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錬金術RPGセット【ババロアとヌワラエリア】

参考ゲーム

アトリエシリーズ

ヘラクレスの栄光4

「えーと、砂糖と卵黄を泡立てて。温めた牛乳を加えて煮詰める、と。それからゼラチンを混ぜて、冷やして固めるのよね?」


 珍しく瑞穂が制服の上にエプロンをして調理していた。

「目的はなんだ?」

「は?」

「下心なしにお前が料理するはずがない」

「……あんた、私をなんだと思ってるの」

「給料泥棒」

「それはあんたでしょ!」

 バイト代を巻き上げてるだけなのに、泥棒扱いとは心外な。


「ババロアだな」


「そうよ」

 鍋を覗き込む。

 果汁をゼラチンで固めるだけのゼリーにもう一手間かけたものがババロアだ。

 砂糖や卵黄、牛乳を煮詰めてとろみをつけ、果汁などで味付けをして固めるだけなのでゼリーとたいして変わらない。

 今回はフルーツババロアと抹茶ババロアらしい。

 器に分け、冷蔵庫で3時間ほど冷やせば完成だ。

「これでよし、と」

「……で、本当に目的はなんなんだ?」

「レシピを覚えたから作ってみただけよ。基本はパウンドケーキだけど、あれは一度作ったことあるし」

「基本?」

「これよ」


『ドリーのアトリエ』


 キャッチコピーの『魔王を倒すのはもう飽きた』が目を引くレトロゲームだ。

「主人公は錬金術師だけど、それだけじゃ生活できないから始めは料理を作って売るのがセオリーなの。慣れてきたら薬とか毒とか爆弾とかを調合して腕を磨きつつ、賢者の石の練成れんせいを目指すのよ。まあ、マルチエンディングだから必ずしも賢者の石を練成する必要はないし、魔王も倒せるんだけど」

「へえ」

 ゲームを起動してレシピを検索する。

 パウンドケーキにゼリー、ババロア、プリン、クッキー、アップルパイ、パンetc

 紅茶やミルクティー、ハーブティー、ジュース、コーヒーやカフェオレなど、飲物も様々なレシピがそろっていた。

「意外に本格的だな」


「最近のシリーズでは喫茶店でコラボイベントしてるらしいわよ」


「たしかにどれも簡単なレシピだから、コラボするのも楽そうだな。うちの店でもコラボできるのか?」

「できるんじゃない? こんな辺鄙な場所にファンが来るとは思えないけど」

「可能性はゼロじゃない」

 コラボするからには作品を熟知しておくべきだろう。

 スタート画面に戻り、新しくゲームを始める。


「主人公が『ホムンクルス』?」


「斬新でしょ」

 ホムンクルスいわゆる『フラスコの中の小人』。

 漫画やゲームでよく登場する、錬金術によって生み出された小人だ。

 血を食料としており、か弱い存在なのでフラスコの外では生きられない。

 実験材料として生み出された主人公ドリーは、劣悪な環境から逃げ出すため人間に憑りつく。

 体内なら食料である血が豊富に存在するし、ホムンクルスも生きられる環境だった。

 しかもドリーは人間を操ることができる。

 とはいっても完璧ではない。

 ある種の催眠術のようなもので、本人が心の底から嫌がっていることをさせることはできないのだ。

 そこでドリーは完全に自分が自由にできる肉体を作ろうと考えた。


「……最初の錬金術が人体練成かよ」


「ダークファンタジーが流行ってた時期なのよ」

 レシピも詳細を極めていた。

 人間の体は水35リットル、炭素20キロ、アンモニア4リットル、石灰1.5キロ、燐800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素からなるらしい。

 こうして人体練成に成功したドリーは、錬金術師としての生活をスタートする。

 ここからはプレイヤーが自由に動かせるようだ。

 大きな目標は存在しない。

 強いていうなら日々の生活の糧を稼ぐこと。

 それぐらいだ。

「新米錬金術師に需要なんてないだろ」

「科学の代わりに錬金術で産業革命が起こってる最中だから、むしろ人手が足りないぐらいなのよ」

「だから汽車が走ってるのか」


 調べてみると錬金術が発展した理由も、フィクションでよく登場する『オリハルコン』『ミスリル』『ヒヒイロカネ』といった魔法の金属を輸出制限されたのが原因らしい。


 中国がレアメタルの輸出を制限したら、レアメタルを用いる必要のない技術が開発されたのと同じ理屈だろう。

 あくまで代替技術が発見されただけで希少金属を練成する方法は開発されていないらしい。

 もちろん錬金術の目標たる金の練成方法も不明である。

「とりあえず最初はスイーツを練成して稼ぐか」

 ただ知っているレシピが少なく、作れるものが限られていた。


 プレイヤーが調合するアイテムや量を自由に決められる『オリジナル調合』で、いくつか知っているレシピを入力。


 現実のレシピとゲームのレシピを一致させるのは意外に難しかったが、レパートリーは確実に広がった。

 錬金術のレベルが上がってきたらギルドへ行き、依頼をこなしていく。

 依頼内容は依頼主の望む品物を用意する『調達』、調達しにくい品物を自分で作る『練成』、そして盗賊や化物を退治する『討伐』だ。

 化物を倒せるほど冒険者レベルは高くないので無難に調達と練成依頼をこなしていく。

 依頼には期日が設定されており、スケジュール管理も必要になった。


「ん? 素材が悪くなってる?」


「生ものは時間が経つと腐るの。果物や乳製品、骨董品は熟したり発酵したり味が出て価値が上がるから、品物ごとの特徴を把握しておいた方がいいわよ」

「なるほど」

 スケジュールだけでなく、品質も管理しなければならないようだ。

 質の高い物を作るには新鮮なものほどいい。

 品質が悪くなるのなら温存する必要はない。

 むしろガンガン使っていく。

 新鮮な食材で高いスイーツを作り、腐る前の素材は格安で売り出す。

 品質が劣化しない物は大量生産しておいて保存、依頼が来たら渡せばいい。

 日銭を稼ぐスイーツと、複数の依頼を受注してにわかに忙しくなり、疲労が溜まって練成の成功率も低くなっていった。

 そして案の定、


ドカンッ


 ……調合に失敗し、爆発でアフロになった。

 この辺はお約束だろう。

 きちっとスケジュールを管理し、疲労が溜まらないように調節する。

 レベルが上がってくると市販の品や近隣で採取できる物では練成できない品物が増えてきた。

 こうなると高い金を払って輸送してもらうか、遠出するしかない。

 冒険者として腕を磨く日が来たようだ。

 ……とその前に、

「ババロアできたわよ」

「もうそんなに時間経ってたか」

 冷蔵庫から冷んやりプルプルのババロアを取り出してお茶を淹れる。


 フルーツババロアには紅茶のヌワラエリアだろう。


 標高1800メートルの高地で作られる、スリランカ産の紅茶である。

「きれい」

「だろ」

 お茶は鮮やかなオレンジ色。

 青々とした草花の香りも特徴的だ。

 ストレートにすれば紅茶の香りと渋味が引き立ち、甘酸っぱいババロアともマッチする。

 ゲームでもHPを回復できる特製ババロアを完備し、護衛キャラを雇って採集地へ向かった。


「トリュフないな」


「人間の嗅覚じゃ見つからないわよ」

「そういや現実でもメスブタを使うんだよな」

 トリュフの匂いはオスブタのフェロモンに似ているらしい。

「モンスターに乗り移るか」

 モンスターの鼻ならトリュフも探せるはずだ。


 乗り移るモンスターを変えれば、状況に応じて空を飛んだり海に潜って素材を探すことができる。


 ただモンスターは人間ほど多くの荷物は持てず、手足も不器用で採取できる物は限られ、また乗り移っている間は練成した人体が抜け殻になってしまうので護衛に守ってもらわねばならない。

 しかもモンスターには天敵がいるので捕食される可能性があり、さらに冒険者にも狙われてしまう。

 一長一短だ。

 草花や石の採取なら問題はないが、特に危険なのはやはりモンスターの角や皮、肉、卵などだろう。

 死体はそこかしこに散乱しているものの鮮度が低い。

 上質な物を求めるなら狩るのが一番だ。

「よし、オーガ倒した!」

 農薬や化学肥料を使わずに育ったオーガニックなオーガ肉を確保した。

 狩る予定はなかっただけに貴重な素材だ。


「オーガ肉は足が早いわよ。早く持ち帰らないとあっという間に臭くなっちゃうから」


「サメかよ」

 サメは死んだ瞬間からどんどんアンモニア臭くなるという。

 やはり理想は生け捕りなのだろう。

 狩るより難しく、小さく切ることもできないのでめったなことではやらないが……。

 無難に採集をこなして冒険者レベルを上げていく。

「そろそろドラゴンの素材ほしいな」

「今のレベルだと勝つの難しいから、卵を狙うのが無難ね」

 ドラゴンは寿命が長く、天敵もいないので死体も転がっていない。

 ドラゴンの体を乗っ取るのも不可能。

 こっそり近づいて卵を盗むしかないようだ。

 卵は割れるので、足の早い素材とは違う意味での注意も必要になる。

「巣から誘い出すしかないな」

 ドラゴンはカラスのように光物を集める習性がある。

 だから宝石類をばら撒いて意識を逸らし、その隙に巣へ忍びこんで卵をゲットした。


『オレサマオマエマルカジリ』


「げ、もう戻ってきた!?」

「ばら撒いた宝石が安すぎたみたいね」

「くそ!」

 宝石を出し惜しみしたのがいけなかった。

 状況的に逃げられない。

 全滅は必至だ。

「もうどうにでもなれ!」

 割れないように卵を置き、やけくそ気味に攻撃する。


ボキッ


「お?」

 奇跡的に主人公の攻撃がクリティカルヒット。

 ドラゴンの角が真ん中から折れ、レアアイテム『ドラゴンの角』を入手した。

「それで爆弾練成できればワンチャンあるわよ」

「戦闘中に爆弾練成?」

「ドラゴン殺しのセオリーなの」

「先に言えよ!」

「こんなに早く角折れるとは思わなかったんだもの」

 急いで爆弾を練成する。

 幸いレシピは持っているので作り方はわかっていた。

 ただ一度も作ったことがないので成功率が低く、時間ターンもかかる。

「成功しろ成功しろ成功しろ!」


ドカンッ


 俺の祈りが天に通じたのか、一発でドラゴンが木端微塵になった。

 ……ただし味方も爆発に巻き込まれて全滅してしまったが。

「爆弾だから練成失敗の爆発も桁違いね」


「……もしかして爆発耐性持ってたら、わざと爆弾の練成に失敗すれば大抵のモンスターは一発で倒せるんじゃないか?」


「敵が爆発耐性を持ってなければね」

「魔王は?」

「持ってるわよ、当然」

「ちっ」

 そんなに甘くないか。

 だがドラゴンを爆殺できることはわかった。

 次は爆発耐性のある防具を装備して自爆しよう。


「ちなみに爆発に巻き込まれるとアイテムは壊れるわよ」


「なに?」

「しかも一定以上の爆発を起こすとダンジョンも崩れちゃうし」

「じゃあどうすればいいんだよ?」

「あくまで壊れるのは自分が持ってるアイテムだけだから、ダンジョンが崩れない程度の爆発で敵を倒して、その後にレアアイテムを取ればいいのよ」

「……それが難しいんだろ」

 爆発は芸術だ。


「そろそろ賢者の石を練成できるんじゃないか?」


「レシピ集め大変よ。そもそもレシピが存在しないし」

「レシピがない?」

「オリジナル調合でしか練成できないのよ。つまりプレイヤーがレシピを推理しないといけないの」

「推理ってどうやって?」

「帳簿を調べるとか」

「……推理小説っぽいな」

 賢者の石を練成したという伝説の錬金術師パラケルススの足取りを調べ、贔屓にしていた店の帳簿を地道に調べていく。


 これで素材はわかるのだが、問題はどの素材をどれだけ使えばいいのかわからないことだ。


 そもそもパラケルススが購入したのは賢者の石の素材だけではない。

 生活をするためには食事が必要だし、賢者の石を練成するには資金が必要だから依頼もこなす必要がある。

 まずはパラケルススの食事の好みを調べ、その素材をリストから消していく。

 そして女性関係を調べ、女性の好みの品をリストから消す。

 さらにパラケルススのお得意様を調べ、依頼した品物や討伐した化物を調査し、その品物を練成するのに必要な素材と、討伐した化物の弱点になる品物の素材をリストから消す。

 討伐した化物から剥げる素材をリストアップするのも忘れてはいけない。

 ああでもない、こうでもないとリストを書き直しながらレシピを吟味すること(ゲーム内時間で)一ヶ月。

「いける」

 満を持して練成した。


ドカンッ


「まあ、こうなるわよね」

「うるさい」

 ……素材はあっているはずなのに、なかなか上手くいかず爆発を繰り返す。

 素材を1つにまとめて練成するのか、特定の素材を練成して別のアイテムにしてから練成するのかわからない。

 新鮮な物を使うのか、熟成・発酵させるのかも不明だ。

 あらゆるパターンを試すしかないだろう。

 石の色や大きさもヒントにして配合量を推測。

 失敗を重ねること30回。

「……できた」

 念願の賢者の石を手に入れた。

 苦労した分、達成感よりも練成が終わった安堵感の方が強い。

「とりあえずきんを練成してみたら?」

「そうだな」

 賢者の石さえあれば不可能はない。

 宇宙の法則を乱し、無尽蔵に黄金を作り出す。


 すると金相場が暴落、金貨の流通もストップし、世界は大混乱に陥った。


 世界中がドリーの錬金術を欲し、また命を奪おうと暗躍する。

 もはや日の当たる場所にドリーは顔を出すことはできず、闇の世界に生きることを余儀なくされた。

「なんだこのバッドエンド!?」

「何も考えずに練成するから、錬金してたことがバレるのよ。錬金技術はひた隠しにして出荷率を調整しないと、金相場を陰から操作できないでしょ」


「……錬金術師の意味変わってるだろ」


 無からきんを作り出すのが錬金術師のはずが、相場という形のない概念からかねを生み出す錬金術師に変貌していた。


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― 新着の感想 ―
[一言] オレサマオマエマルカジリ ちょくちょくこういうネタ挟んでるのいいなぁw
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