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将棋セット【生チョコと薄茶】

いくさは数だ」


「でも非対称性ゲームでもない限り基本的に同じ数でしょ」

「戦力を集中させろ。あるいは敵の駒を奪って持ち駒にするんだ。『兵士は戦場で取れる』」

 元ネタは『兵士は畑で採れる』

 共産主義国家の名言だ。

 キャベツから赤ん坊が生まれるように、超大国は何もしなくても人口(兵士)が増えるのだ。

 ちなみにフィンランドは自国で武器を生産できなかったので、ロシアから鹵獲ろかくした戦車などを活用して戦っていた。

 兵器も戦場で取れるということだろう。

「駒を取れなかった時は?」


「自分からは仕掛けるな。同じ数なら先に仕掛けた方が負ける。先手必敗だ」


挿絵(By みてみん)


例 2四歩と先に仕掛けた方が負ける

 2四歩→同歩(同じマスに歩を進める)→同銀→同銀


 同数で先手必敗ということは守りに一手の分があるということ。

 数の受けを突破するのはかなり難しい。


「戦力の集中による数の暴力の代表格が『スズメ刺し』だ」


「物騒な名前ね」

「名前の由来は角の角度らしい」

「カクカク」

「……うるさい。まずは矢倉24手組だ。手順は覚えてるな?」

「もちろん」

 二人でテキパキと矢倉24手組を指す。


挿絵(By みてみん)


 矢倉24手組


「後手のお前はそのまま矢倉を組みに行け。俺はこうして香車を上げて、その下に飛車を振る」


挿絵(By みてみん)


スズメ刺し


「ここから2五に桂馬を跳ねる。こうして歩・桂馬・香車・飛車、そして7九にいる角で端に総攻撃を仕掛けるんだ。この角の角度がスズメを刺す時の槍の角度を髣髴ほうふつとさせるからスズメ刺しというらしい。見た目にもわかりやすくて格好いい形だろ?」


「端に戦力集中させすぎじゃない?」

「エパミノンダスは勝ったぞ」

「えぱ?」

「レウクトラの戦いだ」


 エパミノンダスはテーバイ(古代ギリシアの都市国家の一つ)の名将である。


 当時は『ファランクス』という密集戦術が主流だったのだが、そのファランクス全盛時代でさえ考えられないような密集陣形を敷いたのがエパミノンダスだ。

「エパミノンダスもスズメ刺しも、端に戦力を集中させてサイドを押し潰す」

「薄くなった中央をどうやって守るの?」

「敵主力が中央に到達する前にサイドを破壊する。『攻撃は最大の防御』だ」

 レウクトラの戦いにおけるテーバイ軍の異様に膨らんだ左翼には、賞賛と笑いを禁じ得ない。


 ○○○ ▽▽▽▽▽

 ○○○ ▽▽▽▽▽

  □


  ■

  ◆

 ●●●

 ●●● ▲▲▲▲

 ●●●

 ●●●


レウクトラの戦い


「今度から矢倉で対局する場合、先手ならスズメ刺し、後手なら棒銀を使え」

「はーい」

 スズメ刺しは棒銀に弱いが、これから教える予定の『森下システム』に必要な戦法だから身に着けておかないと困る。


 数の攻めを体に染み込ませるため何番か指したいところだが……。


「先におやつにしよう。これは土産でもらったチョコだ」

「あ、生チョコ!」

「それもチョコに豆乳と白ゴマを混ぜたものでな。もちろんそのまま食っても美味いが……」

 別の器に付属のパウダーを振り、生チョコを転がす。

「きな粉や和三盆、そして抹茶を表面にまぶしても美味い」

「へー」

「お茶は薄茶だ」

 新品の萩焼にシャカシャカと薄茶を点てる。

 萩焼は一見味気ないが、使えば使うほど茶の色が貫入(器の表面にかける釉薬のひび割れ)に染み渡り、色気が出てくる。


 いわゆる『萩の七化け』だ。


 茶道の世界で『一楽(楽焼)・二萩・三唐津』と称されるのも伊達ではない。

 これも使い続ければ楽焼にも劣らぬ名器になるだろう。

「ん、苦くてあっまい!」

「だな」

 生チョコは相当な濃厚さだった。

 世間では『甘さひかえめ』というフレーズが好意的に使われているが、濃厚な味わいのお茶を嗜むのならひかえない方がいい。

 むしろ茶菓子が甘ければ甘いほどお茶の味が引き立つ。

 苦味も子供が嫌う苦味とは根本的に違う。

 甘味や酸味と同じく、味覚として楽しめるまろやかな苦味だ。


 そしてチョコにも抹茶にも『コク』がある。


 コクを『味の深み』と表現するならば、コクとコクを合わせることによって更なる深みが生まれるのだ。

 薄茶の茶菓子としてはなかなか出されることのないチョコだが、一度これを味わってしまうと他の茶菓子が物足りなくなる。

 美味すぎるのも考え物だ。

「さて……」

 チョコをつまみながら将棋に戻る。

「攻め将棋に多少の犠牲はつきものだからって簡単に駒を見捨てるな。金銀桂香は一枚でも取られたら圧倒的に不利なんだぞ」

「金銀はともかく桂香も?」


「金銀桂香はそれぞれ盤上に4枚ある。1枚取られたら3対1だ」


「あ」

「大駒の2対0に比べて金銀桂香の数は地味で気付きにくい。歩だって10対8ならまだいいが2枚なら11対7だぞ」

「2枚取られたら4枚差? そう考えたらやばいわね」

 ようやく数の恐ろしさが実感できたらしい。

 指し手の感覚としては駒得してもそんなに有利になった気はしないものの、相手に駒を取られたときはとてつもなく不利になった感じがする。

 相手に攻められて駒を取られるぐらいなら、こちらから攻めて駒を取られた方がいいと感じるのも無理はない。


「集中集中」


 精神を集中するように駒をサイドへ集中させていく。

 基本はスズメ刺しだが、様々な戦法で戦力を一点に集中させる練習だ。

 もちろん欠点はある。


「……戦力を集中させると、どうしても守りが薄くなって突破されるわね」


「やられる前にやれ」

「やる前にやられるのよ!」


 やはりエパミノンダスは名将だ。


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