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縁台将棋セット【アフタヌーンティー】

 将棋を指そうと駒を並べていると、


「あれ、駒が足りない」


「油虫でも探せ」

「油虫って草に群がってる黄色い虫だっけ?」

「間違ってないが、俺が言ってるのはゴキブリだ」

「コックローチ?」


「『雨の将棋』って落語があってな。元は『笠碁』といって囲碁の話だったんだが。玉がなくなったんでゴキブリを駒代わりにするんだ」


「黒い碁石の代わりにゴキブリならわかりますけど。駒の代わりは無理がありませんか?」

「江戸時代では駒がなくなったら石とか貝で代用してたんですよ。基本手作りで今みたいに100円ショップで安く買えませんし。紙将棋だって珍しくなかったそうですから」

 ちなみに雨の将棋では対局中にゴキブリがいなくなったと思ったら、股の下から出てきて『玉だけに金の下に隠れてたのか』という落ちがつくのだが……。

 さすがにそれを口にするのははばかられる。

「……で、なくなった駒はなんだ?」

「歩なのデス」

「それならストックがここにある」

「そういえば駒の色がちょくちょく違うわね。どんだけなくしてるの。……ってよく見たら駒台の色も将棋盤と違うじゃない。どうやったらこんなのなくすの?」


「なくしたんじゃない。元から違う色なんだ。盤と駒台は同じ木ではそろえない。駒台は江戸時代にはなかったものだしな」


「江戸時代には懐紙に乗せていたんですよね?」

「はい。明治時代初期には扇子の上だったそうです」

「ふーりゅーデスね」

「もちろん縁台将棋では懐紙や扇子なんて上等なもんは使わない」

「縁台って縁側?」

「ああ。縁側とか室外の適当な場所で指す将棋だな。駒台がないから持ち駒を握ってることが多い」

「それだと相手がなんの駒持ってるかわからなくならない?」


「だがそれがいい。江戸時代の将棋に関する文献や句を読んでいると『手見禁』って言葉が出てくる。意味は二つあって『縁台将棋で相手に持ち駒を見せない』ことと『相手が指すのを見てから自分の手を変えるのを禁止する』ことだ」


「……えっと、どういうこと?」

「改めて言葉にするとややこしいが、ようするに『待ったなし』ってことだ」

 なお『待った』とは形勢が悪くなったのを見て「今のなし」と動かした駒を元に戻して指し直すことをいう。

「この際だから手見禁でやってみるか?」

「面白そうデス」

「ああ、面白いぞ。色んな意味でな」

「対局前におやつー」

「……わかったわかった」


「ではアフタヌーンティーにしまショー!」


 アリスがガラガラとケーキスタンドを運んできた。

 サンドイッチはたまごサンド、ツナサンド、野菜サンドの3種類。

 可もなく不可もなく、無難な味だ。

 一方、スコーンは……。


「デヴォンスタイルなのデス!」


 スコーンを横に切り、クロテッドクリームを塗ってから上にジャムをのせていた。

「コーンウォール式とは違うな」

 コーンウォール式はバターを塗り、ジャムをのせ、その上にクロテッドクリームを盛る。

「んー、しっとり!」

 パサついているスコーンも、デヴォン式で先にクリームを塗るとしっとりする。

 パサついているものが好きで冷たいクロテッドクリームを直に味わいたいならコーンウォール式、しっとりしている方が好きならデヴォン式だろう。

 焼き菓子は動物型のビスケット。

 これもシンプルで可もなく不可もない。

 お茶はアッサムだ。


 英国王立化学協会の『一杯の完璧な紅茶の淹れ方』に従って紅茶を淹れる。


 紅茶の淹れ方そのものは非常にシンプルで特筆するべきものはない。

 重要なのは三大紅茶のウパでもダージリンでもキーマンでもなく、アッサムが選ばれたということ、


「Milk In First!」


 そして『ミルクを先に入れる』ということだ。

 紅茶が先か、ミルクが先か。

 それは紅茶好きの永遠の命題である。

 ゆえに英国王立化学協会がMIFと提唱したことは、紅茶が先=MIA(Milk In After)党にとって衝撃的な出来事なのである。

 個人的にも先に入れる方が好きだ。

 後にミルクを入れると紅茶の温度が下がるし、ミルクの温度も急激に上がってざらつきが出る。

 先にミルクを入れておけばそんなことは起こらず、


「美味い」


 すっと喉を通る。

 コクのあるアッサムに、それをマイルドにするミルク。

 たしかに完璧な一杯だ。

「じゃあ縁台将棋にしよう。ルールはさっきも言った通り手見禁だ。もちろん盤上の駒と自分の手駒を参照して相手が何を持ってるのか調べるのは禁止だ」

「はーい」

 サービスとして最初は手を抜いて瑞穂に攻めさせてやる。

「やった、飛車取り!」

「サービスはここまでだ」

 飛車をタダで渡した所で反撃に転じる。

「あ、やばいかも。あんた持ち駒なに持ってるの?」


「そういう時は『お手はなに?』って聞くんだ。まあ、聞かれても教えんがな」


「そこを何とか!」

「王が二枚」

「そんなわけないでしょ!」

 王が二枚は江戸時代の笑い話でよく使われるネタだ。

 ルールをちゃんと理解してない素人同士が見よう見まねで将棋を指し、


『お手はなに?』

『王が二枚』


 つまり持ち駒になるはずがない玉を二枚も持っているというネタだ。

「わかったわかった。特別に見せてやろう」

「げ」


『手を開けば金銀山の如くなり』


 俺の予想以上の持ち駒に瑞穂が絶句する。

「……参りました」

「おいおい、盤上の駒と俺の持ち駒をちゃんと数えてみろ」

「え?」

「敵味方合わせて4枚しか存在しないはずの金銀が5枚ある」

「反則じゃない!」


「盤に打たなければ反則じゃない。俺はただ『駒を握っていただけ』だからな」


「ぐぬぬ!」

 ちなみにこの駒は対局前から握っていた。

 勝負は対局の前から始まっていたのである。

「……まだ何か反則技持ってるんじゃないでしょうね?」

「もうないぞ」

「とにかく今の『参った』なしね」

 手に持っていた駒を盤に叩きつけて指し直す。

 しかし俺に傾いた流れを取り戻すことはできない。

「それ」


 挑発するように金を成らせて駒を裏返す。


「……イライラするわね」

「冷静さを失ったら負けだぞ」

 金は成れない駒なので、金の駒の裏面には何も書かれていない。

 裏金でどんどん攻める。

 そして頭金で詰んだ。


「あ、金が多い!」


「いや、多くない」

「数えればわかるのよ?」

「裏返してみろ。この金は玉だ」

「え?」

 金と同じく玉の裏側にもなにも書かれていない。


「指した手を戻す時に盤上の端っこにいた自分の玉をすっと手に隠し持ったんだよ」


「あ、本当だ。玉がない!」



香桂銀金玉金銀桂香

    ↑

駒を動かした腕を戻すときに、将棋盤の端っこにある玉をバレないようにスッと握る



「もちろん『端っこにある駒なら何でも持ち駒にできる』ぞ。駒台がないからこそできるテクニックだな」

「反則でしょ!」

「……なにも泣かなくてもいいだろ」

「な、泣いてない!」

 慌てて瑞穂は涙を隠した。

「じゃあ手の下を見せてみろ」


「……手見禁よ」


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