ハンティングアクションセット【ターキシュ・ディライトとアッサム】
参考ゲーム
討鬼伝
帰宅すると瑞穂が店のテレビに持参のゲーム機を繋ぎ、ピコピコとアクションをプレイしていた。
タイトルは『晴れ時々魔王』
……独特のネーミングセンスだ。
しかも主人公は『ぬらりひょん』。
※鳥山石燕『画図百鬼夜行』のぬらりひょん
「たしか『妖力で自分を家の主人だと錯覚させて、他人の家で好き勝手に振る舞う』妖怪だよな?」
「そうよ。勇者みたいでしょ?」
「あー、なるほど」
他人の家に無断で侵入し、ツボを割り、タンスを開け、宝箱の中身も平気で盗んでいく。
それがゲームに登場する勇者だ。
正しくぬらりひょんそのものである。
「やってみる?」
「ああ」
リセットして最初からプレイ。
試しに民家へ不法侵入してみる。
『お帰りなさいませご主人様』
明らかに屋敷の御主人らしき男から丁寧にお出迎えされた。
命令すると何でもお願いを聞いてくれるので、飲めや歌えやの大宴会を催してみる。
明らかに人間ではないのに誰も違和感を抱くことなく、出席者は全員ぬらりひょんをその屋敷の主として敬っていた。
「……改めて考えると恐ろしい能力だな」
「外見はあれだけど、妖怪の総大将だもの」
「それはアニメで定着した設定だけどな」
『げげげの金太郎』の影響は大きい。
とりあえず能力を利用して村中から目ぼしい物を強奪。
換金して装備を整えようとしたところ、
「……鎖鎌しかないぞ」
「それがぬらりひょんの伝統的な武器なのよ」
「なんでだ?」
「それは後のお楽しみ」
「……?」
納得いかなかったものの、今は装備を整えるのが先だ。
「回復アイテムもないな」
代わりに御霊という守護霊のようなものを自分に憑かせることで、攻撃・回復・補助の魔法が使えるらしい。
初級者なら回復系の御霊がいいだろう。
だいたい準備は整ったので、ザコを相手に少し戦ってみる。
「リーチ長いな」
広範囲を攻撃できる鎖分銅に、近距離で大ダメージを与えられる鎌のコンビネーションが気持ちいい。
鎖分銅を敵の体に巻きつけて動きを封じたり、飛びかかることもできる。
特に飛びつきが爽快だ。
飛びつきは二種類。
低空で素早く敵との距離を詰めるもの。
もう一つは高く飛び上がるもの。
ジャンプできないゲームなので、鎖鎌特有の飛びつきは特に重要だ。
突進や尻尾攻撃も飛びつきで避わせるし、飛行している敵にも飛びかかれる。
頭や角など手の届かない場所にも鎌(強攻撃)を打ち込めた。
ドンッ!
「うおお!?」
……ただ空中で攻撃されると大ダメージを食らう上に、空中では避わすのも難しい。
一応、空中で下を入力すると即座に着地できる上に無敵時間もあるのだが、飛びかかった一瞬で状況を判断して着地するのは至難の業。
「あとは魔法か」
魔法には回数制限があるものの、回復ポイントで魔法力を回復できる。
プレイヤーが力尽きても一定時間内であれば仲間が復活してくれるので、ゲームオーバーになることは少ないだろう。
「そろそろクエスト受けてみるか」
『裏山に第六天魔王が現れました』
「は?」
一瞬、意味が分からなかった。
しかし何度読み直しても第六天魔王と書いている。
「……第六天というからには第一から第六までの魔王が? 第六天はその中でも最弱?」
「魔王は第六天の魔王しかいないわよ。第六天は欲の支配する世界で、第六天魔王は人の悪しき心より生まれし存在ね」
「正真正銘の魔王!? いきなりラスボスか!」
負けイベント(シナリオ上、絶対に勝てないイベント)としか思えない。
しかし魔王と戦わなければ話が進みそうもないので裏山へ行く。
しばらく雑魚を倒しながら裏山を探索していると、洞窟を発見した。
この中に魔王がいるのかと足を踏み入れようとしたその時、不穏なBGMが流れ、周囲が暗闇に包まれた。
『世界の半分をお前にやろう。この我のものとなれ、ぬらりひょんよ!』
洞窟の奥から魔王の声が轟く。
本当に魔王がいることも驚きだが、まだ序盤なのにこの定番のやり取りをするのも驚きだ。
→断る!
『……これは許されざる反逆行為といえよう。死ぬがよい』
ごくっ
死闘を予想して唾を呑み、ゆっくりと洞窟に足を踏み入れる。
『お帰りなさいませご主人様』
「は?」
牛の角に虎柄のパンツを履いた鬼にうやうやしく出迎えられた。
こいつが魔王らしい。
「……魔王にもぬらりひょんの能力効くのか?」
「条件を満たしてるのならね」
ぬらりひょんを見くびっていた。
わずか17人で稲葉山城を占領した竹中半兵衛のように、妖怪の巣食う洞窟を一人で簡単に占領できてしまうのだ。
さすが妖怪の総大将。
これなら勝てる。
鎖鎌を一閃させて会心の一撃。
『うぐぅ!?』
鎖鎌でぐっさりやられ、魔王が激痛にのた打ち回った。
ぬらりひょんの能力が効いてるので反撃はしてこない。
ドンッ!
ただ腐っても魔王だ。
身動きするだけで地面が激しく揺れる。
「くそ、防御力が高すぎる!」
鎖鎌で連続攻撃。
ダメージが深まるごとに魔王が右に左に身をよじり、震度が高くなっていった。
そして、
ピシっ
「げ!?」
天井に亀裂が走り、パラパラと土が落ちてきたかと思うと、洞窟が崩落した。
GAME OVER
「……マジか」
「ゲームの設定からしてプレイヤーが圧倒的に有利な状況なんだから、考えて行動しないと死ぬわよ」
能力的にぬらりひょん以外の敵には無敵なので、戦闘のシチュエーションが凝っているらしい。
「……ここは気合入れ直した方がよさそうだな。一服しよう。なにがいい?」
「ターキシュ・ディライト!」
「『ナルニア国物語』か」
「そうそう。第六天魔王じゃなくて『白い魔女』だけど、誘われたのは一緒でしょ」
ターキシュ・ディライトはナルニア国に迷い込んだエドマンドに、白い魔女が差しだしたお菓子(日本人には馴染みがないので翻訳ではプリンになっている)だ。
『ターキシュ・ディライトとナルニアの王子の座をやろう。この我のものとなれ、エドマンドよ!』
エドマンドはターキシュ・ディライトの魔力に魅了され、兄妹を裏切って魔女の元に走ってしまう。
ターキシュ・ディライトは溶かした砂糖にコーンスターチやナッツ類を混ぜて固め、表面に粉砂糖やコーンスターチをまぶしたものだ。
レモンやローズで香り付けするのが普通だが、日本の柚餅子に似ているといわれているので柚子で香り付けしてみる。
「わ、すっごい甘さと匂い!」
あくが強く食感も人を選ぶ。
「でも美味しい」
「だろ?」
エドマンドのように貪り食う。
クセが強い分、ハマれば手が止まらなくなるのだ。
魔女の魔法がなくてもそれぐらいの中毒性がある。
「お茶はアッサムだな」
それも濃い目に淹れてミルクティーにする。
アッサムは和菓子と相性がいいし、香り付けに使った柚子とも合う。
「さて……」
『世界の半分をお前にやろう。この我のものとなれ、ぬらりひょんよ!』
→断る!
ターキシュ・ディライトをつまみながら、魔王の誘いを断って再戦。
再び魔王が激痛にのた打ち回って洞窟に亀裂が走るが、同じ轍は踏まない。
魔王を足止めして洞窟から脱出。
まんまと岩の下敷きにした。
「やったか!?」
……ゴゴゴ
やってない。
洞窟が崩れたことで能力から解放された魔王が、ガレキの下からのっそり起き上がる。
こんな開けた場所では能力が通じない。
ここは逃げの一手!
『逃がさん、お前だけは』
しかし回り込まれてしまった。
大魔王からは逃げられない。
やるしかなさそうだ。
強打を食らわないように、鎖を主体にして徹底的に距離を取る。
「バインドだ!」
そして隙を見て魔王の片腕に鎖を絡めた。
「よし!」
「甘いわね」
「なに? ……ってうわあ!?」
魔王が鎖ごとぬらりひょんを振り回す。
誤算だった。
力比べでは勝負にならない。
それに相手を鎖に繋ぐということは、相手を中心に動くということ。
鎖に繋いでいる人間も、視点を変えると鎖に繋がれている。
大型の鬼相手に拘束技は使えないのだ。
楽をしようとせず、地道に戦うしかない。
「そういえばこのゲージはなんだ?」
「ゲージを溜めると部位破壊できるの」
「それだ」
ゲージは攻撃を当てたり、逆に食らったりすると溜まる。
強敵とはいえ序盤のボスなので、死なないようにゲージを溜めることぐらいはできる。
「食らえ!」
満を持して部位破壊攻撃を発動。
一撃で魔王の腕が吹き飛んだ。
「……一撃で腕が飛ぶのか。ゲームバランス大丈夫か?」
「このゲームの大型クリーチャーって部位破壊しないと本体にダメージ与えられないから、むしろこれできないと詰むわよ」
「つまりここからが本番だな」
どうやら鬼は霊体で、霊力によって肉体を作って鎧にしているらしい。
肉体を破壊することで霊体が露出する設定だ。
足を切断しても霊体の足が出てくるので歩けなくなることはない。
ただ肉体という鎧がなくなったことで脆くなっており、最初に部位破壊した時よりも少ない手数でもう一度部位破壊できる(ただし霊体を破壊しても一定時間経てば霊力で再生する)。
部位破壊すれば一時的に動きが止まるので、通常攻撃で部位破壊し、敵が起き上がりそうになったら部位破壊技を出して転倒させるのも有効だ。
本体の体力ゲージを半分以上削ると、攻撃がさらに激しくなる。
「こいつ本当に最初のボスか!? 動きやばすぎるだろ!」
「鎖鎌とぬらりひょんの能力を併用しないと倒すのは難しいわよ」
「併用? ……もしかしてこれ、ぬらりひょんの能力のための武器なのか?」
たしかにこんな変則武器を愛用してるのなら、それ以外に考えられない。
では鎖鎌で出来ることとはなにか?
「これか!」
ゲージを消費して下段の部位破壊技で魔王の足元を狙い、円を描きながら鎖鎌を全力で振り抜く。
スカッ
ジャンプされ、あえなく鎌は避わされてしまったものの、
「気付いたみたいね」
「……もう少し早く気付くべきだったな」
着地した魔王の動きがピタッと止まる。
能力が発動したのだ。
ぬらりひょんの能力は場を支配する力。
場とは何か?
それは一定範囲に区切られた空間だ。
魔王は俺が鎖鎌で地面に描いた円の中にいる。
雑な区切り方ではあれど、これでもぬらりひょんの能力は発動するのだ。
ただ本来はなにもない場所に線を引いただけなので、ゲージを消費しないと発動することはできないし、時間制限もある。
「あとは首を刈るだけの簡単なお仕事だな」
ゲージが切れる前に魔王を切り刻み、首を刈る。
『人に悪しき心ある限り我は何度でも蘇る!』
「お約束のセリフだな」
「実際に蘇るしね」
「……これから何度もこいつと戦うことになるのか」
先が思いやられるものの、これでようやくミッションクリアだ。
魔王の首を持って村に戻る。
「お?」
ゲームで最初に侵入した民家の主が折よく通りかかった。
反射的に話しかける。
『どちらさまでしょう?』
「なに?」
あれだけの大宴会をしたのに忘れるはずがない。
しかし何度話しかけても反応は同じだった。
「無駄よ。ぬらりひょんに操られている間の記憶は残らないから」
「なん……だと……?」
この能力は条件がそろえば自動的に発動する。
つまり区切られた空間でぬらりひょんと過ごした人間は、みんなぬらりひょんのことを忘れてしまうということだ。
なぜ漫画やアニメに出てくるぬらりひょんは悪役なのか。
その理由が今ならわかる。
こんな境遇に置かれたら性格がねじれもするだろう。
楽しそうに雑談してるところに近づいたら、急に真顔になって敬語を使いだす。
ついさっきまで笑い合っていた人間が、勢力圏外に出た途端自分のことを忘れ、思い出しもしない。
考えるだけでぞっとする。
安心して一緒に過ごせるのは同じぬらりひょんぐらいだろう。
『おお、これはまぎれもなく魔王の首!』
感傷に浸りながらも、首を持ってクエスト完了報告。
すると、
ちゅんちゅん
「ん?」
どこからともなく小鳥が現れた。
鳥の足には手紙が結ばれており、それをほどいて一読する。
『巨大な勢力を保ったまま北上中。予想進路図はこちら』
「は?」
「また魔王が復活したみたいね」
「早すぎだろ!」
『魔王765号、南方にて発生しました』




