ベーゴマセット【沢庵と大根の漬物と番茶】
「ベーゴマをしましょう」
「……今度はコマですか」
レトロゲームブームでも来ているのだろうか?
先生が持参のベーゴマをテーブルに並べる。
「ぬ、ヘビー級ですネ」
「鉄ですから」
想像よりズッシリ重い。
「この溝に沿ってヒモを巻けばいいの?」
「溝とヒモを巻く方向は逆ですよ?」
「え、これ左利き用?」
「いえ。昔はバイ貝という貝殻を使っていたので、これは貝を模した溝です。ヒモのための溝ではありません」
「へー」
「昔はバイ貝を削り、重くなるようにロウなどを詰めて遊んでいたそうで……。ベーゴマという名前も『バイゴマ』がなまったものでしょう」
「でも溝が逆だとヒモ巻きにくくないですか?」
「慣れれば気になりませんよ? ……ところで空の漬物樽はありませんか?」
「空いてるのならいくつかありますけど……」
「では一つ貸してください。床を作ります」
「トコ?」
「ベーゴマの主戦場ですよ?」
「バトルフィールド!」
「これでいいですか?」
直径40センチほどの漬物樽を床に置く。
「大きすぎず小さすぎず、標準的な広さですね。これに布を張り、中心を5~6センチほどへこませ、布を樽に縛って固定すれば床の完成です」
「ここにベーゴマを投げ込むわけね」
「はい。相手のコマを全部外に弾き飛ばすか、最後まで回っていたコマの勝ちです。ではベーゴマを回してみましょう」
先生がヒモを取り出した。
「まずヒモに結び目を作ります。これが『コブ』。コブをベーゴマに引っかけて巻いていくわけですが、最初は『女巻き』がオススメですね」
先生の真似をしてコブを作り、女巻きという方法でヒモを巻いていく。
「きつく巻けば巻くほど、ヒモを引いた時の力がコマに伝達しやすくなります」
「ぎゅー」
グッときつくヒモを巻く。
「ではまず床で回してみましょう」
床は狭いから投げ入れるのが難しいのだろう。
床に床と同じ大きさの円を描き、先生が慣れた様子でヒョイとベーゴマを投げ、凄まじい速度でヒモを引く。
「おお!」
ベーゴマが唸りを立てながら回転した。
真似してベーゴマを投げてみるものの、なかなか上手くいかない。
回すことが出来ても円を外れ、円に入っても回転が弱い。
「……難しいな」
「コマは投げることよりも引くことを意識してください。ベーゴマはヒモを引いた力で回転しますので。それと着地する前にヒモを引きます。地面に当たってから引いても回転しません」
単純だが奥が深い。
「んー、ヒモ巻きづらい」
「新品のヒモは固いので水に付けたり、もんだりしてほぐすといいですよ? 投げやすい長さに切るのもオススメです。新品のままでは長すぎますから。ヒモの末端にコブを作って、そこに五円玉を引っかけておくと安定します」
「小指に五円玉を引っかける感じ?」
「はい」
野球のバットのグリップエンドのようなものか。
五円玉があればヒモを引きやすくなるし、すっぽ抜けることもない。
「えいっ!」
しばらく投げ続けていると、だんだん床にも入るようになってきた。
そろそろ頃合いか。
「さあ、勝負よ!」
「いいでしょう」
「返り討ちにしてやりマス」
「ほえ面かくなよ」
肩幅に足を開いて腰を落とし、やや前かがみになって、ヘソでベーゴマを構える。
そして投げるというよりも落とす感じで床の真ん中を狙い、シュッと腕を引く。
「入った!」
奇跡的に全員のベーゴマが床に入る。
しかし、
ガガガッ
「ふぁっ!?」
「嘘でしょ!?」
瞬く間に先生のベーゴマに弾かれた。
「ベーゴマを斜めに傾けてみました。『ヒッチャキ』や『ツッケン』と呼ばれる技です」
回転数が同じなら下に潜り込んだ方が有利ということか。
「ヒッチャキはベーゴマを手前に傾けて持ち、床の反対側へ投げる技。ツッケンは逆ですね。ベーゴマを奥に傾け、手前に投げる技です。両方とも床を滑り降りた勢いで、下から相手を弾き飛ばします。ヒッチャキとツッケン、好きな方をマスターしてください」
しばらくヒッチャキやツッケンを練習する。
俺にはヒッチャキの方がやりやすい。
「他にはないの?」
「『ガッチャキ』というテクニックもありますよ? 相手のベーゴマに直接ぶつける荒業です」
「ぶちかましか」
豪快で面白そうだ。
次はそれを狙ってみよう。
そして第二戦。
「えいっ!」
「あ」
ガッチャキを狙った俺のベーゴマは、先生のベーゴマの横を通り抜け、自らリングアウトしてしまった。
「ぐああ、しまった!?」
「ぶつけるのは意外に難しいんですよ? しかもぶつけて相手を外に出した後も、ちゃんと回転していないと有効とは認められません」
「ちっ、一対一の時は回転させずにぶつようと思ったのに」
考えることはみんな同じか。
一方、俺以外のベーゴマはというと……
「なにこれ?」
瑞穂とアリスのベーゴマは回転が弱かったのか、お互いに相手を外へ弾き出すことも出来ずに中央で横になった。
問題は先生のベーゴマだ。
床には傾斜があるので自然と真ん中に向かうはずなのに、なぜか端で静止し、その場でグルグルと回り続けていた。
「『ハリケツ』のベーゴマをシートの窪みへ投げると、下へ降りずにその場で回り続けることができます」
「ハリケツ?」
「ベーゴマの先端、『山』と呼ばれる部分ですが。ここは新品だと丸くなっています。これを削って鋭くすると、山が窪みにハマりやすくなりますよ?」
理屈はわかるがあんなピンポイントに投げる技術はない。
「しかもハリケツにすると摩擦が少なくなって長時間回るようになります」
「へー」
「ベーゴマって鉄でガッチリ作られてるんですけど、いじっていいんですか?」
「改造はベーゴマのだいご味です!」
拳を握って力説した。
「オー、カスタマイズ」
「改造ってどうやるの?」
「棒ヤスリや紙ヤスリで山や縁を削るのが定番ですね。縁を鋭くすると、下に潜りやすくなって攻撃力が高まります。切込を入れると更に弾く力は強くなりますね」
「防御力を高くしたい場合は?」
「縁を丸くすると相手に弾かれにくくなります。八角形を十六角形にしてもいいですね。とにかく縁削りから始めましょう」
「ヤスリか……」
「棒ヤスリで削るなら下に置いてベーゴマの方を動かすのがオススメです」
アドバイスされた通り、棒ヤスリを置いてベーゴマを削ってみる。
「八角形の辺と辺の削り方がバラバラだと、バランスが悪くなって回転しにくくなるので注意してください」
「はーい」
「重心の偏りはどうやって調べたらいいんですか?」
「指で軽く回転させて、止まった時に下になった部分が一番重い場所です」
「なるほど」
「カットしすぎて軽くなってしまったのデスが……」
「上に鉛玉を貼り付けて重くしましょう」
やってみると結構楽しい。
夏休みの自由工作を思い出す。
「じゃあ漬物樽を使ってることだし、漬物を賭けよう」
「それなら桜も咲いているので『長屋の花見』にしませんか?」
「いいですね」
「ナガヤ?」
「落語だよ。『貧乏花見』ともいう。当時は玉子焼きやかまぼこをつまみながら一杯やってたらしいんだが、金がないから沢庵を玉子焼きに、大根の漬物をかまぼこに見立てて、酒の代わりに薄めた番茶を飲むんだ」
「へー」
というわけで樽を外に出し、缶詰を開ける。
「それは自衛隊の戦闘糧食ですよね?」
「はい。中でも評判のいいたくあんです。たくあんは切り方で味や食感が変わります。切り方はおよそ七通り。皮のまま短冊や輪切り、皮を剥いて輪切り、千切り。薄打にして生姜の汁をしぼりかけてもいい」
「あ、なんか美味しそう」
料理描写に定評のある時代小説の受け売りだから当然だろう。
重箱に漬物をならべ、桜の下で一服する。
火傷しそうな熱い番茶(落語とは違って薄めてはいない)をやりながら、漬物をたしなむのがたまらない。
これぞ日本人という感じがする。
「はー、落ち着くわー」
……若干、年寄り臭いが、たまにはこういうのもいいだろう。
「よし、勝負だ!」
「ベーゴマファイト、レディーゴー!」
一斉にベーゴマを投げ入れる。
ガガガッ
「また!?」
再び先生のベーゴマに弾かれた。
「……ちょっとベーゴマ見せてください」
「どうぞ」
大型のベーゴマを使っているのではないかと疑ったのだが、
「薄いな」
「なんでこれで弾けるの?」
大きいどころか、むしろ驚きの薄さだった。
だが重い。
普通のベーゴマを上から押しつぶして横に広げた感じか?
「フトコロに潜りこむインファイターですネ」
「それが『ペチャ』の特徴です。低い方が安定しますし、傾けなくても相手の下から攻撃できるんですよ?」
「え、なにそれずるい! じゃあ次は私がペチャね!」
「どうぞ」
あっさり瑞穂にペチャを譲った。
先生の余裕が気になる。
そして案の定、
「……巻けない」
薄いからヒモが巻きにくかった。
「先生が代わりに巻きましょう」
慣れた手つきでヒモを巻く。
「ふふふ、これで私の勝利は約束されたも同然ね!」
胸を張って勝ち誇る。
これはダメなパターンだ。
「えいっ! ……ってあれ?」
予想通り。
瑞穂はペチャを上手く回せず、床に入ることさえできなかった。
「なにこれ。めちゃくちゃ回しにくいんだけど」
「そりゃ普通のベーゴマより薄いからな。同じ感覚で投げたらそうなるだろ」
「ペチャを回せるようになったら一人前です」
「……ペチャ禁止ね」
だがペチャを禁止にしても先生の独壇場なのは変わらなかった。
「こうなったら守り重視よ! 十六角形にして耐え抜いてやるんだから」
「できればいいがな」
「するの!」
瑞穂が十六角形にベーゴマを削り、
「えいっ!」
起死回生を狙ってベーゴマを投げる。
瞬く間に俺とアリスのベーゴマが弾かれ、先生と瑞穂の一騎打ちになった。
「う……」
だが瑞穂のベーゴマはバランスが悪いのか変な回転をしていた。
決まったな。
そう思った瞬間、
「なっ!?」
瑞穂のベーゴマが先生のベーゴマを弾き出した。
「やった!」
「こ、これは『山あらし』!?」
「なにそれ?」
「重心が微妙にずれているので不規則な回転をするベーゴマです。長い時間は回せませんが、ハマれば無類の強さを発揮します。山を平らに削れば完璧ですね」
「削る削る!」
嬉々として山を平らにする。
厄介な武器を手に入れてしまった。
「ふふふ、これで私の勝利は約束されたも同然ね!」
デジャブ。
「えいっ! ……ってあれ?」
瑞穂の山あらしは中央で暴れ回ったが、俺たちのベーゴマはレースのように床をグルグルと回り続けてなかなか中央に降りない。
そうこうしている内に、山あらしは回転力を失って止まった。
「ああっー!?」
「だから先生が言ってたろ、山あらしは長い時間回せないって……」
「うう……」
改造はベーゴマのだいご味かもしれないが、改造だけをしていては勝てないのだ。




