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将棋セット【かき氷と八宝茶】

「……暑い」


「それは禁句だ」

 夏休みのまっただ中。

 久しぶりに全員そろったが、全員夏バテで死んでいた。

 俺も扇子で扇ぐのにいっぱいいっぱい。

「仕方ない、『あてなるもの』をくれてやろう」

「アテナルモノ?」

「枕草子ですね」

「さすが先生」

 あてなるものとは、現代の言葉で言うなら上品とか優雅なものというニュアンスだ。


「清少納言いわく『削り氷にあまづら入れて、あたらしき金鋺に入れたる』」


「ほわい?」

「ようするにかき氷だ」

「やった、かき氷!」

「氷は自分で削れよ」

「はーい」

 瑞穂が鼻歌を歌いながら、ペンギンのかき氷機でぐるぐるとロックアイスを削る。

 シロップはいちごやメロン、ブルーハワイなど種類は豊富だが、フレーバーが違うだけでみんな同じ味なのは有名な話。


「さて、いい感じに涼んできたところで。今日は『飛車先不突き矢倉』だ」


「矢倉なのに突かないんですか?」

「そもそも昔は2五まで歩を突くのがセオリーでした。それを2六で止めるようになったのはなんでだと思いますか?」

「ピジョンハント!」

「そう、スズメ刺しで3七桂を2五に跳ねるためだ」


挿絵(By みてみん)


「しかしスズメ刺しが棒銀に弱いと判明し、端を狙えなくなると、矢倉党は三筋を狙うようになった。そしてこう考えたわけだ。『三筋から攻めるのなら飛車先の歩を突く必要はない』と。それよりも早く矢倉の囲いを作った方がいいのではないか。いずれ突かなくてはならないとしても、急いで突く必要はない」


『明日できることを今日やるな』とホワイトボードに書く。


「後に回せる手は限界まで後に回す。それが現代将棋だ。だから今の将棋は過去の将棋に比べて格段に速い」

「必須と思われていた一手を突かずに別の一手を指す。飛車先を突く矢倉よりずっと手得ね」

「付け加えるなら。相矢倉で戦う場合、先手は初手7六歩。後手は8四歩だ。他の手で矢倉に組もうとすると手損する。こちらは先手で一手指してて、なおかつ後手は突く必要のない飛車先を突かされてる状況だ」

「いいこと尽くめじゃない」

「まとめるとこうなる」

 手順を紙に張り出す。


挿絵(By みてみん)


「新矢倉24手組だ」

「先後同型じゃないのね」

「飛車先を突かないからな。旧24手組に比べると形が美しくない。だが飛車先を突いてない代わりに6七金右で硬い」

「なるほどね」

 新24手組をマスターさせるべく対局する。

「二杯目のかき氷と中国の八宝茶を賭けよう」

 茶葉とその他諸々を取り出す。

「ブレンドティーなの?」


「ああ。日本では八という数字は末広がりで、八百屋とか八百万やおよろずのように『大きな数』を意味するわけだが。中国の八宝もニュアンス的には同じだ。たくさんの宝を集めたお茶だ」


「へー」

「クコの実やナツメ、氷砂糖が鉄板だな」

 オリジナルブレンドの八宝茶を作ってお茶を淹れる。

「びゅりほ」

 菊の花などが浮かんでいて見た目にも華やかだ。

 栄養も満点で、飲む薬膳といってもさしつかえはない。


「美容にもいいぞ」


「大盛りで!」

「安心しろ、これはシロップにもなる」

「シロップ?」

「煮詰めれば香りも良くなるし、甘味も増す」

 八宝茶をし、砂糖を加えて煮詰め、ボウルで冷やす。

 茶を冷やしている間に水と砂糖を煮詰めて糖蜜を作り、白熊のフルーツにこってり絡める。

 それをかき氷に盛り、あとは八宝茶のシロップをかければ完成だ。

「あー、すごい甘い香り。かき氷とは思えない」

「だな」

 熱い八宝茶に冷たい八宝茶白熊、この組み合わせは反則級だ。


「八宝茶はいただくわよ!」


 と瑞穂は勇んで飛び出したものの、

「うぃなー!」

「……なんで私が」

 泣きっ面にハチで、悪手を指した瑞穂はかき氷を食べられない上にぐるぐるとかき氷機でロックアイスを削るハメになった。

「もう一局よ!」

「あんまり食いすぎると腹壊すぞ」

「私は一杯しか食べてない!」

「あー、そうだった」

 そして三回目の対局。


「24手組で勝てないなら91手組よ!」


「なに!?」

 矢倉91手組。

 終盤まで研究されている定跡だ。


挿絵(By みてみん)


矢倉91手組 先手8一龍まで


 瑞穂の手に迷いはない。

「……なんで新24手組も知らないのにこんなの知ってるんだよ?」

「こういうの覚えたくならない?」

 いわゆる『誰が一番円周率を覚えられるか』ゲームか。

 どこの学校でもこういう無駄なことは流行るものだが、その延長らしい。

 長いものほど覚えたくなるのが人間心理。

 しかしそれにしても題材が絶妙だ。


 91手組は先手有利の結論が出ている。


 もちろん先手は瑞穂。

 かき氷のために勝ちに来た。

 初級者が91手組というのもあれだが……。

 まだ序盤も中盤もよくわからない時期だろうから、一気に終盤まで駒を進めて思いっきり殴り合うのもありかもしれない。

 ただし、

「これでどうだ?」

「あ」

 手が止まる。

「どうした?」

「えっと……。どうすればいいのかわかんない」

 予想はしていたが、まさか本当にこうなるとは。

 先手有利はあくまでお互いが最善手を繰り出した時の話。


 俺が次善手を指した時、それを正しくとがめられれば圧勝。


 できなければ形勢は一気にひっくり返る。

「うう……。参りました」

 結局、瑞穂は自費で八宝茶を食うことになった。

 食えないよりはマシだろう。

「ふう……」

 一段落吐いたところで、ふと先生が呟く。


「そういえば皆さん、宿題は終わりましたか?」


「……」

「目を逸らさないでください」

「でもさっき教えてもらったばっかりだし」

「なにを?」


「後に回せる手は限界まで後に回す」


 なんという現代矢倉。


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