第九章 世継ぎの帰還(2)
「ちょっと待ってくれ。話を聞くから」
「……ですが」
「陛下からだれも近付けてはならないと」
「俺を殺すつもりなら、俺の前に飛び出してきたときにでもできたんじゃないのか? とにかく女の人を手荒に扱うなよ。なにか事情がありそうだし」
こういうところがアベルが善人だと言われる所以なのだが、アベルには自覚はない。
彼女の嘆願の内容からして、アベルが聞く必要のある内容ではないと証明されているが、アベルは「処刑」とか、「お願い」とか、そういう「助けてほしい」というサインに弱かった。
自分が弱者として育ったからかもしれない。
おまけに今は一方的に庇護されている立場である。
そのせいでなにか迷惑をかけていたのかも、と思うと、どうしても無視できなかったのだ。
アベルに護る意思がなかったことと、頑として護らないときの彼が、とても国王に似ているということもあって、騎士たちは渋々アベルの言うことを認めた。
アベルには近付けないように女性を取り押さえたまま引き離すのはやめる。
まあそれだけでも妥協してくれたならいい方かなとアベルは諦めた。
「叔父……陛下に取りなしてほしいって一体なにを? 俺になんとかできること?」
「あなた様にしかできないことです」
震える声でそう言って女性は頭を下げた。
「最初に謝罪致します」
「は?」
「わたくしはあなた様に毒を盛った侍女リージアの母親です」
「おまえっ」
騎士たちは色めきたったが、アベルは自分が知らないことを知れるかもと、慌てて彼らを制した。
「ちょっと待てって。俺は話を聞くって言っただろ?」
「ですがっ」
「こんなことは陛下がお許しになりませんっ」
「あの人が怒っても俺は怖くないよー」
あっさり言われて騎士たちが苦虫を噛み潰したような顔になる。
バレたら殺されるかも……と騎士たちは青くなったが、アベルは気になることを優先した。
「俺を殺すことはあの侍女の本意じゃないって言ったよな?」
屈み込んだアベルにそう言われ、女性は震えながら頷いた。
「じゃあだれに命令されたんだ? 俺を殺してなんの得があるんだ?」
「それは……」
「言えない? なのに助けてくれ? 殺そうとした相手に縋るのに、それはすこし自分勝手すぎないか? 俺だってそこまでお人好しじゃないんだ」
「……言えません。言いたいけれど言えないのです」
「どうして?」
「言えば陛下から解放されても、わたくしもリージアもどうなるか」
つまり裏切り者として殺される恐れがあるから、黒幕の名前は言えないってことか。
「どっちにしても殺されるのなら、俺に縋るのは筋違いってものだよ」
「そんなっ」
不意に立ち上がったアベルにそう言われ、女性は絶望的な顔をする。
「俺だって自分が殺されそうになったことで、周囲にどれだけの迷惑をかけ、どれだけ不安を与えたか、理解していないわけじゃない。なのに俺を殺そうとした相手を助けてくれとあの人に頼むからには、それ相応の理由がなければならない。アンタにはその覚悟がない」
突き放すアベルの視線には王者の風格があった。
女性はアベルの背中に前王の影を見た気がして震えてしまう。
「アンタ二者択一って知ってるか? 選べるのはふたつにひとつだ。アンタみたいに両方得ようとしたって絶対に得られない。
危険を犯さずに危地を脱することなんてだれにもできないんだよ。ましてどちらに転んでも危険が付きまとうなら、それに立ち向かう覚悟も必要。
アンタにはそれがない。だったら俺が助けても助けなくても結果は変わらないから、俺が俺を大事にしてくれる人々の神経を逆撫でにする必要性も感じない」
アベルだって相手が相応の覚悟をみせてくれたなら、そしてそこには助けるだけの意味が価値があると思ったなら、手助けしようとは思っていた。
だが、自分に都合のいいように話を運ぼうとしてると気付いたら、とてもそんな気になれなかった。
それだけアベルにとっても自分が殺されそうになった事件で、周囲に心労を与えた件は気にしているということである。
それを承知で逆らうなら相手にも、それだけの誠意を見せてほしい。
高望みしているとはアベルは思わない。
当然の要求だ。
善人と言われるアベルでも、譲れない境界線は掴んでいた。
「どちらに殺されるか選べと申されるのですか」
震える声にアベルは首を傾げる。
「立ち向かって生を勝ち取る気概がない。そう言ってるんだよ。それじゃ俺が助けてもどっちみち殺されるだろ」
「だれもがあなた様のように強いわけではないのです」
「強いか強くないかじゃない。強くならないなら生きていけない。そういうことを言ってるんだけど?」
アベルは天涯孤独だった分、色んな意味で強かな面も持っている。
滅多にそれを発揮することはないが、生きていくための貪欲さも持ち合わせていた。
それを持っていない者が生き延びるなんて、アベルは最初から信じていない。
この女性とはこれ以上話しても無駄だなと思って、アベルが背中を向けようとした瞬間、女性が叫んだ。
「娘は明日処刑されるのですっ!!」
「……え」
さすがに立ち止まった。
アベルを殺そうとしたから処刑される?
それはさすがに……。
「弑逆の罪で……処刑されるのです。あらゆる罪の中で最も重く最も忌み嫌われる処刑です」
「……しいぎゃくってなに?」
アベルは近くにいた騎士を振り向いて問う。
庶民として生きてきたアベルには覚えのない単語だったから。
「君主様を殺した、または殺そうとした罪、という意味です」
「……君主」
「例えば国王陛下や次期国王であられる世継ぎの君ですね。このおふたりを殺そうとした者には弑逆の罪が問われ、確定した場合、処刑されます。最も重い罪であり、最も恥ずべき罪です」
それはアベルが世継ぎだったから、その人々が最も忌み嫌われる「しいぎゃくの罪」とかであの侍女が殺される、ということか?
しかしそれは事実だし、助けてくれと言われても。
「侯爵夫人。罪は罪として償われなければなりません。アルベルト様にそれを求められるのは筋違いではごさまいませんか?」
「ですがっ。娘が望んでしたことではないのですっ。仕方なくっ」
「それでもアルベルト様を殺そうとしたことは事実です」
「娘はまだ14なのです。14で最も酷い罪人の烙印を押され、死ねと申されますかっ!?」
(14……フィーリアと同じ歳?)
アベルが瞳を揺らすと侯爵夫人と呼ばれた女性は泣きながら叫んだ。
「そもそもあなた様はお世継ぎではありませんっ。なのにっ」
弑逆の罪に問われるのが納得できないと、彼女は泣き叫んだ。
世継ぎではない。
そう言われアベルの胸を痛みが貫く。
なにも言い返せずにいると声が響いた。
「何事かときてみれば、ずいぶん勝手な言い分だな?」
振り向けばそこに立っていたのは……。
「叔父さん」
アベルの呼び声にリドリス公を引き連れて現れたケルトが嫌悪の目を侯爵夫人に向けていた。
「弑逆の罪に問われるだけのことをしたから、わたしは弑逆の罪に問うた。アルベルトが世継ぎなのかどうか、それはそなたの知るべきところではない」
「娘が弑逆の罪で処刑されるというのに、そのような言い分は納得できませんっ」
「では理由も事情も説明はしないが言おう。わたしの後を継ぐのはアルベルトだ。だから、弑逆の罪に問うた。そう言えば満足か?」
すでに隠す気もなくなったのか、ケルトはそう吐き捨てた。
この言葉には周囲で見守っていた者たちもざわめき出す。
国王がハッキリ吟遊詩人のアベルことアルベルトが次期国王だと告げたからだ。
アベルは「やられたー」と頭を抱える。
どうやら腹に据えかねるほど怒っているらしい。
「そんな……」
「世継ぎを殺そうとしたから弑逆の罪に問うた。だから、処刑する。どこか変か?」
「どうか……どうかお慈悲を陛下っ」
「弑逆の罪を犯した者にかける慈悲など聞いたこともないな」
「では代わりにわたくしを処刑してくださいっ。娘の幼い生命だけはっ。どうかお願い致しますっ」
「ではもうひとつハッキリ言おうか? わたしはな? リージアを操りアルベルトを殺そうとした黒幕を処刑し、黒幕の家を断絶させるまで絶対に赦さない」
「……陛下」
青ざめる侯爵夫人にこれ以上の会話は無用とケルトはアベルに近付いて腕を掴んだ。
「叔父さん」
「戻るぞ」
「でも」
腕を引っ張られ歩いている間も背後では女性が泣き崩れている。
とても後味が悪かった。
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