2D格闘ゲームセット【クレーム・ブリュレとケニア】
『覇道拳!』『小竜拳!』『渦巻旋風脚!』
「コマンド入力はできるみたいね」
「基本レベルならな」
レバーをガチャガチャさせながらプレイしているのは対戦格闘ゲーム『ストライキファイター3』。
一世を風靡したゲームだが、一時期は格闘ゲームそのものが廃れていたらしい。
その理由の1つが必殺技を出すためのコマンド入力だろう。
慣れていないと基本的なコマンドさえ難しい。
特に小竜拳は初級者がぶつかる最初の壁だ。
『歩きながら覇道拳を出す感覚で入力する』のがコツだろう。
『覇道拳!』『小竜拳!』『覇道拳!』『小竜拳!』
「ちっ」
俺と瑞穂は同じキャラを使って対戦している。
色違いの同キャラ対戦だ。
飛び道具の覇道拳をジャンプで避わしつつ相手の間合いに飛びこむと、対空技の小竜拳で撃ち落とされる。
ボタンは弱・中・強の三種類あり、押すボタンによって覇道拳の速さが違う。
状況によって速さを変えられると厄介だ。
緩急をつけられるとタイミングがずれて当たってしまうからだ。
こちらも覇道拳で対抗しようとしても、コマンド入力の正確さでは向こうが一枚上手なので撃ち負ける。
歩いて間合いを詰めようとしても覇道拳が正面から襲い掛かってくるので難しい。
覇道拳を見てから飛んでも間に合わない。
ならば覇道拳が撃たれる直前に飛ぶ!
「あ!?」
初めてこちらの攻撃がクリーンヒットした。
そして飛び蹴りがヒットした瞬間に素早くコマンドを入力し、連続攻撃を叩きこむ。
いわゆる『キャンセル技』だ。
普通パンチを出したら、腕を元の位置に引かない限り次の技は出せない。
キャンセル技はその『元に戻る動き』を省略して、連続攻撃を叩きこむテクニックだ。
ただし相手に攻撃をヒットさせるか、ガードさせないとキャンセルは発生しない。
その性質を利用してキャンセル技を仕込んでおくこともできる。
たとえばパンチを打った瞬間に必殺技のコマンドを入力しておくと、ヒットすれば自動的にキャンセルが発生して必殺技が発動し、攻撃が繋がる。
当たらなければキャンセルされないので必殺技は出ず、隙も少ない。
相手に当たる可能性が低くても、コマンドを仕込める状況で確実に仕込んでおけばダメージを与えられる機会は格段に増えるわけだ。
「……やってくれたわね」
瑞穂の目の色が変わった。
嫌な予感がしたので、反撃する暇を与えないように畳み掛けようとする。
しかし俺の攻撃はことごとくガードされ、そのたびに反撃を食らい、苦し紛れにガードを固めると必殺技で削られ、トドメに投げられた。
「くそ!」
ガードすれば相手の通常攻撃はノーダメージで防げるものの、ガードの上から必殺技で叩かれると体力ゲージが削られてしまう。
威力こそ格段に落ちるが、それでも必殺技で体力を削られると地味に後半に響く。
そしてガードの最大の弱点は投げ技だ。
ガードでは投げを防げない。
だから手数を増やし、相手にガードを固めさせて投げるのが1つのテクニックなのである。
こうなったら弱パンチや弱キックのような速くて隙の少ない技をガードの合間にちょくちょく出して『暴れる』しかない。
暴れておけば近づいてきた敵に攻撃が当たるし、投げられるのを防げる。
相手に攻められている状況で手を出すのだからリスクの高い行動ではあるが、反撃せずにガードし続けるのが一番危険なのだ。
ベストの対策はもちろん投げの間合いに入れないこと。
暴れて一定の距離が開いたので、すかさず隙が少なくてリーチの長い中キックで牽制しようとしたのだが、
バキッ
「は?」
明らかにパンチの間合いの外から殴られ、のけぞった。
「足を殴った!?」
キックを出した後、足の『攻撃判定』は消えて『当たり判定』だけが残る。
そこを狙われた。
中キックを見てから足を殴るのは難しい。
おそらく中キックを読んでいたのだ。
あっという間に距離を詰められ、投げの間合いの半歩手前で瑞穂のキャラが何かのモーションに入った。
てっきり打撃技かと思ったのだが、
「え?」
なぜか相手に捕まれて投げられる。
「なに!?」
投げ技の決まる距離ではなかったはずだ。
間合いを見誤ったか?
「もう一つ行くわよ!」
再び間合いの外から投げられる。
『KO!』
あえなく1ラウンド失った。
間違いない、間合いの外から何らかの仕掛けで捕まれている。
「……おい、なんだ今の? ハメ技か?」
「『空キャン』よ」
「からきゃん?」
「空振りキャンセル。相手に当てなくてもキャンセルできる攻撃があるの。キャンセル技は攻撃した後、元の態勢に戻るのをキャンセルするけど、空キャンでは『攻撃そのものをキャンセルできる』のよ。たとえば強パンチは半歩踏み込みながら相手を殴るわけだけど、これを空キャンするとパンチが途中で止まって、半歩だけ踏み込むことができるわけ」
「あ、強パンチを空キャンして投げの間合いに踏み込んでるのか!」
「そういうこと。半歩進むだけなら歩くよりも空キャンで踏み込む方が速いから、遠い位置からでも相手を投げることができるのよ。まあ、強パンチのモーションだから相手に対応されることもあるんだけど」
「ようするに投げの間合いがちょっと伸びただけだな」
理屈さえわかれば怖くない。
……対応できるかどうかは別の話だが。
「お腹空いた」
「なにが食いたいんだ?」
「じゃあクレーム・ブリュレちゃん!」
「あいよ」
クレーム・ブリュレはフランス語で焦がしたクリーム。
なのでカスタードプリンの表面に砂糖を振って焦がすスイーツだ。
「バーナーやりたい!」
「焦がしすぎるなよ」
「はーい」
バーナーでプリンの表面を焦がし、飴状にしていく。
「んー、あったか冷たい!」
冷えたカスタードに熱々のカラメル。
プリンのふんわりした触感と、パリパリのカラメル。
その相反する感触がまじりあって極上の味わいになる。
味が濃いのでお茶も濃いものがいい。
コーヒーならケニアかタンザニアだろう。
カスタードにも負けない濃厚さがある。
「さあ、ラウンド2よ!」
小腹も満たして対戦再開。
『小竜拳!』
「げ!?」
まさかの両者開幕ぶっぱなし。
ラウンド開始と同時に必殺技を放つ奇襲だが、こちらが撃ち負けた。
いきなりのダウンは痛い。
そして倒れている俺のキャラに猛然と瑞穂が飛びかかってきた。
やばい。
起き上がりの攻防は苦手なのだ。
実はダウンしている時、キャラは無敵状態になって特定の攻撃しか当たらなくなる。
なぜならダウン状態の相手に攻撃が当たってしまうと、一方的に攻撃され続けてゲーム性が崩壊してしまうからだ。
だから起き上がって無敵時間が解ける瞬間が重要になる。
起き上がりに攻撃を食らってまたダウンさせられると最悪だ。
ずっと攻められ続け、下手をすれば二度とまともに立って戦えなくなる。
『小竜拳!』
ダウンさせられてなるものかと、無敵時間が終わった瞬間に技を出す。
いわゆる『リバーサル』だが、
『渦巻旋風脚!』
スカッ
「げ」
空中で必殺技を発動して軌道を変えてきた。
あえなく小竜拳を避わされ、無防備な体に攻撃を叩きこまれて再びダウン。
またしても瑞穂が飛び込んでくる。
リバーサルは辞めてガードに徹した。
しかし、
ガスッ
背中を蹴りでえぐられる。
「『めくり』か!」
これだから起き上がりは嫌なのだ。
ガードをする場合、キャラクターが向いてる方向の逆にレバーを入れる。
右を向いている場合は左に、左を向いている場合は右にレバーを動かさなければならない。
では相手がジャンプしてこちらの上を飛び越えた場合どうなるか?
途中でガード方向が変わるのだ。
めくりが厄介なのは、めくりが来ると思ってレバーを逆に入れたら普通のタイミングで攻撃され、普通のジャンプ攻撃かと思ったらめくられる。
攻撃せずに後ろに着地して投げることもある。
「何度も同じ攻撃が通用すると思うなよ!」
なんとかめくりをガードして『確定反撃』。
攻撃をしたり相手の攻撃をガードした時、キャラは一定時間硬直する。
強力な技ほど硬直時間は長い。
攻撃とガードの場合、攻撃した側の方が硬直時間は長いので、相手が硬直している隙に技を当てる。
それが確定反撃だ。
ただ技によって攻撃の出る時間は違う。
技が出る前に相手の硬直が解けたらガードされてしまうか、最悪カウンターを食らう。
相手の攻撃の種類によって確定する反撃方法は変わるので、最大ダメージを与えられる確定反撃は覚えておいた方がいい。
「せいや!」
確定反撃と同時に『目押し』で連続攻撃を叩きこむ。
目押しは文字通り、攻撃が当たったのを目で確認してからボタンを押して攻撃を繋げること。
ヒット音を聞いてから押す場合もある。
目で見てからボタンを押せばいいなら簡単だと思いがちだが、実は目押しはキャンセル技よりも入力受付時間が厳しい。
しかも安易なボタン連打では攻撃が繋がらない。
確定反撃や目押しを確実に決められれば中級者だ。
お互いに体力ゲージを削り合うと、今度は一転して中間距離で牽制しあう。
相手に先に手を出させるためだ。
格闘ゲームは先に手を出した方が不利になる。
だから相手の攻撃が届かないギリギリの間合いで派手に空振りして見せたりするのだが、
「体力ゲージではまだ私が勝ってるわよ」
「ちっ」
このゲームでは1ラウンド90秒の制限時間が設定されている。
時間内に対戦が終わらなかった場合、残り体力の多い方の勝ちになる。
体力で負けている以上、こちらから攻めるしかない。
小竜拳で撃墜されないよう、下段キックで下に意識を集中させて飛びこむ。
パリィ!
特徴的なSEが鳴り響き、飛び蹴りが『ブロック』された。
ブロックはガードの上位技。
ガードとは反対方向にレバーを動かしてボタンを入力する。
レバーを相手の方に動かすということは、失敗したらカウンターで攻撃をもらってしまうということだ。
だが一たびブロックが成功すると、必殺技をノーダメージで防ぎ、しかもガード時のような硬直時間がない。
おまけにブロックされた側は、相手に攻撃をブロックさせているにもかかわらず、キャンセル技を出すことができない。
つまりブロックされたら痛烈な反撃をお見舞いされる。
ドデスカデン!
無防備な体にコンボを叩きこまれた。
幸いなことに体力ゲージはギリギリで0にならなかった。
しかしあと一発でも攻撃を食らうか、一度でも必殺技で体力を削られたら死ぬ。
逆転するには『超必殺技』を使うしかない。
スト3はダメージを負うほど『怒りゲージ』が溜まっていき、フルになると超必殺技を発動できる。
このキャラの超必殺技は『滅・渦巻旋風脚』。
10発の空中回転蹴りを繰り出す大技だ。
だが勝負はすでに2ラウンド終盤。
瑞穂のゲージも満タンになっている。
いつ超必殺技を放たれてもおかしくない。
「終わりね」
瑞穂が弱パンチや中キック、垂直ジャンプや前後のステップでフェイントを入れ、こちらを揺さぶってくる。
攻撃してくるタイミングがわからない。
こちらから攻めるべきか?
ガチャガチャ!
いや、ブロックだ!
とっさにブロックコマンドを入力する。
今の音はレバーを激しく動かす音だ。
超必殺技は強力な技だけに、複雑なコマンドを入力しなければならない。
ゲーセンは周りのゲームの音がうるさいのでめったにレバガチャ音は聞こえないが、そこは家庭用の強み。
俺がブロックコマンドを入力した瞬間、画面が暗転して瑞穂のキャラが光り輝いた。
『滅・渦巻旋風脚!』
超必殺技発動時の特別演出だ。
この演出が起こっている間、こちらは行動できない。
つまり特別演出を見てからブロックコマンドを入力しても間に合わないのだ。
パリィ!
だがブロックは成功した。
超必殺技をブロックする上で一番難しいのは最初の1発を防ぐこと。
それをミスったら残り9発の蹴りを無条件で食らってしまう。
この最初の一発さえ防げれば、後は一定のタイミングでコマンドを入力すれば全弾ブロックできる。
「よし!」
「ウソでしょ!?」
ブロックによって反撃が確定した。
満を持して飛び蹴りからのコンボを繋ぎ、
「勝った!」
滅・渦巻旋風脚のコマンドを入力!。
『渦巻旋風脚!』
「うああああ!?」
痛恨の入力ミス。
その後の展開は語るまでもないだろう。
『KO!』
「勝ち誇るのが早すぎたようね」
「ぐ……!」
……これだからコマンド入力は嫌なのだ。




