創作将棋セット【アップルケーキとココア】
「そろそろ、うちのオリジナルボドゲをパッケージ化して売りたいな」
「商業用にまとめる必要がありますね。たとえばTCGは自分でデッキを組むのが売りだといっても、古将棋を知らない人にいきなりデッキを組めというのは酷ですから」
「ボドゲの説明書ってわかりにくいしね」
うちの店なら俺たちが説明できる。
だが商品となると説明書だけが頼り。
何も知らない人がすぐ遊べるように工夫せねばならない。
「じゃあ『スターターデッキ』を組むか」
「それが無難ですね」
スターターデッキは本家のTCG、つまり『トレーディング・カード・ゲーム』で使われるデッキだ。
カードゲームの枚数は古将棋の駒数よりもはるかに多い。
なので初級者が使いやすいカードをまとめて、スターターデッキとして売り出しているのだ。
これなら買ってすぐに遊べる。
「なにかつまみながら考えよう。オーダーは?」
「アップルケーキをお願いします」
「ならコーヒーを淹れましょう」
「アップルケーキならホットココアでしょ!」
「なんでだ?」
「ドイツの少年探偵団」
「懐かしいですね」
たしかに事件後、アップルケーキとホットココアで打ち上げをしていた気がする。
「じゃあココアを出そう。個人的には黒こしょうがオススメだ」
「ココアに黒コショウ!?」
「ピリッとしていい感じだぞ」
「じゃ、じゃあそれ」
「あいよ」
ホットココアを淹れて黒こしょうをサッと一振り。
ミルクはお好みで。
「ん、黒コショウのいい香り」
「リンゴにはシナモンが合うから、シナモンパウダーを振っても美味いぞ」
「あー、体があったまってきた感じ」
黒コショウは新陳代謝を上げて血行もよくなる。
肌寒い日には最適だ。
「さて……」
テーブルの上に駒を並べる。
「枚数は本将棋と同じ20枚として……。全部を古将棋にすると駒の動きを覚えるのが大変だから、玉と9枚の歩は固定か? すると残り10枚」
玉(→自在天王)
●●●
●玉●
●●●
∞∞∞
∞自∞
∞∞∞
※自在天王
一手で『盤上のどこにでも移動できる』
ただしヒモのついている駒は取れない。
「歩は選択式だな。鼓を使う場合は広将棋の歩になる」
歩(→金)
歩(→歩総)
●
歩
●
●歩●
●
鼓の駒を使用する場合は広将棋の歩を使う
広将棋の歩は前後左右に動ける
ただし鼓の駒が取られると前に進めなくなる
●
●
●
●総●
●
●
●
歩総に成ると前に走れるようになる
鼓の影響は受けない
鼓(→霹靂)
● ●
●鼓●
● ●
この駒が取られると『自軍の歩が前に進めなくなる』。
鼓を取った歩は成ることができる。
●
●霹●
●
※霹靂
5回行動できる
「酔象は外せんな」
酔象
●●●
●酔●
● ●
酔象は『太子』に成ると『玉』と同じ扱いになる。
つまり太子がいる時、自分の玉を取られても『太子が玉の跡を継ぐ』ので負けにならない。
「ただ『持ち駒制度あり』の状態で指すと『お互いに太子と玉を打ち合ってゲームが長引く』おそれがありますから、『太子が玉の跡を継げるのは一度だけ』という風に選択ルールを設定したほうがいいと思います」
「そうね」
選択式なので何度でも跡を継げるルールで指すことも可能だ。
相手から奪った玉も自分の玉にできる。
玉を敵陣に垂らせば自在天王を作れるので、上級者同士で戦うと決着がつかないかもしれない。
「それから獅子、飛将、天狗」
獅子(→獅鷹)
●●●
●獅●
●●●
『一手で二回動かせる』ので、一度に二枚の駒を取れる。
二回動かせるので、
●●●●●
●●●●●
●●獅●●
●●●●●
●●●●●
実際の獅子の移動範囲はこうなる。
〇●●●〇
●〇●〇●
●●獅●●
●〇●〇●
〇●●●〇
※獅鷹
角の動きもできるようになる
ただし1手でニマス以上動いた場合は二回目の行動はできない
飛将(→飛鰐)
●
●
●
●●●飛●●●
●
●
●
〇 ● 〇
〇 ● 〇
〇●〇
●●●飛●●●
〇●〇
〇 ● 〇
●
※飛鰐
斜め前に3マス、斜め後ろに2マス進める
飛車と同様に前後左右へ何マスでも進める。
しかも『敵味方を問わず進行方向にいる駒を皆殺し』にできる。
例 飛─金─銀─桂→香
敵味方関係なく、駒を貫通して取ることができる
味方を殺したら相手の持ち駒になる。
それぞれの駒には『格』が存在する。
『玉・自在天王・太子 > 飛鰐 > 飛将・角将 > その他』
格上の駒は取れない。
また同格の駒を取ってしまうと直進はそこで止まってしまう。
古将棋でも最強クラスの火力を誇るが、肝心の玉を取れないため、状況によっては全く使えない駒でもある。
孔雀(→天狗)
斜め前に何マスでも動ける。
相手の駒を取らなければ二回行動できる。
● ×←相手の駒を取るとそこで動きは止まる
● ● ●
● ●
孔
● ×←相手の駒を取るとそこで動きは止まる
● ● ●
● ●
天
● ●
● ● ●
● ●
●
「それから砲、水牛と記室、神僧ね」
砲(→砲車)
● ●
砲
● ●
斜めに一マスしか動けない駒だが、この駒は行動した後に敵を『射る』ことができる。
● ● ●
● ● ●
● ● ●
● ● ●
●●●
●●●●●砲●●●●●
●●●
● ● ●
● ● ●
● ● ●
● ● ●
砲の射程範囲
縦・横・斜め8方向、5マス以内にいる駒を『その場から動かずに撃ち殺す』ことができる。
しかもこの射撃は『自分と狙う相手の間に他の駒がいてもそれを飛び越えられる』。
例 砲─金→王 砲はその場から動かずに、金を越えて王を取れる
●
●
●
●●●飛●●●
●
●
●
※砲車
縦と横に5マス動ける
水牛(→火鬼)
● ●
● 〇 ●
●〇●
●●●水●●●
●〇●
● 〇 ●
● ●
※前後に2マス、他の方向には何マスでも動ける
水牛は『火鬼』に成ると『自分の周囲八マスにいる駒を敵味方問わず皆殺し』にできる。
この能力を『焼く』という。
能力は『火鬼の周囲に駒が移動してきた時』と『火鬼が移動したマスの周囲に発動』する。
味方を殺したら相手の持ち駒になる。
●●●
●火●
●●●
●の範囲にいる駒は無条件で焼かれる。
● ● ●
● ● ●
〇〇〇
●●〇火〇●●
〇〇〇
● ● ●
● ● ●
※火鬼
玉の動きを3回できる
ただし駒を取るとそこで動きは止まる
2マス以上進んだ場合は二回目行動できない
記室(→軍師)
●
● ●
● 記 ●
● ●
●
『軍師』に成ると『毒火(火鬼と同じ能力を持つ駒)』は盤上のどこにいても自動的に死ぬ。
広将棋に火鬼はいないが、TCGでは火鬼も死ぬように設定されている。
軍師がいれば火鬼成りを封じることができる。
軍師が盤上にある限り水牛は火鬼に成れない。
軍師に成ったら二回行動できる
神僧(→聖燈)
● ● ●
● 神 ●
● ● ●
神僧で直接取れるのは神僧だけ(神僧以外の相手の駒を直接取ることはできない)。
ただし移動した後に自分の周囲8マスにいる駒を射撃して(その場から動かずに)取ることができる。
『聖燈』になると神僧の動きを2回できる(射撃も二回できる。1回目の移動後と2回目の移動後)。
聖燈は自分の周囲8方向の5マス以内にいる『高道』の成り駒『五里霧』を元の高道に戻す能力がある。
TCGでは『あらゆる成り駒を元に戻す』ことができる。
● ● ●
● ● ●
● ● ●
● ● ●
●●●
●●●●●聖●●●●●
●●●
● ● ●
● ● ●
● ● ●
● ● ●
※聖域の範囲内にいる成り駒は全て元の駒に戻る。
「後は車兵と無明でしょうか」
車兵(→四天王)
● ● ●
● ● ●
●●●
〇〇車〇〇
●●●
● ● ●
● ● ●
横にはニマスしか動けない。
車兵は『四天王』に成ると、クイーンの動きで『敵味方問わずあらゆる駒を飛び越える』ことができる。
● ● ●
● ● ●
●●●
●●●四●●●
●●●
● ● ●
● ● ●
例 四─金─銀─桂─香→王
間に何枚の駒がいても、それを飛び越えて駒を取ることができる。
無明(→法性)
● ●
無●
●
非常に特殊な駒で『無明を取った駒は法性に成る』ことができる。
● ● ●
● ● ●
〇〇〇
●●〇法〇●●
〇〇〇
● ● ●
● ● ●
※法性
玉の行動を2回できる
2マス以上進むと二回行動はできない
弱い駒で無明を取られるのは致命的。
ただし火鬼や四天王などの特殊能力のある駒で無明を取ると、場合によっては弱体化してしまう。
「お、これで完璧じゃないか?」
「ひーふーみーよー……、11人いる!」
「……小将棋と同じ数だろ。誤差の範囲内だ」
とりあえず駒を並べてみる。
歩歩歩歩歩歩歩歩歩
孔 酔 飛
水記鼓獅玉無砲神車
「飛将を振ったら酔象が死ぬのがネックですね」
「う……」
「初手で飛将が走って孔雀と記室が貫通されるのもきついわね」
「ではここに牌を置きましょう」
歩牌歩歩歩歩歩歩歩
孔 酔 飛
水記鼓獅玉無砲神車
「ありですね。牌は盾になるから玉を囲うなら左側だ」
牌(→牌総)
● ●
牌
● ●
砲や神僧などの射撃駒では取れない
砲は敵味方問わず牌の駒を飛び越えて射撃することは出来ない
TCGでは飛将の貫通能力、火鬼の火、四天王の飛行能力などの能力も無効化する
〇 〇
〇 〇
●●●●牌●●●●
〇 〇
〇 〇
牌総に成ると横にだけ走れる
火力はないが、駒を飛び越えて攻撃できる砲や四天王から玉を守れるたのもしい駒だ。
「でも歩の中に1枚だけ別のが混じってるとアンバランスじゃない?」
「それなら飛将の前に酔象を置きましょう」
不本意ではあるが、これで飛将も横に振りやすくなる。
歩牌歩歩歩歩歩酔歩
孔 飛
水記鼓獅玉無砲神車
「じゃあ早速スターターデッキで指してみよう」
「はーい」
3分後。
「詰んでますよ?」
「え」
「……これはひどい」
「油断したら即死じゃない!」
「誰でも数手で詰ませることができる。とても初級者向けですね」
……古将棋の怖さがよくわかるスターターデッキだ。
しかしこれで製品化のためのハードルはクリアした。
難しいイラストやデザインはないので、1ヶ月もあれば製品化に必要なものは全部そろう。
印刷所にデータを入稿すれば1~2ヶ月で完成だ。
TCGだけでなく、これまで考案してきたゲームもまとめてパッケージ化する。
こうして本格的に当店オリジナルゲームを製作し始めてから半年後。
「時は来た」
満を持して、うちの店で開封イベントを行う。
ゲーマーは新作の封を切る日(発売日や入荷日)に来るからだ。
ざわ……ざわ……
いつもの静けさが信じられないほど客が入っている。
これからはオリジナルゲームの試遊や開封イベントも積極的にしたほうがいいのかもしれない。
「こんなにお客さん来たら働かないといけないじゃない」
「働けないと潰れるんだよ!」
フリードリンクにして正解だった。
ドリンクバーを設置しておけば定期的に補給するだけでいい。
スイーツもメニューを限定しているからどうとでもなる。
だがここはゲーム喫茶であり、メインはスイーツでもジュースでもなくゲーム。
インスト(ルール説明)だけでも忙しいのに、どれだけ確認したつもりでもルールブックには誤字脱字があって混乱する。
その場でエラッタ(印刷物の誤字脱字や間違いなどの訂正表)を作って配ったりと目まぐるしい。
しかも、
ブツンッ
「え」
「停電!?」
唐突に電源が落ちた。
なぜかブレーカーを戻しても灯りがつかない。
しかし薄暗いだけならどうとでもなる。
ざわ……ざわ……
事態を収拾するため壇上に上がった。
「えー。未払いのせいか電気を止められてしまいましたが……。当店は電源不要のアナログゲームカフェなので何も問題ありません」
元ネタはゲームマーケットで停電したときのスタッフの名言「当イベントは電源不要のテーブルゲームイベントなので何も問題ありません」です




