恋愛シミュレーションセット【ガトーショコラと麦茶】
参考ゲーム
ときめきメモリアル
「んー、古いギャルゲーだけあってパラメータ管理が面倒ね」
「パラメータ?」
プレイしているのは『ぱわふるメモリアル』。
俺でも知っている超有名作品だ。
「ギャルゲーって選択肢選んでフラグ管理するだけじゃないのか?」
「今の主流はテキスト読んで選択肢を選ぶだけの『ノベルゲーム』だけど……。シナリオ重視だと、どうしても話が長くなるでしょ? だからぱわメモみたいにパラメータを管理するタイプの『恋愛シミュレーション』とは相性が悪いのよ」
「へえ」
どちらも恋愛が主題ではあるが、ゲーム性は大きく違うらしい。
「ただ原点回帰でこういうゲームもちょっと増えてきたわね。私もノベルゲームよりこっちの方が好き。お目当てのキャラの理想の人物を目指してパラメータを上げて、告白された時の達成感!」
「……ん、告白される? するんじゃないのか?」
「そう、そこが重要なのよ! 告白するんじゃなくて、告白させるゲーム! それが恋愛シミュレーションの醍醐味なのよ!」
「お、おう」
こんなに拳を握りしめて力説している姿を初めて見た。
「そもそもシナリオ重視にすると話が重くなるし、ヒロインが救われないんだもの」
「? ヒロインを救わないと話が成立しなくないか?」
「メインヒロイン以外の話。ノベルゲームは話をドラマチックにしたくて、無駄に重い過去とか試練を与えたがるのよ。主人公がそれを解決することで恋愛関係に発展するんだけど、問題は攻略対象キャラ全員に重い設定があるってこと。つまり『主人公に選ばれなかったキャラ』は悩みが解決せず、不幸なままなのよ」
「……なるほど。ノベルゲームの構造的欠陥だな」
幸せになるのは主人公と選ばれたヒロインだけではたしかにすっきりしない。
「それとノベルゲームの主人公にはデフォルトの名前と設定があるから、どうしても『物語を読まされてる』感覚になりがちなの。でも恋愛シミュレーションの主人公はだいたい名前がなくて無個性だから、プレイヤーは主人公に自己投影できるのよ!」
パッケージを見ると主人公は前髪で目が隠れ、ビジュアル的にもキャラの個性が消されている。
芸が細かい。
「コマンド多いな」
ゲームを進めていくとコマンド選択画面になった。
勉強
運動
芸術
部活
容姿
趣味
外出
バイト
休憩
電話
パラメータの種類は体力、文系、理系、英語、運動、芸術、根性、容姿、ストレス。
コマンドによって上がるパラメータが違うらしい。
「……どれを上げればいいのか、さっぱりわからん」
「攻略したいヒロイン次第ね」
「とりあえずこの子にしてみるか」
文学少女をセレクト。
「ふーん」
瑞穂が眼鏡をかけ、三つ編みを編み始めた。
どうやら俺の好みのタイプだと勘違いしたらしい。
地味で人気がなさそう=楽に攻略できそうだから選んだのだが……。
「どう?」
「似合うな」
「んふふ」
文学少女らしい奥ゆかしさは微塵もないものの、世界一かわいいのは否定できない。
「文系の勉強して、文芸部に入ればいいのか?」
「そうね」
部活を中心に文系の勉強をして、図書館へデートに誘ってみる。
『今週の日曜日ですね。わかりました、一緒に勉強しましょう』
「よし」
勉強なのであまりデートという感じはしないが一歩前進した。
しかしデート当日、
『……ごめんなさい、その服装はちょっと』
「は?」
文学少女が帰ってしまった。
「容姿のパラメータが下がってるからよ」
「……それでか。どんな服装してるんだ、こいつ?」
「なにもしてないと容姿のパラメータが下がるわけだから、流行遅れの服に、髪の毛ボサボサでヒゲも剃ってないんじゃない?」
「それでよくデートに行ったな」
とりあえず部活と勉強のかたわら、適度に容姿を整える。
理系、英語、運動、芸術も赤点にならないように伸ばしておこう。
「好感度がわからないのは不便だな」
「幼馴染の女の子に電話したら聞けるわよ」
「……なんでこいつが知ってるんだ?」
「さあ? 女子のネットワークじゃない。ちなみに電話番号も聞けるわよ」
なぜこいつが電話番号を知っているのか。
あまり仲良くない相手に平然と電話をかける主人公もおかしいし、そんな主人公とデートの約束をするヒロインもおかしい(基本的にデートの約束は電話でしかできない)。
登場キャラたちにそこはかとない不安を感じながらも、現在のヒロインの好感度を調べる。
おおむね良好だが、
「なんか爆弾みたいなのがあるぞ」
「それは『堪忍袋』。通称『爆弾』ね。あんまり女の子を邪険に扱ってると、堪忍袋の緒が切れて変な噂を流されるわよ」
「……嫌なところでリアルだな」
「全員の好感度下がるから堪忍袋は絶対に爆発させちゃダメ」
「わかった」
堪忍袋を消すにはデートが最適らしい。
だがそうすると狙っているヒロインとデートできない。
しかも行動を間違えると、次から次へと堪忍袋が爆弾のように膨らんでいく。
爆弾の処理に追われて、ヒロイン以外の子と毎週デートするハメになる。
同時に複数のヒロインを攻略しているような状態だ。
パラメータとスケジュール管理に四苦八苦する。
……いつ破たんしてもおかしくない。
「他の女の子を登場させすぎたわね」
「は?」
「ヒロインは全部で13人。でも開始当初は4人しかいなかったでしょ。登場をできるだけ遅らせるのがこのゲームを攻略するコツよ」
「人数が多いほど爆弾管理が大変になるわけか」
「あとはランダムイベントの発生率ね。『下校イベント』は完全にランダム発生だから、キャラが多いほど狙ってるヒロインが下校時に登場する確率が低くなるの」
「なるほど」
「それとラストで告白してくるのは一番好感度の高い子だから、会うだけでどんどん好感度が上がっていくキャラを登場させると後が恐いわよ」
「……なんでそんなキャラがいるんだよ」
「どのキャラの好感度も一定のポイントに達してない場合、誰にも告白されずに親友とむなしく卒業する『俺たちずっと友達だよな』エンドになるからでしょうね。たとえばこのゲームの性質を理解せずに、ずっと攻略の難しいキャラを狙い続けた場合、何度も『ずっ友エンド』になるでしょ?」
「本命ではなくても女の子に告白されて終わった方がいいっていう、一種の救済措置だな」
「そういうこと。でもメーカーの気遣いが仇になって、狙ってたヒロインより好感度高くなっちゃうんだけど。しかもどれだけ邪険に扱っても告白してくるから、一部ではストーカーって呼ばれてるし」
大人の都合で振り回される可愛そうなキャラだ。
なおヒロインの出現条件は『特定の行動をする』『特定の場所に行く』『特定の部活に入る』『特定のパラメータを一定以上に上げる』『2年目に突入(下級生が入学してくる)』だ。
部活はともかく、他は厳しい。
出現条件を知らないと、知らないうちに条件をクリアしてしまうからだ。
『普通にプレイしているだけで自然にヒロインが増えていく』ように作られているので、ある意味当たり前ではあるのだが。
「……うーん、いっそ堪忍袋を全部爆発させるか? これから登場する下級生の好感度には影響ないはずだしな」
「え、別のキャラにするの?」
「ああ」
「ざんねん……」
名残惜しそうに三つ編みを解く。
意外と気に入っていたらしい。
「2年目まではパラメータ上げるだけだから単調だな」
しかも告白されるのは主人公の卒業式なので、必要なパラメータに達した場合も作業プレイになる(要求パラメータが高いメインヒロインは例外だが)。
そもそも3年間に数十回デートすることになるのに、正式に交際していないのがおかしい。
『ヒロインに告白してもらう』ことを最終目標に設定したがゆえのゆがみだろう。
「適当にボタン押すだけで単調だから何か食うか」
「じゃあガトーショコラと麦茶!」
「……どういう組み合わせだ」
「運動系の部活に入ると幼馴染が差し入れしてくれるのよ、砂糖入りの麦茶」
「あー。疲労回復効果があるから、昔はスポーツドリンク代わりに飲んでたやつだな」
おそらくガトーショコラもヒロインが作ってくれるものなのだろう。
さすがにこの組み合わせは未体験だ。
……牛乳を入れるとコーヒー牛乳っぽくなるので、飲むのならこちらをオススメする。
『nice to meet you』
「お、留学生が出たな。これも攻略キャラか」
「人気投票2位の人気キャラね。初見ではあまりオススメしないけど……」
「なんでだ?」
「話しかけてみればわかるわよ」
「?」
とりあえず話しかけてみる。
『はろー』
『the cake is a lie』
『Then I Took an Arrow in the Knee』
『But Our Princess Is in another castle!』
『You cheated not only the game, but yourself』
「……なんだこれ」
「英語のパラメータが低いとセリフが日本語に翻訳されないの」
その発想はなかった。
ヒロインの特性と成績を上げる必然性をうまく処理している。
「これが2位なら1位は誰なんだ?」
「幼馴染」
「そんなに可愛かったか?」
「これもギャップ萌えのキャラよ。デートに誘えるようになるまで大変だけど、一度フラグ立てたら他のキャラの好感度教えてくれないし、爆弾が爆発しても好感度が下がらない無敵キャラだから。最終的には幼馴染が出てくるだけで他のヒロインの好感度が下がるようになって、他のキャラ攻略するのがほぼ不可能になるし。いわゆるヤンデレね」
「……だからメインヒロインじゃないのか」
朝起こしに来る典型的な幼馴染キャラなのにサブヒロイン扱いなのが不思議だったが、これで謎は解けた。
「今から幼馴染を攻略するのは間に合わないから、無難に留学生でいこう」
まったく日本語を喋る気がなさそうなのは気になるが、面白そうなので留学生を攻略してみる。
英語が必須科目なのは当然として、日本語を教えるために国語力も必要になるようだ。
『おはよーございマス』
成績が上がると片言で喋れるようになり、ようやくまともなコミュニケーションが取れるようになる。
そしてさらに成績が上がると、
『ごきげんよう』
「……なんかキャラ変わったぞ」
「片言で感情が顔に出るから明るいキャラに見えてただけで、実はものすごくおしとやかなのよ」
「そう来たか」
ものすごいギャップを感じる。
それが人気の理由なのだろう。
文学少女以外まともなキャラがいない気もするが、些細なことだ。
『どちらが本当の私なのでしょう?』
留学生も周りのイメージと自分のギャップに戸惑っている状態らしい。
主人公の前ではペラペラ喋るものの、周りの反応が怖くて普段は片言でしか喋らなかった。
1 『本来の自分に戻るべき』
2 『どちらも本当の自分』
悩ましい選択肢だ。
たぶん2が正解なのだろうが……。
絶対とは言い切れない。
「どっちを選んでもシナリオは変わらないわよ」
「そうなのか?」
「簡単にいうと、これプレイヤーの好みの問題だから。1を選べば日本語ペラペラに、2を選べば片言キャラになるだけ。喋り方で性格が変わるから、イベントの内容が少し変わるぐらいね」
1粒で2度おいしい。
ある意味2人合わせて1キャラなので、その分だけ人気投票で有利なのだろう。
とりあえず1を選び、ペラペラバージョンで攻略する。
必要パラメータは満たしているので、あとは爆弾を処理しつつ卒業式までパラメータと好感度を維持するだけだ。
「はろー」
こうしてぽちぽちスケジュールを潰していると、アリスが来店した。
「お前も大変だな」
「なんの話デスか?」
「本当は日本語ペラペラなんだろ?」
「ふぁっ!?」
「無理してキャラ作らなくていいのよ」
「どちらも本当の自分だ」
「HAHAHA、何を言っているのかわかりまセン」
露骨に目をそらした。
……冗談のつもりだったのだが、触れてはいけない部分に触れてしまったのかもしれない。




