十六武蔵セット【水まんじゅうと饅頭茶漬け】
「『十六武蔵』やらない?」
「お、宮本武蔵複数人説か?」
「……違うわよ」
大和建伝説は大和の英雄たちのエピソードの集合体なのではないかという『大和建複数人説』があるように、宮本武蔵も複数の剣客の伝説が一つになっているのではないかという説だ。
この説を題材にした作品もいくつかある。
「武蔵っていっても武蔵坊弁慶の方。江戸時代のゲームよ。使うのは斜線のある五路盤。中央の石が弁慶、周りを囲んでるのが平家の捕り手ね」
五路盤を置き、石を並べる。
「こうやって捕り手と捕り手の間に入れば、2人の捕り手を一度に取ることができるの。っていうか、弁慶はこの方法でしか相手を取れないんだけど」
例
●・● → ×○×
↑
○
「で、弁慶は捕り手に囲まれたら負け」
例
●
●○●
●
「捕り手が弁慶を囲めなくなったら弁慶の勝ちよ」
「囲めなくなったらってなんだ? 具体的な個数は決まってないのか?」
「そうよ。だいたい10個取られたら負けだけど、上手いプレイヤーならそこから逆転できるかもね」
「なるほど」
ルールは理解した。
「折角だから十六武蔵じゃなくて五十六武蔵にしよう」
「いそろく?」
「聯合艦隊司令長官・山本五十六だ。『海軍甲事件』当時の旗艦も大和型戦艦の二番艦・武蔵だったから丁度いい」
旗艦とは司令官の乗る船のことである。
日露戦争の時は三笠、第二次大戦では長門、大和、武蔵だ。
大和型は機密だったので、戦時中は長門が一番人気だったという。
「大和型戦艦って、戦艦大和と同じ船がもう一隻あったの?」
「本来なら3隻だな。ただ三番艦の信濃は途中で空母に改装されたんで2隻だけだ」
「へー」
五路盤から碁石を取り除き、ゼロ戦のミニチュアを置く。
「これでよし、と」
「なんでゼロ戦なの?」
「1943年、日本軍の暗号電文を傍受し、暗号を解読した米軍は山本五十六のスケジュールを把握した。そこで米軍はゼロ戦6機に護送される山本五十六の一式陸上攻撃機を撃墜するため、P38ライトニング16機を差し向けた」
P38ライトニングのミニチュアでゼロ戦を囲む。
「ライトニングを撃墜し、山本五十六が武蔵に帰還することが出来れば俺の勝ちだ。出来なければ海軍甲事件が起こり、山本五十六は撃墜される」
「……血なまぐさいゲームになったわね」
「おやつは『水まんじゅう』だな」
「水まんじゅう?」
「山本五十六の好物だよ。塩餡の饅頭を水でふやかして、砂糖をかけて食べる」
「……美味しいの、それ?」
「映画では美味そうだったぞ」
「へー」
正確には『役者が美味そうに食っていた』だが。
しかし何事もチャレンジ精神。
水で酒饅頭をふやかし、氷を入れ、砂糖をかけて瑞穂に渡す。
「どうだ?」
「……なんか凄い不思議な味と食感。水の量とお饅頭の種類と、後はかける砂糖とかシロップを工夫すればもっと美味しくなりそうだけど」
改良の余地ありか。
メニューに出すのは完成してからにしよう。
とりあえず十六武蔵を一局。
「初手で斜めに動けばいきなり取れるな」
↓
弁慶が左斜め上に移動し、右上と左下の捕り手を取った
「しかも次に相手がどう動かしてもまた2つ取れる。これでいきなり4個か」
「まだ4個よ」
難易度はそんなに高くないような気がする。適当に動かして狙いに行くと、
「はい、私の勝ち」
「ちっ」
あっけなく囲まれてしまった。
その次もあえなく囲まれる。その囲まれ方から考えて、
「囲碁と同じだな。安易に端に行くと死ぬ」
例
●
○●
●
端では真ん中よりも少ない数で囲まれる
「そういうこと」
できるだけ真ん中にいた方がいいのだろうか。
「もう1回する?」
「当たり前だ」
碁盤の真ん中を基本に、斜めに移動して、また真ん中に戻る。
だが徐々に徐々に周りを固められ、押し潰されてしまう。
「私の勝ちね」
何かが足りない。決め手となる何かが。
「ぐ、もう一局だ!」
と、後半戦を始めようとしたところ、
「あ、十六武蔵ですか?」
カランコロンと先生が来店した。
「知ってるんですか?」
「いわゆる『キツネとガチョウ』タイプのボードゲームですね。国によってモチーフになる生き物や盤駒の形、駒の取り方が違いますけど。遊んだことはあります。でもこの盤は不完全なものですね」
「え、そうなの? うちの家紋これなんだけど」
「デザインの問題でカットされたのかもしれませんね。正式な十六武蔵の盤にはこういう『牛小屋』や『雪隠』と呼ばれる三角形が付いてます」
逃げ道か。道理で俺の負けが込むわけだ。
「じゃあ完全版で対戦しましょ」
「よし、行くぞ!」
三角形を追加して再び勝負開始。
またしてもライトニングに追いつめられそうになり、すかさず三角形へ逃げ込む。
「圧死しなさい」
「げ」
簡単に追い込まれて潰された。
次の対局でも結果は同じだった。
「対応方法知らないのに安易に逃げるからよ」
「くそ、攻守交代だ。よく考えたらなんで俺が零戦なんだよ。普通に考えたら数的有利のライトニングは初級者が持つもんだろ」
「あんたが五十六武蔵とかいいだすからでしょ」
捕り手をライトニングにしたせいで、俺が捕り手になる発想が今まで浮かばなかった。
「『ヴェンジェンス作戦』だ!」
それは米軍が山本五十六撃墜作戦に付けた名前であり、ヴェンジェンスは復讐を意味する。
今の俺にこれほど相応しい作戦名はない。
「脇が甘いわよ」
「ぐ」
捕り手は意外に難しい。
特に厄介なのが斜線。
縦や横の動きなら危ないとわかるのだが、斜めは将棋の角に似て利きが目に入りにくく、気づいたら取られている。
しかも、
「うあ、逃げられた!?」
黄金三角地帯でも詰ましそこねる。
「今度こそ!」
三角地帯の出入り口を塞ぎ、駒を集め、物量で押し潰しに行く。
「はい、残念」
「うわあ!?」
痛烈なカウンターを食らう。
三角地帯の出入り口に駒を集めても、正しい対応をしなければ逆襲を食らうだけだ。
密集させている分、被害がでかい。
まさか4コマ同時に取られるとは思わなかった。
「ゴールデントライアングルの攻防、あなどれないな」
「……十六武蔵は牛小屋に弁慶を追いこむゲームなんですが」
「え」
「つまりあんたが下手ってことね」
何たる屈辱。
「ふふふ、これで今日のお菓子代はタダね」
「……そういえばなんですか、この形容しがたいお汁粉のようなものは?」
「酒饅頭をふやかして砂糖を振りかけたものです」
「先生は饅頭茶漬けの方が好きですね」
「森鴎外のやつですか」
「なにそれ?」
「四つ割りした饅頭を飯に載せて煎茶をかけるんだよ」
「そっちの方が美味しそうね」
瑞穂が弁当の残りの飯を茶碗によそい、4つに割った饅頭を載せて煎茶をぶっかけた。
「どうだ?」
「……なんか凄い不思議な味と食感」
デジャブ。




