早指し将棋セット【コーヒーゼリーとアイスコーヒー】
「今日は何をしましょうか?」
「電撃戦!」
アリスが手をあげて叫んだ。
「ぶりっつ?」
「早指しのことだ。一回り大きい盤が必要だな」
「どうして?」
「ショーギの駒はつまめまセン」
「は?」
「チェスの駒は立体でつまみやすいが、将棋の駒は平坦で盤にべったりついてるだろ? 小さい盤で駒が密集していると駒を取りにくいし、他の駒にぶつかってしまうんだよ」
「なるほどね」
大盤(TVの盤面解説で使われるマグネット式の盤駒)を横にし、古将棋の駒を並べ、チェスクロックをセットした。
「一分切れ負けでいこう。一度やってみたかったんだ」
お互い合わせて120秒。
一手一秒と考えるとだいたい将棋の平均手数と同じだが、時間内に詰ませるのは無理だろう。
たぶん先に60秒を使い切った方の負けだ。
「おやつを賭けよう。なに食う?」
「コーヒーゼリーをプリーズ」
「また変わり種を」
「カイガイのショップではあまりセールしていまセン」
「そうらしいな」
コーヒーゼリーを作らないことはないのだが、日本のように1パック100円で売られているようなことはあまりないらしい。
「コーヒーゼリーならケニアやコスタリカなんだが、ここはあえてアイスコーヒーにしよう」
「なんで?」
「あとでわかる」
まずは普通にコーヒーゼリーを食べる。
これだけでも十分うまい。
だがここからが本番だ。
「もう1つあるぞ」
コーヒーゼリーを豆腐のように掌の上でサイコロ状にカットしてグラスへ。
そしてアイスコーヒーにチョコレートシロップとガムシロップを混ぜてゼリーにかける。
仕上げにホイップクリームを盛り、砕いたチョコを散らせば出来上がり。
「モカ・フロスティだ」
「びゅりほ!」
こうすればコーヒーもゼリーも二度楽しめる。
単品で注文してもイケる品だ。
特に夏場は堪らない。
「では手番を決めましょう」
「はい」
『振り駒』をする。
歩を五枚取って盤に落とし、表が多ければ先手、裏が多ければ後手だ。
駒を落す。
歩が3枚。
「俺が先手ですね」
チェスクロックを押して対局開始。
とにかく手を止めないことが重要だろう。
序盤は定跡通りに進み、時間差は開かなかった。
だが本番はここから。
盤の中央で駒がぶつかり、攻め合いが始まる。
誰が言ったか『将棋は逆転のゲーム』。
悪手の多い方が負けるのではなく、最後に悪手を指した方が負ける。
早指しなら尚更だ。
だから中盤まではミスを恐れずに指す。
俺は積極的に攻勢を仕掛け、先生の駒を取り、敵陣に攻め込んだ。
いい感じだ。
これなら時間内に詰められる可能性も……と時間を確認する。
「え」
我が目を疑った。
先生より4秒多く消費してる。
なんでこんなに差が……と思いながら、ターンとチェスクロックを押した。
「ん?」
そうだ、チェスクロックだ。
公式戦では、チェスクロックの位置は後手が決める。
今回は先生が後手だから、先生の利き腕である右手側、つまり俺の左側に置かれていた。
俺は右利きだからかなり押しにくい。
プロの対局だとチェスクロックは記録係が管理してくれるものの、アマチュアは自分で押さなければいけない。
公式戦では『駒を指した手と同じ手でボタンを押さないと反則負け』になる。
そうしないと左手をチェスクロックに置き、右手で指す奴が現れるからなんだろうが。
夢中になると、このルールを忘れて失格になる奴が毎回のように出てくる。
改めて考えると、早指しで後手がチェスクロックの位置を決めるのはおかしい。
先手の方が常に後手よりも一手多いわけだから、通常の対局とは逆に先手がチェスクロックの位置を指名するべきなのだ。
だがもそんなことを指摘している時間はない。
持ち時間で負けているのなら、時間内に詰ますまで。
獅子で一度に二枚の駒を取り、飛将を走らせて更に一手で二枚の駒を取る。
勝ち筋だ。
なのに先生が捨て駒をしかけてきた。
捨て駒の意図を計っている余裕はなく、反射的にそれを取って駒台に置き、次の一手でその駒を盤上に打つ。
それを繰り返す。
不自然に。
「あ!?」
しまった、罠だ。
早指しで無駄に駒を取ってはいけない。
なぜなら取った駒を駒台に置くために手が盤の外へ移動して、無駄な時間を使ってしまうからだ。
将棋盤と駒台の位置の例
駒台は盤の右側に置くのが普通。
持ち駒を打つ場合も手が外に出るから、無駄に時間を使ってしまうわけだ。
「うふふ」
そしてまた捨て駒を仕掛けてくる。
取ってなるものかと無視していたら、先生は歩を前に進めて『と金』にした。
「う」
取ればタイムロス。
取らなければ自陣をかき乱される。
軽いパニックになる。
ブー
そうこうしている内に時間切れ。
「……参りました」
早指しは意外に奥が深い。後半のミスに気を付けて、ただ早く指せばいいんだと思っていた。
まさかこんな戦い方になるとは。
「早く指すだけなら自信あったんだがな……」
「あんた手早いもんね」
違う意味にしか聞こえない。




