クレーンゲームセット【スナック菓子と煎茶】
「降ってきたな」
「当分やみそうもないわね」
少し前までパラついていた程度だった雨が、急に激しく降り出した。
天気予報では降水確率10%。
学校に行く時は快晴だったこともあり、二人とも傘を持っていない。
「傘買うのももったいないな」
空を観察するに雨雲はここに集中しており、向こうの空は晴れている。
待っていれば時機にやむだろう。
「ちょっと遊んでく?」
ちょうどいいことに雨宿りに選んだ場所は、全国展開している有名なゲームセンター『CX』だった。
これぞ天の采配。
「まあ、傘買うぐらいなら遊んだ方がマシだな」
「じゃあ決まりね!」
二人肩を並べてCXに入店する。
「なにキョロキョロしてんの?」
「いや、なんとなく……」
ゲーセンに行ってはいけないという校則はないのだが、やはり制服で入るのは抵抗があった。
しかしゲーセンが不良のたまり場だったのは遠い昔。
見回してみると女子高生が普通にわーきゃー叫んで遊んでいる。
気にするだけ無駄なのかもしれない。
「さて……」
気を取り直して、ゲーセンを一望する。
なにをプレイすべきか。
パッと見た感じではクレーンゲームが多い。
景品はぬいぐるみがメインだ。
「あれ欲しい」
「……頭でかいな」
「そこが可愛いんでしょ」
擬人化した犬のぬいぐるみがうつぶせになっている。
正面からでは奥行きを把握しにくいので、台の横に回って確認。
はた目には取りやすそうに見えた。
「頭に重心があるわけだから、あそこを掴んだ方がいいのか?」
「頭の少し下の方がいいと思うけど」
「なんでだ?」
「犬だから尻尾があるでしょ? 頭の下を掴めば、頭が下がってお尻が浮くじゃない」
「あ、尻尾がクレーンに当たるのか!」
「そういうこと」
犬の尻尾も他の部位と同じく綿が詰まってピンと立っている。
だから左右のアームで挟み、尻尾をクレーンに当てると、ぬいぐるみは3点でがっちり固定されるのだ。
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○←ここに尻尾が引っかかって固定される
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100円を投入し、瑞穂の言う通り頭の下を狙うと見事に尻尾がクレーンに引っかかった。
「やった!」
アームが開き、ガタンとぬいぐるみが穴に落ちる。
何気に一発で景品を取ったのは初めてだ。
ここまで上手くいくと気持ちいい。
「ほれ」
「ありがと」
満面の笑みでぎゅっと犬を抱きしめて頬ずりする。
「んー、かわいい」
「お前の方がかわいいぞ」
「知ってる」
かわいくない。
「あれも欲しい」
「今度は猫か……」
犬と違って尻尾が丸くて短く、さっきと同じ方法ではクレーンに引っかからないだろう。
それに犬より胴体が大きい。
「これはさっきの逆か? 下半身を下げて頭を上げさせる」
「でもあの頭の大きさじゃクレーンに引っかからないわよ。それにちょっと斜めに傾いてるし。狙うなら右肩と左脇の下じゃない?」
「……確かに斜めに傾いてるぬいぐるみなら、肩と脇の下を掴めばバランスが取れるな」
瑞穂の意見に微妙な違和感を感じつつも、否定する材料が見つからないので言われた通りにボタンを操作する。
猫のぬいぐるみはアームによってガッチリ固定された。
「やった!」
2連続で一発取り。
しかしどこか釈然としない。
「あの小さいやつを取るにはどうしたらいいと思う?」
「山積みになってるわね。しかも頂上の手前にぬいぐるみがあるし。頂上の少し奥を狙ってかき回せば、山が崩れて一度に3個ぐらい落とせそう」
「……あのでかいぬいぐるみを取る場合は?」
「このアームじゃ難しいんじゃないの? ヒモとかタグに爪を通して引っかけたいけど、それもないし。あの隙間に爪をもぐりこませるのが無難かしら。左と右、どっちの爪に通すのかが重要ね。進行方向と逆の爪に通したら移動する時に外れちゃうし」
「……お前、実はクレーンゲームやりこんでるだろ?」
「な、なんのことかしら?」
露骨に目を逸らした。
「ずぶの素人がこんな的確なアドバイスできるか!」
「ちっ、あんたのお金でぬいぐるみコンプリートしようと思ってたのに」
いくら使わせる気だったんだ、こいつは。
「しょうがないわね」
俺に金を使わせるのは諦めたのか、巨大ぬいぐるみをゲットすべく自ら100円投入した。
「リターン・ティーテーブル!」
アリスのようなことを叫びつつボタンを操作する。
日本語でいう『ちゃぶ台返し』だろうか?
仰向けに寝ている熊のぬいぐるみの奥(頭)を狙っている。
アームでぬいぐるみの頭を抱え、そのまま上に上げて立たせようとしているのだろう。
そしてクレーンはそのまま真っ直ぐ取り出し口に戻るので、仰向けに寝ていた熊がむくっと起き上がり、そのまま前に倒れるような形になるはずだ。
熊がちゃぶ台、アームが腕と考えると、たしかにちゃぶ台返しの動きである。
しかし、
「あれ?」
ぬいぐるみが上手く立たなかった。
「む、だったらリターン・スワローよ!」
今度は『燕返し』。
さっきとは逆にぬいぐるみの手前を狙った。
だがすぐにアームが開き、あえなくぬいぐるみがアクリル板に落ちる。
「え」
下半身が上から落ちる反動で、ぬいぐるみが頭から起き上がった。
そのまま反転し、穴に転がり落ちる。
「おお!」
「ざっとこんなもんね」
ぬいぐるみを抱えて得意げに笑った。
さっき俺がやろうとした技と理屈は似ている。
頭が下がって下半身が上がったように、下半身を落とすことで頭から起き上がらせたのだ。
……ただ雨が降っているのにこの大きさのぬいぐるみ。
たとえ雨がやんだとしても、家にたどり着くまでに濡れずに帰れるのか不安になったが、そこは黙っておこう。
ぐー
「……小腹が空いたな」
「じゃあ取ってくる」
「は?」
瑞穂がゲーセンの奥に向かった。
どうやらお菓子のクレーンゲームもあるらしい。
「お待たせ」
早い。
瞬く間にスナック菓子を山のように取ってきた。
単価が安いから簡単なのかもしれない。
「ほうじ茶か玄米茶だな。……しかし煎茶も捨てがたい」
「私が煎茶にするから、あんたは玄米茶にすれば?」
「そうしよう」
油っこくて濃い味のものにはほうじ茶や玄米茶のペットボトルが合う。
普通煎茶や上級煎茶も意外とスナック類と相性がいい。
変わり種だと釜炒り茶やかりがね茶だが、さすがにペットボトルでは売っていなかった。
「ペットボトルなのに意外と美味しいわね」
「だな」
あくまで『意外に』美味いだけで、淹れたてのお茶にはかなわないが……。
外で食べる時には重宝する。
「もう少し時間かかりそうだな」
おやつをつまみながら雨がやむのを待ったものの、雨雲は絶妙な動きで俺たちの頭上に留まり続けている。
「じゃあ他のも取る?」
「……クレーンゲームから離れろ」
「えー」
「そんなに取りたいのか?」
「取りたい!」
「ほどほどにしとけよ。持ち帰れなくなるからな」
「はーい」
鼻歌を歌いながら箱もののクレーンへ向かう。
本当にわかっているのだろうか。
「うーん、『ホールフック』も『ぶっ刺し』も『ダンク』も使えないわね」
「なんだそれ?」
「箱を内側に押し込んで持ち手を作れるやつがあるでしょ? クレーンゲームの箱ものにもそれがあるんだけど、その持ち手に爪を通すのがホールフック。でもこの店、1つも持ち手が開いてないのよね」
「そりゃ開けたら取られるんだから開けないだろ」
「この店がケチなのよ。普通なら上のフタにも隙間があるんだけど、どれも上手くテープがしてあるもの。隙間が狭いほど爪を刺せばガッチリ固定されて持ち上げられるのに、刺せる隙間が全然ないし」
「それがぶっ刺しか。ダンクっていうのは?」
「アクリル板からはみ出してる景品にクレーンのお尻を当てて穴に落とす技よ」
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○←後ろにあるでっぱりを景品に当てて下に落とす
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「ここは『イリュージョンスピン』しかないわね」
「……なんだその必殺技」
「見てのお楽しみ」
邪悪な笑みを浮かべ、100円を投入。
狙うはアクリル板を斜めにはみ出している縦長の箱もの。
「ここよ!」
狙いを定め、ターンッとボタンを押した。
素人目には失敗にしか見えない。
この位置ではアームで掴めないし、爪の入る隙間もなかった。
案の定、フタに爪がぶつかる。
くるっ
「は?」
なぜか箱が回転し、そのまま穴に落ちた。
「おお!?」
「ふふん」
思わず拍手する。
「すごいなお前。どうやったんだ?」
「アクリル板からはみ出してる部分を、上からピンポイントで押したのよ。そうするとアクリル板の端と、アームで押してる部分が軸になってクルッて回転するの」
「なるほど」
ただ上から押しただけでは箱がへこむか、ちょっと傾くだけだ。
少しでもポイントがずれていたら失敗していただろう。
かなりの高等テクニックだ。
「ところで……」
「なに?」
「その景品、欲しかったのか?」
「別に」
「……だと思ったよ」
取れずにムキになって数千円を費やしてしまうのはよくあるパターンだが、なまじ上手く取れてしまうと欲しくもないのに取りたくなるらしい。
景品のためにクレーンゲームをするのではなく、クレーンゲームをするために景品を狙うのだ。
『目的のためなら手段を選ぶな』ならぬ『手段のためなら目的を選ばない』。
典型的なゲーム中毒症状だ。




