シューティングゲームセット【キャンディとキャンディ】
ちゅどーん
「あ、死んだ」
「ん? うちにこんなゲームあったか?」
「安い基盤買って入れ替えたの」
相変わらず趣味には金と手間を惜しまない奴だ。
ジャンルは強制縦スクロールのシューティング。
戦闘機を操り、弾を撃って敵を撃ち落とすゲームだ。
強制スクロールとは自動的に画面が動くこと。
たとえば世界一有名な配管工のアクションゲームは横スクロールだが、あれは強制ではない。
配管工を横に動かさない限り、画面が横に動くことはないからだ。
このゲームは強制的に画面が縦に動くので、動きたくなくても動かざるを得ない。
「せつなさみだれうち!」
タタタタタタ
よくわからないことを叫びながらボタンを連射する。
「ボタン押しっぱなしにすれば、自動的に連射されるんじゃないのか?」
「一回一回ボタン押さないと弾が出ない仕様なの。『16連射』って言うでしょ?」
「1秒間に16連射するやつか」
「実際には17連射以上してたらしいわよ。語路がいいから16にしたんだって」
「へえ」
また一つ無駄な知識が増えてしまった。
しかし連射も及ばず自機が撃墜される。
「難易度はともかく、面白そうではあるな」
「じゃあやってみる?」
「ああ」
瑞穂と席を代わり、100円を投入。
ただしコンティニューではなく、最初からだ。
画面の上から敵が現れ、無数の弾が飛んでくる。
それを避わしながら敵を倒していくと、アイテムが出現した。
反射的にそれを取ると機体がパワーアップする。
順調に敵を倒してパワーアップするとバリアに包まれ、二方向→三方向に弾の飛ぶ方向が増えた。
● ●
● ●
自
2ウェイショット
● ● ●
●●●
自
3ウェイショット
しかしバリアには耐久力があり、敵の弾を一定回数防ぐとなくなってしまう。
弾を食らっても恐くないと油断していると、
ちゅどーん
「あ」
バリアを失ってあえなく被弾してしまう。
再びパワーアップするものの、結果は同じだった。
「くそ!」
100円投入してコンティニュー。
ちゅどーん
「なんでだ!?」
「まんまと製作者の罠にはまってるわね」
「なに?」
「パワーアップアイテムを取りすぎなのよ。特にスピードアップね。スピードは最大で5レベルまで上がるんだけど、取ったら強制的にスピードアップするから厄介なの。上げすぎると自分から攻撃に当たりに行くことになるわよ」
「……たしかに」
普通にプレイしてると先にバリアが完成して、その後にスピードがマックスになる。
三方向に弾を撃ち、バリアで敵の弾を防ぎ、速いスピードで画面を縦横無尽に動き回るのは、自分が無敵になったようで楽しいのだが……。
バリアがなくなれば残るは無防備な機体と無駄なスピード。
バリアなしで高速移動するのは自殺行為だ。
パワーアップアイテムだからといって、何も考えずに取っているとひどい目に合う。
スピード1では遅すぎるので3ぐらいが理想だろう。
だが、
ちゅどーん
「げ」
あえなく被弾する。
「……なるほど、こういう仕組みか」
敵は弾を当てれば倒せる。
だがアイテムに弾は当たらない(取るか強制スクロールによって後ろへ流す以外に画面から消す方法はない)。
アイテムを取れば自動的にスピードが上がる。
死ぬ以外に減速する方法はない。
つまり敵や弾だけでなくアイテムも避わさなければならないのだ。
アイテムを避わすと被弾。
アイテムが邪魔で逃げられずに被弾。
やむなくアイテムを取ってスピードアップし被弾。
パワーアップアイテムに殺されるという変わったゲーム設計だ。
「危なくなったらボムを使った方がいいわよ」
「ボム?」
「これ」
瑞穂がボタンを押すと大爆発が起こった。
「ボムは画面上にいる敵全てにダメージ、なおかつ画面上の全ての弾を消せるの」
「便利だな」
「回数制限あるから何度も使えないけど」
「慣れない内は積極的に使うか」
温存して死んでは意味がない。
「ポチッとな」
危なくなったら即座にボムを使っていく。
しかし、
ちゅどーん
「……」
ボムを押そうと思っても、その前に被弾してしまう。
「早めにボタン押した方がいいわよ。初級者はボムが間に合わないこと多いから」
「そうだな」
『死ぬ』と思った時にボタンを押しても間に合わない。
『やばい』と思ったら即座に押せるようにならなくては。
何度かコンティニューを繰り返すと、だんだんコツが呑み込めてくる。
シューティングは暗記ゲームだ。
どこから敵が出てくるか覚え、出て来た瞬間に撃つ。
敵はだいたい一列縦隊で登場し、最後の一体を倒すとパワーアップアイテムを落とす。
重要なのは出現してから一拍おいて撃ってくるということ。
だから相手に撃つ暇を与えずに一掃する。
それだけに初見のステージは難しい。
ちゅどーん
ゲームオーバー。
「私でも死ぬんだから一人じゃ厳しいわよ。二人同時プレイしましょ」
「わかった」
俺が2Pへずれると、瑞穂が1Pに座って無駄にこっちへ体を寄せてきた。
コードでコントローラーを伸ばせる家庭用と違い、アケコン(アーケードコントローラー)は筐体に固定されている。
しかも筐体は限られたスペースでゲームをしなければならないので、1Pと2Pの位置は体が密着しそうになるほど近いのだ。
「……レバー動かせないだろ」
「ああん」
体を突き離し、100円を投入して新しい機体で参戦する。
1Pは青い機体だったが、2Pは赤い機体だった。
「格闘ゲームじゃないんだから『ワイン持ち』より『かぶせ持ち』の方がいいわよ」
「こうか?」
今までワイングラスを持つように下からレバーを握っていたが、上からかぶせるように握る。
たしかにこっちの方が動かしやすいような気がする。
「それと大袈裟に避けすぎ。このゲーム、ど真ん中にしか当たり判定ないからそんなに動かさなくていいのよ」
瑞穂が自分から弾に当たりに行く。
すっ
「おおっ!?」
「ほらね」
翼や機首・機尾に弾が当たってもすり抜けて爆発しなかった。
●←機首
●○●←翼 グラフィックこそあるものの、当たり判定が存在するのは○の胴体だけ
●←機尾
ど真ん中しかストライクにならないとはまたリアリティのない仕様だが、前後左右にまで当たり判定があると難易度が跳ね上がるのだろう。
ゲームをプレイする側としてはありがたい。
持ち方を変え、当たり判定を把握し、これで完璧だと思ったのも束の間、
ちゅどーん
「くそ、どうしても当たってしまうな!」
「自機だけ見すぎ。自機の周辺じゃなくて全体を見るの」
「全体?」
「自機の周りだけ見てると、離れた場所にいる敵が撃ってきても見えないでしょ」
「あ」
考えてみれば当たり前だ。
格闘技でも一番恐ろしいのは死角から攻撃されること。
自機の周辺にだけ集中するということは、自分から死角を作っているということだ。
しかし全体を見ようと意識しても、ステージが進んで難易度が上がるとどうしても視野が狭くなってしまう。
敵や弾に意識を集中すると自機の位置がわからなくなるし、自機に意識を集中すると敵や弾の位置がわからない。
「どうすれば敵の動きを見つつ、自機の位置を把握できるんだ?」
「自分が撃った弾を見ればいいのよ」
「自機の弾? ああ、なるほど。弾は自機の延長線上に飛ぶ。つまり弾道を見れば自機の位置がわかるのか!」
「そういうこと」
しかも自機の弾道を基準にすれば、敵の弾が自機に当たるか否かもわかる。
敵の弾道と自機の弾道が重なっていれば、弾が自機に直撃するので左右に動いて避わす。
重なってなければ避ける必要はない。
敵は基本的に上から攻めてくるため、自機の定位置は画面下だ。
だから前に出る必要のある状況でない限り縦の動きはいらない。
自分の弾道を見ながらプレイすると位置がわかりやすく、無駄な回避動作も少なくなった。
しかし、
ちゅどーん
「なんだこりゃ!?」
ステージが進むごとに敵の弾数が増えていく。
しかも極端に遅い弾を撃ってくる敵もいて、画面下にどんどん弾が溜まっていった。
弾はもうスクロールしただろうと思って油断すると被弾してしまう。
残機もなくなって、俺の機体はゲームオーバーになった。
「……やっぱり撃たれる前に撃墜しないとダメなのか」
「アンチ使うって方法もあるわよ」
「あんち?」
「安全地帯の略。そこにいれば弾が当たらない場所のこと」
「それだと面白くないだろ。避わすコツはないのか?」
「敵は自機に向かって弾を撃ってくるから、上手く動けば誘導できるわよ」
「誘導?」
「たとえばこうやって右に攻撃を集中させて左へ行くの。コツは∞の形に移動することね」
「∞か……」
「その場で∞でもいいし、画面全体を∞で動いてもいい。状況によって∞の大きさや動く速さを使い分けるの」
画面を見ると本当に敵の弾が上手く誘導され、自機が弾と弾の間を縫うように移動していた。
そしてボス戦に突入。
「ボスを倒すコツは?」
「こうよ!」
ボスの攻撃をかいくぐり、何のためらいもなく前に出てピタッとボスの右腕に密着。
そしてダダダッと怒涛の連打。
「おお!?」
一瞬でボスの右腕を破壊した。
「ボタンを押した回数だけ弾が出るわけだから、ボスに密着した状態でボタンを押せば連射の数だけダメージを与えられるってわけ」
「……リスクが高いな」
「ボスは左右の腕と胴体みたいに、色んなパーツが集まって1つの機体になってる場合も多いから、このやり方だと一点集中で素早くパーツを破壊できるわよ。パーツを破壊すれば飛んでくる弾も少なくなるから安全だし」
「攻撃は最大の防御か」
もはや俺とは別次元の領域だ。
ついていけそうにないのでカウンターに入る。
「オーダーはあるか?」
「プレイ中だからキャンディだけでいいわ」
「あいよ」
なんのキャンディかは指定されなかったので、少し変化球を投げてみる。
「おまち」
「……なにこれ?」
「キャンディ王国の紅茶だ」
「なにその子供向けアニメに出てきそうな王国」
「CandyじゃなくKandyだぞ」
スリランカで最初にアッサムをプラントされた国である。
ようするにセイロンティーだ。
セイロンはスリランカの古い呼び名であり、キャンディは癖の強いセイロンティーの中でも比較的飲みやすい品種だ。
「このキャンディじゃなくてアメよ、アメ!」
「まぎらわしい奴だな」
「まぎらわしくない!」
「これでも舐めて落ち着け」
『You are sweet』
「あ、ピンクハートのキャンディ!」
赤毛のアンに登場したハート型のキャンディだ。
「踏むなよ」
「踏まないわよ!」
赤毛を『にんじん』と呼んでアンと喧嘩したギルバートが渡すのだが、アンはそれを床に落とし、踵で粉々にするのである。
「ん、美味しい。……でも1つじゃ足りない」
「キャンディならいくつかあるぞ。たとえばアンとダイアナが作ったタフィーだ」
「かわいい!」
猫の肉球の型で作ったタフィーである。
アンがタフィーを固めるために台で冷ましていたら、猫がその上を歩いてしまうのだ。
「あとは糖蜜キャンディだな」
あしながおじさんでは寮で糖蜜キャンディ会を行い、いたるところがべとべとになり、それを食べた先生もキャンディの粘着力で口が開かなくなったという。
そして糖蜜キャンディといえばもっと印象的なものがある。
ガリガリ
氷を削ってかき氷をフライパンに盛る。
「あ、『大きな森の小さな家』!」
「よくわかったな」
インガルス一家物語の第一巻・大きな森の小さな家に出てくる糖蜜キャンディとメープルシロップキャンディだ。
外で雪を取ってきて、その上にシロップを垂らして固めるのである。
糖蜜キャンディは輪をかき、渦巻きにし、くねらせたりと自由に作って楽しそうであり、メープルシロップキャンディは、1皿食べ終わるとまた外で雪をすくってきておばあちゃんにシロップをかけてもらうのが印象的だ。
キャンディをそのまま舐めてもよし、
「んー、フレーバーにしてもいい感じ!」
「だな」
キャンディは蜜を固めたものなので、メープルキャンディを紅茶に落としてフレーバーにしても美味い。
キャンディ紅茶はフルーツティーやスパイスティーによく使われるので味も崩れないのだ。
そうしてキャンディで一服しながらゲームを観戦していると、
ちゃりん
ゲームオーバーにもなっていないのに、瑞穂が100円を投入した。
なんのつもりだと思っていたら、2Pのレバーに右手をかける。
そして、
「は?」
親指と人差し指でレバーを操作しつつ、小指でボタンを押した。
●●
+●←ボタン
↑
レバー
意外にレバーとボタンの位置は近いので指は届く
左手でも指を逆にしてレバーとボタンを操作している。
つまり両手を使い、1人で2人(?)同時プレイしているのだ。
「なんだそりゃ!?」
「『ダブルプレイ』よ。シューティングのコツはパターンを覚えることでしょ? だから意外にやれちゃうのよね」
たしかに敵はパターン通りに出現し、パターン通りの攻撃をする。
対処はしやすい。
画面を見ていると1Pと2Pで同じ動き、もしくは左右対称の動きがほとんどだった。
ボタンを操作するといっても基本は弾を撃つだけ。
他のボタンを叩く機会は少ない。
理論的には同時プレイ可能だ。
だが理論と実戦では話が違う。
ここまで華麗に自機を動かすのは並大抵のスキルではない。
ダブルプレイができるぐらいゲーセンでやりこんだからこそ、ゲーム基盤を自腹で買うのをためらわなかったのだろう。
どかーん
「ざっとこんなもんね」
さっきは弾幕に押しつぶされた最終面を二機で突破し、一機を犠牲にしてラスボスを撃破した。
「100円追加するだけで火力が倍になるわよ。あんたもやってみる?」
「できるか!」




