ゲームブックセット【干し柿と牛乳】
「ゲームブックをしましょう!」
「げーむぶっく?」
「ゲーム感覚で遊べる本です。TRPGのチュートリアルとして使われることもありますね。ホームズのゲームブックがボードゲーム大賞を受賞したこともあるんですよ?」
「へぇ。コストもかからなそうでいいですね」
「ではこれを」
分厚い本を渡される。
……やりがいがありそうだ。
「ゲームブックにはいくつか選択肢がありまして……」
『20 山賊が現れた』
戦う →26へ行け
逃げる →32へ行け
「こんな風に選択肢で指定された番号へ進み、ストーリーが分岐します」
デジタルゲームでいう『サウンドノベル』や『ビジュアルノベル』の小説版だ。
いや、逆なのか?
本をページ順に読まないというのも奇妙な感覚だ。
「それとサイコロによる戦闘もあります」
「サイコロ?」
「自分の分と敵の分、サイコロを2つ振って、出目の大きい方が相手に2ダメージを与えられます」
「犬に噛まれてもドラゴンに焼かれてもダメージは2で固定なんですか?」
「相手の弱点を攻撃したり、ゾロ目で2倍になるという場合もありますが……。基本的にダメージは一律2です」
「……リアリティないな」
「初期のゲームブックはだいたいこんな感じですよ?」
「それにサイコロを振ったり、ダメージを与えたりっていうことは、HPの管理もしないといけませんよね?」
「はい。なのでゲームブックに書き込むのが基本です」
「え、本にですか?」
「ゲーマーは別紙を用意しますけど」
「ですよね」
さすがに本へ書き込むのは抵抗がある。
「ただこのゲームブックは工夫されているので、実はペンもサイコロもいりません」
「え、じゃあどうやってプレイするんですか?」
「ページの上の方を見てください。どのページにもサイコロの絵が描いてありますよね?」
「あー。つまりページをパラパラして、止まったページに書かれてるサイコロで戦闘をすると」
「そういうことです」
「でもHPの管理はどうするんですか?」
「しおりにHPが書いてありますから。現在のHPが本の上から飛び出るようにしおりを挟んでください」
「なるほど」
しおりには定規のように数値が書かれており、これでHPを管理するらしい。
━━
|10|
| 9|
| 8|
| 7|
━━━━━
本 |
|
|
ムダに凝っている。
「敵のHPは?」
「敵のHPは少ないので、何回ダメージを与えたか自分で数えるのが基本ですが……。敵のHPを頭の中で計算するのが嫌ならドッグイヤーです」
「ドッグイヤー?」
「本の角を折ります」
「角を折る!?」
「特定のページにはオリセンがありますよね? 敵の現在のHPが書かれているページの角を折ります。この『角を折る』という仕様は他にも使われていて、アイテムの管理はすべてこれで行われています」
「変わったシステムだな」
本をパラパラめくってみると、ページの上の方に敵のHPやアイテムの絵が描かれている(サイコロはこの上に書かれている)。
「もちろん本を折るのが嫌なら自分で別紙に書いても構いませんよ?」
「……もう折られてるじゃないですか」
すでに先生がプレイ済みなので、どのページにも折り目がついている。
遠慮する意味がない。
さっそくプレイ。
「……とその前に、まずは一服しましょう。なにがいいですか?」
「日本を舞台にした作品なので日本のものがいいですね」
「なら干し柿にしましょう」
干し柿は自家製だ。
半生のような状態で中身はトロトロ。
渋柿ではあるが糖度は高い。
個人的にはもう少し干して固くなったものが好みだが、トロトロの方が人気なのでやむなく半熟を多く作っている。
「干されて甘さがぎゅっと凝縮されている感じがします」
「和菓子は干し柿の甘さが基準にされてますから」
干し柿よりも甘い和菓子はない。
つまり干し柿は最も甘い和菓子の1つなのだ。
柿は牛乳とも相性がいい。
柿に牛乳を加えれば、ゼラチン抜きでもプリンができる。
柿をくりぬいてそのまま器にするのがオススメだ。
簡単な上に風流であり、クリーミーで美味い。
ちなみにゼラチン抜きのプリンはバナナでもできる。
これもオススメだ。
「さて……」
ゲームブックをプレイする。
時は将軍・足利義満の時代。
源平合戦で壇ノ浦に沈んだ神器・草薙の剣が発見されるものの、剣は海底に突き刺さっており、誰にも抜くことが出来なかった。
世界一有名な聖剣伝説、アーサー王物語の『台座に刺さった剣』のオマージュらしい。
剣を抜いたことでアーサーはイングランドの王になったものの、実際に戦いで愛用したのは台座に刺さった剣ではなく『湖の妖精ヴィヴィアン』から貰った『エクスカリバー』だ。
映画の影響からか、現在では台座に刺さった剣とエクスカリバーが同一視されている場合が多い。
台座に真っ直ぐ刺さっている印象があるものの、岩に食い込んでいたという説もあるらしい。
13世紀の写本の挿絵では刀身の中ほどが台座に食い込んでいる。
たとえるなら素人が剣で薪を割ろうとして抜けなくなったような状態だ。
ファンタジー世界の住人なら台座ごと持ち上げて撲殺できそうな気がする。
……ロマンの欠片もないが。
とにかく主人公の陰陽師『安倍有世』は剣を抜くために壇ノ浦へ向かう。
壇ノ浦には各地から腕自慢が集まっており、ずらっと長い列をなしていた。
混乱を防ぐために幕府の人間が管理しているらしい。
いかにも日本人的な光景だ。
安倍有世も列に並び、数十分後。
ようやく有世の番が来て、小舟に乗って沖へ行き、ざぶんと海に潜る。
→14へ行け
……死んだ。
安易に行動しすぎたのかもしれない。
草薙の剣は長い間発見されなかった。
つまりかなり深い場所に刺さっているということ。
素潜りで息が続くわけもない。
これではただの入水自殺だ。
というわけで列に並ぶのは後回しにし、水中でも呼吸できるお札を用意してページの角を折る。
「これでよし」
海へダイブする。
→14へ行け
「げ」
深く潜ると光が届かないので周囲の状況がわからなくなり、お札の効果が切れて溺死した。
今度こそはと灯りを用意して挑むものの、
→14へ行け
「ぐ……」
今度は海水に体温を奪われ、
→14へ行け
水圧に体が耐え切れなくなる。
ならば防寒と耐圧だ。
水中呼吸、灯り、防寒、耐圧の準備にそこそこの時間がかかったものの、さいわい草薙の剣を抜いた者はいなかった。
今度こそ大丈夫だろうと神剣のもとへ向かう。
対策はばっちりなので恐れるものはない。
深く潜るほど暗くなっていったが、それも呪術の光に照らされて視界は明るかった。
やがて草薙の剣も視界に入る。
安倍有世は震えを押さえて剣の柄を握り、一気に引き抜く。
まるで鞘から抜くように、ほとんど抵抗らしい抵抗もなく、あっけなく剣が抜けた。
どうやら無事に剣に選ばれたらしい。
ホッとして浮上する。
すると、
→14へ行け
「はあ!?」
海面に顔を出した瞬間、浜辺にいた陰陽師たちから一斉射撃されて即死した。
「草薙の剣を望む人たちにとって、誰が剣に選ばれるかなんて興味がないということですね」
「……最終的に剣を手に入れられればそれでいいってことか」
自分で剣を抜く必要などない。
むしろ自分で抜いてしまうと、一人で浜にいる全員の相手をしないといけない。
これまでいかに剣を抜くかで頭を悩ませていたが、実はこの『剣を抜く』という行為こそ、このゲームブック最大の死亡フラグだったのだ。
おそろしい罠である。
一応、海で戦うことを想定して水中呼吸、灯り、防寒、耐圧の準備をしてページの角を折り、列には並ばずに静観する。
しばらくすると剣を抜くことに成功した陰陽師が現れた。
当然、一斉射撃で殺される。
そこから争奪戦が始まった。
ページをパラパラしてサイコロを振り、しおりでHP管理。
残りHP6ほどでなんとか剣を奪うことに成功するものの、
『おのれ源氏……。憎らしや……怨めしや……』
→14へ行け
「今度は平家の怨霊か!」
どうやら草薙の剣に憑いていたらしい。
とり憑かれて死んでしまう。
「……いや、待て。とり憑くにしてもなんでこのタイミングなんだ? さっき抜いた時は大丈夫だったのに」
「言霊ですね。これまで怨念が鎮んでいたのは、剣が沈んでいたからです」
「なるほど。それを浮上させたから平家の怨霊が活発化した、と」
「はい」
今度は怨霊対策が必要になった。
怨霊対策を求めて壇ノ浦の周囲を散策していると、
『何という巧い琵琶師だろう!』
「お、芳一だ」
小泉八雲の怪談『耳なし芳一』の主人公・芳一に遭遇する。
琵琶法師といえば平家物語。
しかも耳なし芳一の舞台は下関の赤間神宮。
壇ノ浦のすぐ近くである。
平家の怨霊に悩まされていた芳一は、怨霊対策として『般若心経』の経文を全身に書こうとしていた。
丁度いいので一緒に経文を書いてもらう。
『耳も忘れずにな』
怪談では耳に経文を書き忘れて芳一は耳を取られる。
耳を取られたら確実に14へ行くことになるので、忘れずに耳にも般若心経を書いた。
これで対策は万全。
ページの角を折り、壇ノ浦に戻って争奪戦。
激闘の末なんとか草薙の剣を確保する。
般若心経で平家の怨霊も退散した。
しかし、
『動くな』
「げ」
安倍家と対立する陰陽師の一族・賀茂在弘が現れ、有世の息子・泰嗣を人質にとる。
『息子の命が惜しければ草薙の剣をわたせ』
わかりやすい悪役だ。
息子を見殺しにすれば、草薙の剣を足利義満に献上してもバッドエンドになるだろう。
やむなく剣を渡す。
剣を置く →256へ行け
在弘の前に投げる →346へ行け
在弘を殺すつもりで投げつける →573へ行け
「……なんだこれ?」
ある意味では全部同じ選択肢だ。
だが渡し方によって展開が変わるらしい。
殺すつもりで投げると息子を盾にされる気がする。
投げるか、その場に置くべきだろう。
どっちでも大差がないような気がしたが、
「……ん、待てよ?」
投げて渡す方がいいことに気付いた。
多分これなら在弘に剣を奪われない。
在弘の前に投げる →346へ行け
草薙の剣を投げる。
すると、
サクッ
草薙の剣が空中で一回転し、サクッと浜辺に突き刺さった。
予想通りだ。
『ふはは、死ねい!」
在弘が高笑いを上げながら剣の柄に手をかける。
だが、
『ぬ、抜けぬ!?』
それも当然。
これは選ばれた人間にしか抜けない聖剣だ。
在弘に抜けるわけがない。
剣のない在弘など恐れるに足らず。
有世と泰嗣は無事に在弘を倒し、草薙の剣を足利義満に献上した。
安倍有世は陰陽師史上初の公家になったという。




