SRPG将棋セット【マドレーヌとダージリン】
ドット絵の駒のクイーン・ビショップ・ルックはきゃりぺいさん、それ以外のドット絵の駒は『奈託(七竜)@竜鱗亭』さん、顔グラフィックとメッセージウィンドウはみらんこさん、マップは
WizardTortoiseGamesさんに描いていただきました。
転載禁止。
「シミュレーションRPG将棋やりたい」
ピコピコと名作シミュレーションRPG『ファイヤー・エンブレム』をプレイしながらつぶやいた。
「思いつきで言うな。ルールはどうするんだよ?」
「このゲームだと自分のターンの時、自分の部隊の駒を全部動かせるのよね。全部動かし終わったら、次は敵が全部の駒を動かすの」
「……自分の手番ごとに20枚の駒を全部動かす? 手間がかかりすぎるだろ」
「一気に20枚動かせるんだから、うまくやれば1ターンで詰むでしょ。普通の将棋よりスピーディーでいいじゃない」
「そういう考え方もあるのか」
こればかりは実際に指してみなければわからないだろう。
しかし現時点では重大な欠陥がある。
「お前からでいいぞ」
「じゃあ私が先手ね」
俺の提案に釣られ、馬鹿正直に先手で指しはじめる。
こいつ、気づいてないな。
そして鼻歌を歌いながら全ての駒を指し終わる。
「駒を指す順番は自由なんだよな?」
「そうよ」
とりあえず左端の歩から順番に全ての駒を動かす。
お互いに1ターンずつ指した場面
そして瑞穂の手番。
「……あれ、私の歩全滅じゃない?」
「ようやく気付いたか」
そう、ここから先手が全ての駒を動かすと、後手の歩の前に9枚の歩がずらっと並ぶことになる。
つまり『9枚の歩を根こそぎ取られてしまう』のだ。
「……『待機あり』にしましょ。『必ずしも全ての駒を動かす必要はない』もの」
「でもこのルールだと、どの駒を動かしたのかわからなくなるんだよな」
「商品化できそうだし、専用の駒を作ればいいじゃない」
「そうだな」
自分たちでドット絵を描き、簡単な駒を作る。
ファイヤー・エンブレムでは蘇生ができない。
つまり『死んだら二度と生き返らない』シビアなゲームなので、持ち駒制度のないチェスをベースにした。
キング
ナイト
ルック
ビショップ
クイーン
ポーン 盤上の一番奥に進むとキング以外の駒にクラスアップできる
「……なんでルックが『シューター』なの?」
「ルックは国によって意味が違う。塔、城、船、そして戦車だ」
「あー、そういえば『竜王と光の剣』だとシューターって戦車系ユニットだっけ」
「ああ」
ゲームでは『ゲルニアの木馬隊』として出てくる。
機動力のあるバリスタのようなものだと思えばいい。
シューターはシリーズによって、移動力のないマップ上の固定兵器になったりする。
「ポーンもムダに強そうね」
「チェスのポーンは『槍と盾を装備した兵士』がモデルになってるって説があってな。盾を正面に構えるから、槍を斜め前にしか突き出せない」
「あ、だからポーンは斜め前の駒しか取れないんだ!」
○×○
ポ
※ポーンは斜め前の駒しか取れない
わかりやすいようにお互いの駒は青と赤で色分けした。
ファイヤー・エンブレムも味方ユニットは青、敵は赤で表示されている。
赤差分
駒を裏返すと『行動終了』を意味する灰色差分になる。
行動終了 灰色差分
ゲームでも行動終了した駒は灰色で表示されるのでわかりやすい。
ドット絵も味がある。
いかにもレトロゲームという雰囲気だ。
「名付けて『フレアー・エムブレム』よ!」
「……ギリギリのネーミングだな」
「『エンブレム・サーガ』とかあったから平気平気」
「それ訴えられたやつだろ」
ファイヤー・エンブレムの開発者が別の会社でファイヤー・エンブレムそっくりなゲームを出そうとして訴えられた事件だ。
たしか裁判に負けて改名させられたはず。
このゲームを製品化する場合は気を付けたほうがよさそうだ。
「将棋ルールでプレイする場合の駒も用意しとくか」
将棋だと駒の数が足りなくなるので、いくつか予備のドット絵も用意しておく。
弓兵
斧兵
魔法使い
「ボードのデザインで迷うな」
「レトロゲームのマップといえばこれでしょ!」
「お、トラ食えのオマージュだな」
「これぞ原点にして頂点!」
『最初の町から外に出るとラスボスの城が見える(ただし海があるのですぐにそこへ行くことはできない)』という演出である。
これを黎明期のRPGでやったのだからすごい。
ワールドマップのお手本のようなデザインだ。
「トラ食えオマージュなら赤のキングは魔法使いにしよう」
初期のトラ食えのラスボスは魔法使い系のデザインが多い。
剣士のキングは勇者のイメージだから、並べても違和感はないはずだ。
「よし、とりあえずこのルールと駒で指してみよう」
必要なものがそろったので、ボードに並べてテストプレイ開始。
「王手」
「ええ!?」
予想はしていたが展開が早い。
「……16枚で総攻撃されたら逃げようがないわね」
「先手必勝になる可能性が高いな。相手のターン中でも、王手をかけられた時はキングを動かしていいことにしよう」
「妥当なルールね」
ルールを整備しなおして第2戦。
「王手」
「詰まないわよ」
瑞穂が逃げる。
だが甘い。
「王手」
「だから詰まないわよ」
「王手」
「う……」
「王手」
詰んだ。
「やっぱり一度に全ての駒を動かせると簡単に詰むな。ルールを少し変えよう。手番は一手ごとに交代した方がいい」
「それただのチェスじゃない」
「話は最後まで聞け。『指した駒は1ターン経過するまで動かせない』んだ。たとえば初手でナイトを動かした場合、残りの15駒を動かし終わるまでナイトを動かすことは出来ないわけだ」
「いいとこどりのルールね。これだとさっきのより動かす順番が重要になりそう」
「そうだな。それとキングだけはターン関係なしにいつでも動かせるようにした方がいい」
「キングは行動終了状態にならないのね」
「ああ」
これでだいぶバランスはよくなった。
「でも15枚で1ターンも長くない?」
「……そうだな。キングとポーン以外の7枚の駒を動かしたら1ターンにしたほうがいいのかもしれん」
とりあえずキングとポーン以外を『将軍』とし、将軍がすべて行動終了状態になったら1ターン経過することにした。
キングを動かさなくても1ターンが経過し、動かしても行動終了にはならない。
ポーンを動かさなくても1ターン経過するが、動かすと行動終了になり、1ターン経過しないともう一度動くことはできない。
「じゃあ、このルールで指してみましょ」
「その前におやつの準備をしとこう。なにがいい?」
「マドレーヌ」
「あいよ。お茶は玄米茶とダージリン、どっちにする?」
「玄米茶が合うの?」
「焼き菓子といえば玄米茶だ」
「じゃあ玄米茶」
「なら俺はダージリンにしよう」
プチマドレーヌを皿に盛り、玄米茶とダージリンのオータムナルを淹れる。
「『プルースト効果』も抜群だな」
「ぷるーすと?」
「マルセル・プルースト。『失われた時を求めて』の作者だ。紅茶にマドレーヌをひたして食べるシーンがあるらしい」
ダージリンにマドレーヌをひたす。
紅茶がマドレーヌに染み込み、ベルガモットの香りが何ともいえぬ味わい深さを醸し出す。
紅茶の茶葉を使うスイーツでもマドレーヌは定番のレシピだ。
このマドレーヌが美味いのも当前だろう。
「主人公はこれを食べて過去を思い出すらしい。ようするに味覚と嗅覚で過去の記憶が呼びさまされるわけだが、プルースト効果において最も重要なのは嗅覚だ。匂いってのは人の記憶に強く結びついてるんだよ」
「へー」
たとえ遠い未来に呆けても、この匂いを嗅げばきっと鮮やかに今の光景を思い出すだろう。
「さて……」
本格的にフレアーエムブレムの対局開始。
「クイーンが一番強いんだから、角道ならぬクイーン道を開けておけばいいのかしら」
「……ターンの最初の方で強い駒を動かすな」
「あ、他の駒動かすまで行動不能だから逃げられないじゃない!」
あっけなくクイーンが死に、ほぼ決着がついてしまった。
「これ、物理的に成るの不可能じゃない?」
「たしかに」
チェスのようにポーンがボードの端へ到達すると、キング以外の好きな駒にクラスチェンジできる。
しかしポーンは最初の一手以外、1マスずつしか進めず、しかも1マス動くと1ターンが経過しないと次のマスへ進めない。
仮にクイーンに成れたとしても成った直後は動けない。
チェスよりもやられる可能性が高いわけだ。
「行動制限があるんだから、他の部分で火力を補ったほうがいいな。キング以外の駒は成れることにしよう」
「タイミングが重要ね」
成りやすいのはルックとビショップだろう。
クイーンにしたいルックかビショップを最後に行動終了する将軍にしておき、奥へ進んでクイーンに成ると同時に1ターンが経過するようにするわけだ。
これなら次の一手で取られなければすぐに動ける。
「将軍以外も動かしておくか」
「そんな適当に動かしていいの?」
瑞穂が首をかしげる。
わからないのも無理はない。
この動きそのものに意味はないからだ。
これは手数調整に過ぎない。
「チェックメイト」
「え」
「これで俺の駒は1ターン経過したからな」
自分の駒をすべて引っくり返す。
「ああ!?」
一方、瑞穂の駒はほとんどが行動不能。
まともに動ける駒がいない上に、王手なのでキングを逃がすことしかできない。
しかも、
「これでまた1ターン」
「ぎゃー!?」
ナイトなどを捨て駒にして将軍の駒を減らしておいたので、すぐに1ターンが経過する。
自分だけ強い駒を動かし続けることができるわけだ。
「ずっと俺のターン!」




