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めんこセット【ボンボンショコラとアッサムの緑茶】

面子メンコをしましょう」


「……またレトロな遊びを」

「メンコ?」

 アリスが小首を傾げる。

 やはり外人は知らないか。

「ではレクチャーしましょう」

「お願いしマス」

 先生が長方形のメンコを取り出した。

 古風な浮世絵調のイラストが描かれている。

 いかにも昭和の遊びという感じだ。

「まずメンコを地面に置きます」

「ふむふむ」

「そしてこうやってメンコを投げ……」


 バシンッ


「風圧で相手のメンコを裏返すことができたら勝ちです」

「ナルホド」

「一回転して表になった場合はどうなるんでしたっけ?」

「あくまで裏返さなければ勝ちにはなりません」

「強すぎてもダメなのか……」

 回転しすぎると確実に裏になるとは限らないから、適度な力加減が求められる。

「面白そうね」

 瑞穂がメンコを指に挟んで振りかぶった。

「えいっ!」

 不発。

「たあっ!」

 不発。

「とおっ!」

 不発。


「……ぜんぜん裏返らないんだけど」


「まずメンコを指に挟むのをやめろ」

「そうですね。格好つけずに普通に持ってください」

「はーい」

「それと真上から振り下ろすのではなく、もう少し角度をつけて投げましょう。だいたい35度ぐらいの角度で投げるオーバースローか、15度ぐらいで投げるサイドスローがあります。この店のような滑らかな床ならサイドスローがオススメですね」


「サイドスローね」

 瑞穂が姿勢を低くし、腕を横に振りながらメンコを投げた。


すー


 メンコは風を起こすことなく床を華麗に滑っていく。

「ナイス、スケーティング」

「……お前にサイドスローは向いてないな」

「うう……」

 しかしオーバースローにしても結果は同じだった。

「なんで?」


「腕の振りが遅いからかもしれませんね。メンコを叩きつけた時に生じる風だけでは裏返りません。メンコの風圧で浮かせ、腕の振りによって生じる風で裏返すイメージです」


「腕の振りね」

「それと当然ですが、狙うのはメンコの長い辺」

「できるだけメンコに近い方がいいな」

「そうですね、狙うメンコの10センチ以内に投げてください。それも狙っているメンコと平行になるように。特にオーバースローで投げる場合は、メンコの横に足を置いてください」

「足?」


「メンコの左側に左足を置いて、右側に自分のメンコを叩きつける感じですね。メンコの横に足があると風が流れて裏返りやすくなります」


「へー」

 瑞穂がアドバイス通りにメンコの左側へ左足を出し、


「えいっ!」


 反対側を狙ってメンコを叩きつけた。

「やった!」

 初めてメンコが裏返り、瑞穂の左足のつま先に乗った。

「リバースさせるのは意外にハードですネ」

「確かに慣れないと一回も裏返せずに負けるとかありそうだな」


「裏返す以外にも、相手のメンコを輪の外に出す『はたき』や、相手のメンコの下に自分のメンコをもぐりこませる『さばおり』などのルールがあります。複合ルールでプレイしてみましょう」


「はーい」

 そうして先生の提案に乗り、床に輪を作ってその中でプレイしてみたのだが、

「先生の勝ちですね」

 先生の独壇場だった。

 経験者とはいえ強すぎる。


バシンッ


 またひっくり返された。

「SEが大きいデスね」

「……音がでかいってことはメンコに細工してる可能性があるな。分厚く重くすれば強い風が起こるはずだ」

「先生のメンコだけひっくり返らないのもおかしくない?」

「このカーブが怪しいデス」

「う」

 輪の中に置かれた先生のメンコは、かすかに曲がってなだらかなカーブを描いており、真ん中が床から浮いていた。

「メンコの真ん中が床と接してないということは……」

「ここから風が逃げてるってこと?」


「……バレてしまっては仕方ありませんね。このメンコのように、真ん中が縦に浮いているものは裏返りにくくなっています」


 やはり細工をしていたのか。

 油断も隙もない。

「ただこのようなメンコはむしろ例外で……。基本的にメンコは新品同様の平らで、床に隙間なくくっ付くものがベストです。反ったり歪んでいるものは、返って裏返りやすいので注意が必要です。特にメンコの角が反っていると、ダイレクトアタックの格好の餌食になります。そこを支点にひっくり返されてしまいますから」

「なるほど」

「では一勝負終えたところですので、そろそろ一服しましょう。チョコレートをお願いします」

「……あいよ」

 露骨に話題を逸らした。

 この辺の切り替えの早さはさすがだ。


「チョコならボンボンショコラにしましょう」


「ボンボンってウイスキー?」

「違う。中になにか入ってるチョコのことだ。ベリー系とキャラメル系があるぞ」

「じゃあベリー」

「ベリーならお茶はマンデリンかアールグレイ、アッサム系の緑茶でもいいな」

「アッサムの緑茶?」


「『印雑系』っていうアッサムの品種を混ぜたお茶だ。フルーティーな味によく合うぞ」


「へー」

「アリスはキャラメルにしマス」

「キャラメルには香りの引き立つシナモンチャイかほうじ茶だな」

「ほーじ茶でお願いしマス」

「あいよ」

「ビターなチョコレートはありませんか?」


「ありますよ。ビターチョコならエスプレッソですけど、あえて煎茶をやるのも一興ですね。それもとびっきり濃くて渋いやつ。お茶とチョコを一緒にやると最高です」


「ではそれを」

「あいよ」

 俺はミルクチョコにした。

 ミルク系のボンボンならお茶は抹茶かジンジャーティー。

 ここはシンプルに抹茶にしておこう。

 抹茶にミルクにチョコレート。

 最強の組み合わせだ。

「ミルクチョコちょうだい」

「……一個だけだぞ」

 しぶしぶチョコを一個つまむと、

「あーん」

「……」

 嬉しそうに口を開けた。

 食べさせろということらしい。

 仕方ないので一つ口に放り込んでやる。

「ん、甘酸っぱい」

 それはミルクチョコの味じゃない。


「さて、もう一勝負といこう。次は『カルメン』でどうだ?」


「カルメン?」

「カルタでメンコの略だ」

「……ダジャレですか」


「カルタは『畳の上の格闘技』と呼ばれるほど激しい競技なわけですから、取り札は頑丈に作られてますし、メンコにも改造できるはずです」


「しかもカルタとメンコ、2つの伝統遊戯を無理なく合体させているのもポイントが高いですね」

「グッドアイデア!」

「メンコだから相手より先に取り札に反応しても、取り札をひっくり返すことが出来なかったら取ったことにはならないのよね?」

「ああ」

「やってみましょう」

 カルタをメンコに加工して、自動的に読み札を読み上げてくれる競技カルタのソフトをセットする。

「……俺に策があるんだが」

 そして先生に聞かれないようにボソッと瑞穂とアリスの二人に耳打ちした。

 負けたままではいられない。

「じゃあ始めるか」

 読み上げソフトを起動する。


『ちはやぶる……』


バシンッ


「あ」

 先生が先んじてメンコを叩きつけたものの、ひっくり返らなかった。

「もらい」

 一拍遅れて取り札をひっくり返す。

 狙い通りだ。

 カルタとメンコの経験で有利な先生は先手先手と仕掛けていったものの、初手のようなお手つきが何度か続いた。

 先生がハッとする。


「……もしかしてこれは、うかつに動くと先手必敗になるんじゃないでしょうか?」


「今頃気づいても遅いですよ」

「う」

 相手より先に取ろうと焦ってメンコを出すと手元が狂い、取り札をひっくり返すことができず、出遅れた相手に取られてしまう。

 だからどこにメンコがあるのかわからない場合も、見つけた振りをしてアクションを起こし、先生を焦らせる。

 そして常に先生の左足を意識しておき、取り札の左へ足を踏み込ませない。

 これが俺の用意していた策だ。

 そして、


「ウィナー!」


 先生が脱落すれば、反射神経の優れているアリスが勝つのは道理。

 俺が勝つのがベストではあったが、先生を蹴落とせたのなら満足だ。

「……してやられました」


面子メンコだけに面子メンツを潰されたってわけね」

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