第十三章 恋の季節(1)
第十三章 恋の季節
複雑な気分のままアベルは宮殿へと戻ったのだが、なにやら雲行きがおかしかった。
宮殿全体が異様な雰囲気に包まれていて、とても呑気な会話が交わせる状態じゃない。
全快した後も定期的な検診が課されていたアベルは、午後になると爺の診察を受けたのだが、そのときにさりげなく探りを入れてみた。
「なんとなく宮殿全体が暗いけど、なにかあったのか、爺?」
触診のため開かれていた襟元を直しながらそう言えば、爺が困ったように振り向いた。
「少しあったようじゃな。旦那様がそれはもう不機嫌になられて、だれも迂闊に騒げない状態じゃよ」
「叔父さんが? 珍しい。よっぽどのことでもないと、そんなに簡単に逆鱗に触れたりしない人なのに」
「それは若がお相手だからじゃよ」
呆れたように言われて「そうかな?」と首を傾げた。
「旦那様は若をとても大切にされておる。だから、少々のことでは感情を荒げたりせん。若の前では、じゃがな」
「俺の前でだけ?」
言われてみれば心当たりはある気がする。
前王は賢王、現王は強硬という噂も耳にしたことがある。
そのときは噂ってアテにならないと思ったものだが、実際にアテにならなかったのは、アベルの人を見る目だったかもしれない。
ケルトはあからさまにアベルに対してだけ態度が違うのだ。
それはたぶんアベルが亡くなった父に瓜二つなことも関係しているのだろう。
兄に似ているから放置できないという動機もきっとある。
でも、それだけではなくてただ似ているだけなら、ケルトも冷静さを保てた。
似ているだけではなく兄の忘れ形見というオプションまでついていたのだ。
自分のせいで兄を亡くした。
そう思い込んで自責の念に苦しんでいたケルトである。
当然だがその兄の忘れ形見が、兄にそっくりだとなると、どうしても溺愛してしまうのだろう。
都合のいいことにアベルは男で、彼の下には娘たちがいる。
彼の脳裏にはアベルを義理の息子にできるという、夢色パラダイスが繰り広げられているのだ。
頭の痛いことに臣下たちの後押し付き、という状態で。
お陰でアベルはそういう感情もないのに、そういう眼で従妹たちを見るしかなく、認識をそういう方向へ向けようと、人知れず努力していた。
今の認識のままで結婚とか言われても同意できないので。
そんなことを考えていたからだろうか。
続いた爺の言葉に仰天してしまった。
「これはまだ内密な話なんじゃが」
「なに?」
「若に求婚の申し込みが殺到しているようじゃ」
「……なんで? 俺の存在ってまだ明かされてないよな? お披露目だってやってないし」
ほとんど寝込んでいたのだ。
お披露目どころではなく、ケルトに後継者が決まったというのは、ほとんど他国には知られていない。
ということは臣下のだれかが?
でも、自国の王女が相手で勝てると自惚れる貴族がいるとも思えないけど?
悩んでいると爺はかぶりを振った。
なにを否定されたのかわからなくて眉を寄せる。
「若。噂というものはじゃな。いつの間にかどこかから広がるものじゃよ」
「もしかしてこの国の貴族からじゃなくて、他国の貴族から?」
「他国の王室から、じゃ」
訂正されて息を呑んだ。
さすがにそれは予想しなかった。
「元々、若のお父上は賢王で知られておった。お妃様を亡くされた直後も、若の後妻に王女を送りたいという申し出は沢山あったのじゃ」
「へえ」
「じゃが3年ほどで若も亡くなり、若には跡取りはおらんという話になっておった。後を継いだ旦那様には王女たちしかおらんじゃろ?」
「まあね」
「どちらが後を継ぐのか、それがはっきりしていないこともあって、求婚というのは目に見える形では申し込まれなかったんじゃ」
「ふうん」
それでふたりには婚約者は決まっていなかったのか。
ケルト叔父の跡継ぎが発覚していなかったから。
「しかも若もご存じのようにこの国は大国じゃ。それ故に戦争も絶えず、領土を増やしてきた面もある。豊富な資源。豊富な宝石の鉱脈。この国は豊かな国なんじゃよ」
「それは知ってるけど」
「そこへ持ってきて若は賢王とまで言われた前王のお子じゃ。正当な第一王位継承権を持つ王子じゃ。当然だが二重の価値が見出だされる」
「二重の価値?」
「豊かな資源をもつ大国の正当な世継ぎという価値と、賢王とまで言われた言われた偉大なる前王の嫡男という二重の価値じゃ」
これには言葉が出なかった。
アベルが世継ぎだから見出だされる価値には、父王の偉大なる功績もあったのか。
頭が痛い。
「これまでは旦那様も適当に元々旦那様は若のお妃にはご自分の王女たちしか認める意思がないじゃろ?」
「それはそれで頭痛の種なんだけどなあ」
「じゃが今日来た使者は少々厄介じゃった」
「え? 今日の外国からの使者の目的って……俺への求婚?」
驚いて問いかけると頷かれ、どうして同席を望まれたのか理解した。
それはまあ当事者に居てほしいだろう。
求婚を申し込む気だったのだろう。
「この国と勢力を二分していると言われている大国レグルスからの使者じゃったんじゃ」
「レグルス……知ってる。過去に何度もこの国と戦って勝敗も五分五分だった国だよな? で。最後の戦争が父さんが終結させた戦争で、この国の勝ち逃げになってたっけ? レグルスがなんて?」
「レグルスとの統合を申し出てきたんじゃ」
「統合?」
「簡単に言えば吸収じゃな。言い方は悪いが向こうには跡継ぎがおらん。若が終結させた戦で正当な世継ぎは戦死。残ったのは王女たちばかり。向こうは今後継者争いに明け暮れておる」
「内戦勃発、か」
確かにその話はシドニー神父から聞いた。
父が終結させた戦争の最大の犠牲者がレグルスの世継ぎだと。
そのせいでレグルスは今、存亡の危機に立っている。
そう聞いた。
「旦那様がどうしてもご自分の王女を嫁がせたいなら、側室として迎えるようにしてほしいと申し出てきたようじゃ」
「側室って……俺にふたりも妃を持てって?」
苦い顔で言えば爺はもっと苦い顔でかぶりを振った。
「違うのか?」
「有り体に言ってしまえばじゃ。若に向こうの王女すべてを娶らせ、その上で正式な側室には旦那様の王女様方を迎えさせればよい、という申し出じゃ。言ってみればハーレムじゃな」
「なんじゃそりゅあっ!?」
向こうの王女が何人いるのかは知らないが、正妃以外はすべて妾にし、レイティアたちは正式な側室にしろ?
アベルの人権無視にも程があるっ!!
思わず下町にいた頃の言葉遣いで怒鳴ってしまったじゃないかっ!!
ハーレム?
男なら憧れるのかもしれないが、協会で教育されたアベル的には、あまり馴染みがなく、どちらかと言えば背徳的な印象しかない。
「これにはさすがの旦那様もキレられたようじゃ」
「そりゃキレるよ。俺の人権まるで無視だし、その上にレイティアたちや向こうの王女の人権まで無視してる。断ったらいいんじゃないのか?」
「それがそう簡単に断ることもできんのじゃ」
「なんで? そんな無茶苦茶な道理を無視した話が通るもんか」
「レグルスの内部分裂じゃ」
「内部分裂?」
「なによりこのままではレグルスほどの大国が、内部分裂を起こし崩壊しかねんということじゃよ」
崩壊。
それは確かに嫌だから断ります、とは言いにくいかもしれない。
レグルスが崩壊したら、この国だって煽りを受ける。
レグルス国内の内戦だけで終わればいいが、軍部が台頭してきてかの国に戦でも仕掛けられたら困るし。
無辜の民は犠牲にできない。
「第一王女を娶って実権を得ようとする貴族の派閥。第二王女に狙いを定めた派閥。そういった派閥が衝突して一触即発なのじゃとか」
「それですべての派閥を黙らせるために、父さんの息子である俺を担ぎ上げて、両腕国を統一し俺を王とすることで問題を一気に解決しようって魂胆か。なんて姑息な」
「確かにこちらからすれば姑息ではあるがの。向こうにすれば唯一の生き残るための手段でもあるんじゃよ、若」
「そうかもしれないけど。それでこっちになにか利益あるのか? 俺にもレティたちにも良いことひとつもない気がするんだけど?」
アベルが憤懣やる方ないと訴えれば、爺はため息をつきながら説明してくれた。
「利益と言えばレグルスを完全に領土化できるという点じゃな」
「でも、統合って言ってなかったか?」
「そうじゃ。ディアン王国をディアン帝国としてレグルスを吸収することによる統合じゃ。つまり戦わずして領土が増える」
つまり自国の分裂を防ぎ国としての威厳も捨て去ることで、内乱を防ぐ代わりにレグルスという国は、ディアンに吸収合併されて消える、ということだ。
そこまでしても王族たちがバラバラにされ、国が内乱へと深入りしていき、国が分裂することを恐れているということか。
そのくらいなら長年の宿願だったディアンに領土を売り渡してもいいほどに。
「それで叔父さんはなんて?」
「若も嬢たちも政治の駒ではないと大層なお怒りじゃ」
「まあ叔父さんはそうだろうな」
「若はここまで話を聞いてどう考えなさる?」
「唯一の利点である領土の拡大だけどさ。それってほんとに良いことなのかな?」
「そこに気付かれるとはさすがじゃな」
「だってそんな内乱続きの国を合併させて、この国の領土の一部としたら、治安の維持とかそういうものも、この国の仕事になるんだ。向こうは楽できるかもしれないけど、こっちにしたら手間が増えるだけだよ。それに民たちにも余計な危険を与えかねない」
確かに最終的に内乱をなんとかできて、国が安定すれば領土が増えたことで得るものもあるだろう。
だが、現時点で得るものはあまりないように感じられた。
なによりも領土が拡大されれば、軍部も台頭する。
それはクーデターを招きやすくするし、そう簡単に領土拡大を喜んでいられない気がした。
それ以外の利点がないとなると尚更だ。
領土が増えれば国境を護るために軍部が台頭するし、それは明白なのだ。
ケルト叔父もたぶんそこには気付いているだろう。
だから、こちらに利益がなにもない暴挙とも言える申し出にキレたのだ。
その結果、宮殿は一触即発の状態なのだろう。
「でもさ、ここまでこちらに利益がなにもない不利益ばかりとわかっていて、なんで簡単に断れないんだ?」
「向こうが最終手段を使ったからじゃ」
「最終手段?」
「これが呑まれない場合、戦もやむなしとな」
「なんだよ、それっ!! 脅しじゃないかっ!!」
「だから、そう簡単に断れんのじゃ。断る場合、向こうが戦を仕掛けてくるのを完璧に戦い潰すための手段が必要。それを講じるまでは旦那様も手が出せんようじゃ。この状況で明るく振る舞えと言われても、旦那様も困るじゃろうて」
ちょっと出掛けている間に困った事態になっていたようだ。
後でケルト叔父に逢いに行こう。
できるだけ肩の荷が楽になるように振る舞いたいし。
戦争を吹っ掛けてきている大国レグルスを叩き潰す方法か。
アベルも考えてみるかな。
軽い気持ちでアベルはそう考えた。
問題の中心は自分なのだからと。
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