第八章 秘密の漏洩(3)
どうして自分はリドリス公爵に負けるのだと。
あんな年下の男などに。
おまけに前王とは違い大した繋がりを持っていなかった現王は、アドレアン公爵である自分を大して重用はしなかった。
大臣にはしてくれたが、それだけだった。
家の権力はどんどん小さくなり、今では同じ公爵家だというのに、リドリス公爵家の足元にも及ばない。
代々続いた宰相の家系。
その名前だけで生かされている家柄だった。
何度も信用してもらおうと王に声をかけ、お傍に置いてもらおうとしたが、現王はあまり人を信用して近付けない。
その理由が兄王が暗殺されたためだと知ったときは因果応報。
この言葉が脳裏を過った。
前王のときも現王のときも信頼を得たのはリドリス公爵のみ。
何故だっ。
そう思って噛みしめる奥歯が痛む。
それでも前王を可愛い教え子を手にかけた苦しみからも解放され、諦めることに慣れ始めたかろ、彼が……現れた。
前王に生き写しの青年が。
素性は知らない。
噂ではただの国1番の吟遊詩人という話しだった
だが、怖かった。
彼を前にするのが。
吟遊詩人という肩書きも前王を思い出させたから。
前王は竪琴の名手で大変な歌い手だった。
国1番との誉れも高い吟遊詩人という一面も持っていた。
それを知る自分には同じ吟遊詩人で国1番の吟遊詩人の異名を持つ瓜二つの青年というだけで、彼が目障りで……怖かったのだ。
即座に殺そうと思えるほど。
だが、彼は生き長らえた。
前王のようには容易くは殺せなかった。
現王は知っただろうか。
リージアの背後にいるのは自分だと。
そう思った心の隅で笑う。
知ったところで手は出せまい。
代々宰相を努めてきた家系という事実は消えない。
いくら権勢を失ってきていても、相手が王だったとしても、そう簡単に手を出せる家系ではない。
でなければいくら人手がなくても孫娘は使えない。
殺せても殺せなくても、孫娘が捕まれば露顕する確率は高かったのだから。。
「そう怯えることはないのだ、フィリシア。我々がなにをした?」
「なにをって……お父様。人を殺そうとしたではありませんか」
震える娘の声にニヤリと笑う。
「たかが吟遊詩人だろう? 死んだところでだれの迷惑にもならない」
「迷惑にはならない? 陛下がどれほどお怒りか、お父様はご存じないのですかっ!! リージアとの面会も……断られているくらいなのに。もしリージアが処刑されたりしたら」
「吟遊詩人を殺そうとしたくらいで、ワシの孫娘を殺せるものか」
「お父様……現実が見えていますか? あの青年が本当にただの吟遊詩人に見えるのですか?」
娘の声に苛立ちが増す。
「それ以外のなんだというのだ?」
「あれほど前王に瓜二つなのに」
「ただ似ているだけの平民だ。どこにでもいる吟遊詩人だろう」
「お父様がお育てになった前王陛下も、国1番の吟遊詩人と讃えられていましたね」
「帰れっ!!」
逆鱗に触れる一言に気がついたら、そう叫んでいた。
「お父様、どうかお願いですっ。リージアをっ」
叫びながら使用人に連行される娘を苦々しく睨み付ける。
忘れていたい疵を掻きむしる無神経さに苛立ちながら。
「助かった……か。だれの加護なのやら。とりあえずは次の手を模索するべきか。生かしていてはいかない。あの青年は死ぬべき存在だ。過去の亡霊め」
だれに向かって吐き捨てた言葉なのか、自分でもわかっていなかった。
自分が一体なにに怯えているのかが。
ため息が癖のように出る。
どうやら自分は毒を盛られたらしい。
素性もハッキリしていないのに、だ。
この状況では孤児院にも帰れない。
みんなに手紙を書いて旅に出たことにしたくても、そもそも字が書けない。
まだ身体が自由にならないのだ。
代筆してもらおうにも、孤児院のみんなに字を教えたのはアベルで、アベルの文字かわからないということはないだろう。
それで誤魔化せるとも思えない。
マリンに孤児院に様子を見に行ってもらおうとしたが断られてしまった。
今は宮殿から動けない、と。
まあ確かにアベルが毒を盛られた以上、他の王族だっていつ毒を盛られても不思議はない。
ふたりの王女の護衛騎士を専任で勤めるマリンが、今宮殿を離れることが難しいというのはわかる気がする。
しかしとなると他に頼める相手がいないのも事実だった。
当然ながらレイティアたちも安全のため、宮殿から動けない状態だし、唯一宮殿に住んでいないリドリス公爵令嬢リアンも、何人もの護衛をつけられている
とても孤児院まで行ってくれ、と頼める状態ではない。
「ふう。でも、喉をやられなかっただけ、まだマシだと思わなきゃな。喉と指は商売道具だし」
呟いてから苦く笑う。
商売道具?
この現状で?
そもそも二度と孤児院に戻れない可能性だってあるのに。
「アルベルト。元気にしているか?」
不意の声に振り向けばケルト王が入ってくるところだった。
背後にリドリス公爵を引き連れている。
「犯人見付かった?」
「いや。まだだ」
「ホントに?」
「何故疑う?」
「いや。歯切れが良すぎるのが気になる」
偏見かもしれないがケルト叔父は嘘をついているときほど饒舌になる傾向があるような……気がする。
「本当に見付かってはいないのですよ、アルベルト王子」
「……でも、俺に毒を盛ったあの侍女は捕まえたんだよな? どうしてるんだ?」
「そなたが気にする必要はない」
そっぽを向くケルトにアベルは困った顔になる。
どうやら恨んでいるらしい、と。
それを証明するようにリドリス公爵が声をかけてきた。
「あまりその話題は出されませんように。陛下が不機嫌になられますので」
「だってどうしてるのか気になるし」
「自分を殺そうとした相手を気に病んでどうするんだか。ちょっと善人すぎるぞ?」
「でも、あの娘……進んで殺そうとしたようには……見えなかったんだよなあ。ワインを注ぐ腕が震えていたし、俺に毒入りワインを勧める声も掠れていたし」
今思えばどうして気付かなかったのかと自分を責めたい気分だ。
気付いて交わしていたら、あの娘が捕まって罪人扱いされることもなかっただろうに。
「本当にそなたはバカだ」
髪を撫でる手が震えている。
見上げると泣き出しそうな目が見えた。
「叔父さん?」
「もう……あんな想いはさせてくれるな」
抱き締める腕が震えているから、どんな言葉も掛けられなかった。
自分が死にかけたせいで、どんな痛みを与えたか気付いて。
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