第九章 世継ぎの帰還(1)
第九章 世継ぎの帰還
「ほんとに犯人見付かってないのか?」
あれから半月。
すっかり元気になったアベルは自室でブスッとふくれていた。
毒を盛ったあの侍女がどうなったのかも教えてもらないままに、アベルは半監禁状態である。
アベルの部屋を訪れることができるのも、国王親娘と宰相親娘、後は例外でマリンのみで護衛の騎士以外は近付けてくれない。
ちょっとでも出歩こうとしたら、護衛役の騎士たちが飛んできて、アベルを引き止める。
なんでも国王から決して外に出すな、ひとりで出歩かせるな、なにかあったら処刑だと思えと厳命されているらしい。
おかげでアベルには自由がなかった。
気が狂わないのが不思議なくらいだが、まあある程度は仕方がないと諦めている面もあった。
アベルは生死の境を彷徨った上に、どうも助かったと保証された後も、10日間も意識が戻らなかったらしいのだ。
そのあいだ周囲にどれほどの心労を与えたのかは、マリンから苦笑しながら教えてもらった。
レイティアたちは10日も寝ずに看病してくれたらしいし、執務に追われ看病する暇のないケルト叔父も、時間があれば顔を出し、時間の許すかぎり付き添ってくれたらしい。
アベルが毒を盛られ倒れたと知った直後の話も聞いた。
こちらはマリンとローエン医師の両方から。
ローエン医師はどうやらアベルの素性を知っているらしく、彼からは「若」と呼ばれている。
こそばゆいのでやめてほしいが、どうやら彼はそう呼んでアベルが照れるのを見て楽しんでいるらしく、何度抗議してもやめてくれない。
おまけに「爺」と呼ばないと返事をしてくれないという悪戯付き。
これには頭を抱えた。
代々の王族には「爺」と呼ばれているのだから。当然アベルも「爺」と呼ぶべきだというのが、ローエン医師の主張である。
それは嘘ではないらしく、実際にケルト叔父をはじめとして、王族たちはみな彼のことは「爺」と呼んでいる。
だから、まあ当然だよなとは思うのだが、まさかこの自分がだれかを「爺」なんて呼ぶ立場になろうとは想像しなかった。
最初は……抵抗して呼ばなかった。
すると本当に返事をしないのだ。
診察中、リハビリ中に関わらずいっさい返事をしない。
これは本当にやりづらかった。
おかげでなし崩しに「爺」と呼ばされている。
王族たちは定期的な診察が義務づけられているらしく、特に毒殺未遂があったばかりである。
全快した今もアベルは定期的な診察が義務づけられている。
おかげで今も時々だが「爺」と慣れない呼び方をしなければならない。
そんな日々の中で疑問が浮かんだのだ。
本当に犯人は見付かっていないのだろうか、と。
目星もついてないにしては、ちょっと警戒が厳重すぎないか?
狙った相手。
狙われた動機。
そういうものがわかっている動きに見えて仕方がない。
つまり一言でいえばまた狙われるのがわかっているからアベルに自由を与えられない。
そんなふうにしか見えないのだ。
周囲をみればそこまで厳重に警戒されているのはアベルひとりである。
それこそ王であるケルトですら、アベルほどの厳重態勢の中には置かれていない。
「つまり狙われる可能性が高いのは俺ひとりってことだよな」
だれがアベルを狙っているんだろう?
どういう動機から?
アベルの素性は今も明かしていない。
その容姿から様々な憶測は飛んでいるらしいが、王が肯定も否定もしないので、今のところは灰色の疑惑のまま、アベルは一吟遊詩人として王宮に滞在している。
だれひとりとしてアベルがどこのだれなのか、確証を得ていない。
簡単に言えば前王の子なのかどうか、その確証を持っていないのだ。
「でも、笑えたよなあ。レイたちが俺のことを兄と呼んで、俺がふたりを呼び捨てにしてるからって、出てきた疑惑が国王の隠し子疑惑だもんなあ」
これには苦笑してしまった。
確かにアベルが前王に生き写しだからといって、即前王の子と結びつける必要はない。
前王と現王は実の兄弟なのだから、現王の子が前王に瓜二つでも、別に血筋的には変じゃないのだ。
前王の忘れ形見説が灰色のまま、白にも黒にもならないので、次に出てきた疑惑が国王の隠し子疑惑。
これを知ったとき、ケルト叔父はお腹を抱えて爆笑し、その後で真面目くさって言った。
「どうだ? 本当にわたしの子になるか? 喜んで父上と呼ばせてやるぞ?」
アベルは呆れすぎて反応できず、好きにやってくれと受け流したが、何故かレイティアとレティシアのふたりが、これには即座に反論していた。
「お父さま、そんなことを言ったら周囲の誤解を煽ってしまいます」
「それにアル従兄さまがお父さまの隠し子なんてことになったら、お母さまがお気の毒でしょう? 浮気されたと誤解されるなんて」
刺々しく嫌味を言われ、ケルト叔父は笑って言ったものだ。
「わかった。わかった。ふたりはアルベルトが兄だとイヤなだけだろう?」
と。
これにはふたりは真っ赤になって父王に食ってかかっていたが。
大人しいレティシアまでケルトに抗議しているので、アベルは「そんなに俺が兄だとイヤなのか?」とふたりに問いかけてしまった。
そういうとふたりにそれは悲しそうな顔をされたので、アベルは驚いたが。
マリンにはこっそり「アンタって正真正銘のバカ?」と小突かれた。
あのときはなにがなんだかわからなくて戸惑ったものだ。
そんなこんなで色んな疑惑を振り撒きながら、アベルは王宮で暮らしているが、そこまでされる理由として思い浮かぶのは、アベルの身がまだ安全じゃないということだった。
もう狙われないという保証がないから、むしろ狙われる確率の方が高いから、ケルトはアベルに自由を与えてくれない。
そうとしか思えなかった。
そうなると素性もハッキリしないアベルがどうして狙われるのか。
相手はアベルを殺すことでなにをしたいのか。
ケルト叔父は知っているとしか思えないのだ。
「一度問い詰めないとな。あの飄々とした叔父さんを」
腕組みをしてそう呟いた。
「あまり若を閉じ込めておいてはいけませんぞ、旦那様。すっかり色も白くなって。太陽を浴びるのは健康のためにも必要なんじゃから」
そう言ってケルトを説得してくれたのはローエン医師だった。
あまりにケルトがアベルを過保護に扱い、部屋に閉じ込めるので、それを見兼ねたのだという。
実際にアベルは長い間太陽を浴びていなかったので、このままでは健康に害が出るという事情もあったらしい。
お陰でアベルは中庭での散歩を許可されるようになった。
もちろん護衛付きではあるが。
中庭を散歩する前王に生き写しのアベルを見て、人々がコソコソと噂している。
どうせなら話しかけてきてくれないかなと、アベルは内心でため息をつく。
見られているのはわかっているのに、話し掛けてはもらえず、ただ噂されるというのは結構辛い。
ケルトたちは王族だから、衆人環視の中で生きるのには慣れているだろうが、アベルがそういう扱いを受けるようになったのはつい最近だ。
視線やコソコソ話が気になって仕方ない。
護衛は付かず離れずついてくる。
アベルになにかあればすぐに助けられる位置で。
それも慣れてはきたが気になる。
はあとため息をついたとき、いきなり目の前に女の人が飛び出してきた。
アベルが驚いて立ち止まると護衛の騎士たちも慌てて駆け付けてくる。
そうして女の人を引き離そうとしたが、彼女は必死になって叫んだ。
「お願いですっ。陛下にお取りなしくださいっ!! あれはリージアの本意ではないのですっ!! お願いですからリージアを処刑しないように、あなた様から陛下にお取りなしくださいっ!! お願いですっ!!」
引き離されながらも女性が必死になってアベルに嘆願する。
「離れろと言っているだろうっ」
「あなたが何者であろうと例外はないのだっ!!」
騎士たちの動きが乱暴になってきた辺りでアベルは声を投げた。
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