


 僅か3歳のアベルに国が治められたかどうかは別として、アベルの存在が発覚していたら叔父を後見として王となっていただろう。


 第二王子でしかないケルトはアベルの後見にはなれても王にはなれない。


 それが現実だったのだ。


 あの頃、正しい受け継ぎがなされていたら。


「万が一わたしが王になっていたとしても、それはそなたが成人し王となるまでの中継ぎに過ぎない。正当な世継ぎは、王となるべき存在は、わたしではなくあくまでもアルベルト。そなたなのだ」


「……うん」


「そしてわたしの妃は身体が弱い。おそらくもう子供は望めないだろ」


 叔母にはまだ逢ったことがない。


 離宮は隔離されているのでアベルはまだ訪れていないのだ。


 叔父からは元気になったら逢わせたいと言われていたが。


 確かにそんな状態の叔母に3人目を望んでも、たぶん無理だろう


 そして駆け落ちして王室を捨てるほど愛している叔父が、叔母を見捨て側室を得るなんてもっと考えられない。


 つまりレティシアが叔父の最後の子供、というのことになるのだ。


「万が一身籠ったとしても、おそらく命懸けの出産だ。わたしはおそらくそうなると出産を認めないだろう」


「ホントに愛しているんだな、叔母さんを」


「どちらがの妃のためなのか、それはわたしにも自信がない。同じ状況で兄上は出産を認めている。なのにわたしは妃の気持ちではなく、自分の気持ちを優先する。どちらが妻のためを思っているか、それはわたしにも自信がないのだ」


 本気で愛しているなら、だれだって産まれていない子供の生命より、ずっと一緒に過ごしてきた妻の生命を優先するだろう。


 だが、妻の気持ちとしてはどうか?


 愛する人の子を産みたい。


 それが女性の本音ではないだろうか。


 だから、兄は出産を認めた。


 失うのを覚悟して妃の愛情を受け入れたのだ。


 ケルトはそれをしない。


 やりたくない。


 だから、どちらが妻の気持ちを考えているか自信がないと言った。


「わたしに正当な跡継ぎは生まれない。王女であるレイティアとレティシアしかいないのだ。このままでは無用な対立を生むだろう。そなたにもしものことがあれば、な」


「叔父さんの言いたいことはよくわかるよ。でも、理想的な族頭は俺だよ? それに叔父さんが現王であることも事実なんだ。王を危地に追い込むわけにも」


「バカだな、アルは」


「叔父さん?」


「そなたの立案で大事なところは宮殿で王女たちを人質にして絶対に奪還されないことだ。この場合わたしやアルがやるべきことは、戦場に立つことではなく、大事な人質を奪還されないこと。つまり宮殿で指示を出すことなんだ」


 王女たちを人質にするという案から、ケルトがもうひとつ生み出した策は、危険地帯とも言えるレグルスを取り込まないために、王女たちを国に戻しだれかに即位してもらうことだ。


 そのために戦争に勝利することも大事だし、王女たちを処刑しないこと、そして絶対に奪還されないことが大事なのである。


 奪還されてしまえば戦争が長引くし、なによりも王女という旗頭を得た簒奪者たちが、活気付いて盛り返しかねない。


 後々のことまで考え合わせるとケルトにはこう思える。


 統治者として怠慢に思われても、戦場に立ち指揮するのではなく、宮殿で差配することが大事なのだと。


「臣下たちだけ死地に追い込むのか?」


 アベルの空色の瞳が苦しみに陰る。


 だが、ケルトは迷わずに頷いてみせた。


「適材適所という言葉をアルベルトは覚えた方がいい。例え統治者として怠慢に思われようとも、これが最善の手だ。わたしたちが戦場に立っていて、宮殿で捕らえていた王女たちを奪還される方が、結果的に臣下たちを危地に追い込むことになるのだから」


「……わかったよ。確かに王女たちを奪還される方が戦争が長引くだろうし、戦争が長引いたら怪我をしたり下手をしたら亡くなる兵士たちも出てくるってことだからな」


 そうやって自分を納得させるしかなかった。


 自分の発案で軍が動く。


 それは思っていた以上に辛い現実だった。


 自分の決断に人の生命が掛かっている。


 その重責をアベルはずっしりと受け止めた。



 どうでしたか?


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