目隠し将棋セット【ブラマンジェと凍頂ウーロン茶】
「目隠し将棋で新しいゲーム創れないか?」
「たまにプロ棋士がやってる、目隠しして指すアレ? 初級者じゃ盤面覚えられないでしょ」
「うーん、やっぱり難しいか」
目をつむる、盤が見えない。
ただそれだけでゲーム性はかなり広がると思ったのだが……。
やはり一筋縄ではいかない。
「ではチェスのよーにしまショー!」
「チェス?」
「ショーギは持駒でピースが戻ってきマスが、チェスなら戻ってきまセン」
「妙案ですね。チェスはどんどん駒が減っていくわけですから、将棋よりもずっと簡単です」
「じゃあ駒を取り捨てにして、盤を小さく、駒を少なくすればいいのか」
「縦6×横3ぐらい? 問題は駒だけど……」
「たぶん桂馬と角系統の駒なら目隠ししても指せるはずだ」
「どうしてですか?」
「移動できるポイントが限られてますから」
「あ、位置を特定しやすいんですね」
桂馬は動きが特殊で、特定の位置にしか移動できない。
角もそうだ。
何度か言及されているように、チェス盤は白黒に色分けされていて、白マスにいる角は白マスだけ、黒マスにいるビショップなら黒マスにしか移動できない。
仮に目隠し将棋で居場所がわからなくなっても、その性質で位置を特定することができるのだ。
「ナイト系の跳ねる駒と、角みたいに斜めにしか移動できない駒を中心にデッキを組めばいけそうね」
「そうだな」
ソフトに解析させたらすぐ必勝法を割り出されそうだが。
普通の人間が最善手を指し続けるのは難しいから問題ないだろう。
「この盤とデッキなら問題なく指せそうだな。さて、対局前の腹ごしらえだ。なに食う?」
「白ジェリイ」
「は?」
「『若草物語』で風邪を引いたローリーに、ジョーが持っていったやつよ。夏休みの『不幸な宴会』にも出てきたわね、失敗したやつだけど」
「あー、ブラマンジェだな」
「え、ゼリーじゃないの?」
「一応ゼラチンで固めるからゼリーの一種といえるかもしれん」
「アリスはノー・ゼラチンでプリーズ!」
「ゼラチン抜きのブラマンジェ? 正気か?」
「それがホンコンりゅーデス」
変な食文化だ。
飲むヨーグルトみたいなもんか?
ただ若草物語では、喉が痛くてもこれなら食べられるだろうという心遣いで差し入れしたお見舞いの品だ。
風邪にはこっちの方がいいかもしれん。
ブラマンジェではアーモンドを使うが、匂いの似てる杏仁で代用した。
ついでに白ゴマも加えて中華風にする。
そうして俺が準備していると、
「ふな~ご」
瑞穂が猫の千早を連れてきた。
白ジェリィと一緒に3匹の子猫を抱いてきたのが元ネタだろう。
「お茶は凍頂ウーロン茶だ」
茶壺(中国の急須)、茶海、聞香杯にお湯を入れて器を温める。
そして茶壺に茶葉を入れ、高い位置から円を描くように95度の熱めのお湯をそそぎ、フタをする。
さらに、
「え、なにしてんの?」
茶壺にお湯をかけた。
「こうすれば茶壺の中と外の温度差がなくなって高温を保てるし、味もよくなる」
「へー」
茶壺のお茶を茶海へそそぎ、茶海で聞香杯へお茶をつぎ、聞香杯のお茶を茶碗へ。
「この細長い器は湯冷ましですか?」
「いえ、聞香杯です」
「フレーバーを楽しむものデスよー」
「直接お茶の匂いを嗅ぐんじゃなくて、残り香を嗅ぐのね」
聞香杯でお茶の香りを『聞く』。
「花の香りがします……」
「蘭の香りですね。春摘みですから」
台湾を代表する青茶だから、味も香りも格別だ。
ブラマンジェにもよく合う。
「たぷたぷデス」
色々飲みすぎだ。
「じゃあ目隠し将棋といくか」
記憶力ならアリスだろう。
将棋に関する短期記憶なら自信はある。
だが単純な記憶力では勝負にならない。
「4四ポーン!」
ということでアリスと対局する。
初級者には縦6×横3ぐらいがベストだろうが、上級者向けにもシステムを構築しておいたほうがい。
なのでもう少しボードを大きくして、持ち駒制度ありで試してみる。
「2五天狗」
「ぬ」
頭で考える限り、俺の方が若干優勢に感じるものの。
「6一ポーン・プロモーション!」
「?」
ここで歩成り?
いつもの癖でポーンといっているが実際は歩だ。
クイーンに成るわけではない。
だがこのタイミングでと金にする意味が分からない。
それからもアリスの『妙手じゃない妙な手』が続き、盤面がどんどん混沌としていく。
「あ」
先が読みにくくなってきた所でハッとする。
これは可能性を広げる手だ。
将棋では優位に立つと局面を単純化する。
選択の範囲が狭くなれば深く読めるようになるし、相手の将棋も直線的になって詰めやすくなる。
アリスは逆に選択肢を増やし、盤上を混沌とさせていた。
「ちっ」
これでは俺も最善手を指すのは難しい。
ただし選択肢を広げ、俺に無理やり次善手を打たせているだけにも思える。
アリスは決め手に欠けていた。
「勝てる」
そう思った時が一番危ない。
「ダブルポーン!」
「なに?」
「二歩よ。あんたの負け」
「うあ、しまった!?」
「ふふん。まんまとアリスのじゅっちゅーにハマりマシたネ」
「なんだと? お前、手を広げたのは反則勝ち狙いか!?」
「ぬふふ」
「くっ……」
二歩、すでに駒がある場所に駒を打とうとする、そこにない駒を動かそうとする、行けない場所に行こうとする。
盤上を混沌とさせ、相手に反則を指させるのが目隠し将棋で勝つコツらしい。




