シューティングセット【アンバタとグアテマラ】
「シューティングカフェというのがあるらしい」
「なにそれ」
「エアガンを撃てるカフェだ。面白そうなんで、うちでもやってみようと思うんだが」
「どんどんカフェの方向性を見失ってるような気がするんだけど……」
「……気のせいだ。というわけで精密射撃といこう」
プレシジョン用のエアガンを渡す。
「コッペパンをよこせっ!!」
「銃口を人に向けるな」
これだから初級者は怖い。
「いいか、エアガンを扱う時は実弾が入っていると思え。銃口を人に向けない、銃口を覗かない。撃つ時以外は引金に指をかけない。それから人が正面にいる時は撃つな」
「はーい」
不安だ。
「まず銃の握り方からいこう。ちょっと握ってみろ」
「こう?」
「それがダメな握り方だ」
「え、なんで?」
「人差し指と親指を伸ばしてみろ、Lの字を逆にした感じになるだろ?」
「カタカナのレっぽいけど」
「……Lとレの違いはどうでもいい。とにかくこれだと親指を全然使わず、銃を横から握ってる形だ。これじゃあ撃てない。Vの字にしろ」
「銃が指の股の真ん中に来るように握ればいいのね」
「ああ」
Vの字に握ると手首の延長線上に銃がくるので、反動の大きな銃を撃っても手首で吸収できる。
「それでしばらくじっとしてろ」
瑞穂に密着して腕を取る。
「え。な、なに!?」
「動くな」
ヒールレストのネジをレンチで緩め、瑞穂の手に銃のグリップを合わせる。
エアガンを握った状態でないと合わせにくいので、調整は二人でやった方がいい。
「それとトリガーだな」
ネジを緩めて前後に調整。
トリガーが遠すぎると指先で引いてしまう。
すると斜めに引くことになり、銃口が右に左に動いてしまう
トリガーは真後ろに引くもの。
肝心の指とトリガーの位置があっていないようでは、撃つ以前の問題だ。
「こうやってスライドを引けば空気が圧縮されて撃てるようになる。コッキングってやつだ」
「へー」
「さて……」
ソフトダーツは的まで244センチだが、倍の5メートルの距離を取る。
高さも173センチではなく、140センチの高さにターゲットペーパーをセット。
「こ、こんなに小さいの?」
「競技ではもっと小さくなるぞ」
ソフトダーツの的は39.4センチだが、ターゲットペーパーは10センチだ。
「照準はフロントサイトとリアサイトを重ねる。フロントサイトは銃口の上にあるやつで、リアサイトは銃身の後ろにあるやつだな」
「この凸凹したやつ?」
「ああ。リアサイトの凹の真ん中にフロントサイトの凸を入れる感じで狙え」
「ラジャー!」
ぷるぷる
返事は勇ましかったものの、手が震えていた。
「……意外に重いのね」
「1キロもないぞ」
「1キロ近くあるんでしょ!」
物は考えようだ。
「初級者に普通に撃たせようとしたのがまずかったな。まずは座ってから撃とう」
瑞穂を椅子に座らせ、テーブルも移動させる。
「なんで私の前にテーブル置くの?」
「腕を安定させるためだ」
テーブルに本を積む。
「椅子を動かして横向け。それから右半身で銃を構えろ、腕は本の上に置け」
「こう?」
「あとは撃つだけだ」
「ばーん!」
「一発撃ったらコッキング」
「ラジャー」
コッキングして圧縮空気を作りつつ、パン・パン・パンとマガジンから弾がなくなるまで撃ち続けた。
紙には広範囲に穴が開いている。
「腕固定してるのに結構外れるもんね」
「トリガーを引くっていう単純な動作でも銃口は動くってことだ。なるべく横へずれないように撃て。縦に弾痕が集まるようになれば上達した証拠だ」
「ダーツと同じね」
「そうだな。ハンドガンはダーツと共通点が多い」
マガジンにBB弾をして、再び試し撃ち。
そろそろ感触も掴めただろう。
「じゃあ次は立って撃つぞ、ダーツと同じ感覚で立ってみろ」
「こう?」
右半身になり、足を肩幅に開いた。
といっても、的に対して完全に体を横に向けているわけではない。
体を横に向けるサイドスタンスは、顔・手・肩・足が一直線に並ぶので照準はしやすくなるかもしれないが、首や体をひねることになる。
体が柔らかければ問題ないが、そうでなければ負担が大きい。
だから完全に横は向かず、右足を開いた構えが好まれている。
いわゆるスタンダードスタンスだ。
ただしスタンスの名前は統一されているわけではない。
オープンスタンスやミドルスタンスと呼ばれることもある。
「ダーツみたいに重心は前にしなくていいぞ。ダーツは投げる動作でどうしても重心が移動してしまうから、右足に体重をかける。だがエアガンならトリガーを引くだけだから、そんな必要はない」
「なるほど」
「照準は狙う場所より下。フロントサイトの上に的を乗せるイメージで狙え。それから初級者は的に目のピントを合わせがちだが、ピントを合わせるのはフロントサイトだ。撃ってみろ」
「ん」
瑞穂が片目をつむる。
「あー、ちょっと待った」
瑞穂にニューヨークのヤンキー集団の帽子をかぶせ、ひさしに半透明の板を取り付けて左目の視界を遮る。
「なにこれ」
「目はつむるな。ギュっとつむると顔に余計な力が入って、首や肩まで力むことになるぞ。そこでこのブラインドだ」
「なんで半透明なの?」
「左右の目で明るさが違うと感覚が狂うらしい。あくまで自然に片目で照準できる工夫だ」
「へー」
瑞穂が立った状態で試し撃ちをする。
いい感じだ。
ターゲットペーパーがハチの巣になっていく。
「……これ、どこに当たったのか分からなくない?」
「慣れるしかないな」
撃てば撃つほどターゲットペーパーに多くの穴が開き、どこに弾が当たったのか自分でもわからなくなる。
目が悪いときついだろう。
「じゃあゲームをしよう。コッペパンでいいな?」
「えー」
「お前が要求したんだろうが」
「仕方ないわね。じゃあ、あんことバターちょうだい」
「あんことバター?」
「コッペパンに挟むの。アンバタよ。知らないの?」
「知らん」
あんこにバター、かなりこってりになりそうだ。
まあ、味もそっけもないコッペパンにはそれぐらいのインパクトは必要だろうが。
「ららら、コッペパン♪」
鼻歌交じりにアンバタを作り始めたので、こっちは飲み物を用意する。
グアテマラのコーヒーがいいだろう。
「あ、バターがいい感じ」
「だろ?」
コーヒーオイルと調和してうまみが出ていた。
それにこしあんとグアテマラが合わさると甘味に深みも出る。
アンバタ、意外に行けるかもしれない。
「競技はブルズアイだ」
競技用のターゲットペーパーをセットする。
的の大きさは60ミリ。
中央の黒い丸は22ミリ。
的は多重円になっており、外から順番に5・6・7・8点、黒丸の中は9・10点と、中央に近いほど高得点になる。
一番小さな10点の黒丸は11ミリだ。
ダーツのアウターブルが44ミリで、インナーブルが16ミリだからいかに小さい的かよくわかる。
「お互いに3発ずつ撃っていこう」
「OK」
まずは俺から撃つ。
瑞穂の銃はマガジン式だが、俺のはBB弾を一発一発装填しながら撃つものだ。
いちいち装填するのは面倒臭いが、しかしこれをすることで一定のリズムを保てる。
いわば野球選手がバッターボックスで行うルーティーンと同じだ。
装填。
コッキング。
構え。
照準。
撃つ。
これを繰り返す。
装填する動作があるおかげで、適度な間が開く。
この間がいい。
「次は私ね」
パン・パン・パン。
「はい、次」
……早い。
俺は冷静にルーティーンを守り、じっくりと正確に2ラウンド目の射撃をこなす。
そして、
パン・パン・パン。
「はい、あんたの番」
「早すぎだろ!」
「あんたが遅いのよ」
「ちっ」
自分のラウンドではペースを守れているが、瑞穂の射撃が早すぎて一息吐く暇もない。
落ち着いてルーティーンを……
「あ」
手が滑ってBB弾を装填しそこなう。
慌てて次弾を装填するも、ルーティーンが乱れた。
まずい。
本来なら自分を落ち着かせるための動作が、こうなると返って動揺を誘う。
「はずれー」
「くっ」
……そういえばダーツでもそうだった。
たぶん何も考えてないせいだろう、こいつは異常なペースで3本投げる。
俺が投げたダーツを回収して、次のラウンドまでにお茶でも一杯飲もうかと思っても、コップを握る前にもう投げ終わっているのだ。
そして自分が投げたダーツもすぐに引き抜き、気付けば俺のラウンドになっている。
そのハイペースに巻き込まれてしまうと、自分の投げるペースも早くなってしまい、リズムが狂って自滅する。
……まさかダーツと同じ轍を踏むとは。
いちいち構えなおすのも敗因の一つかもしれない。
瑞穂は一度構えると、3発続けて撃つ。
構えなおさないので反動で銃口がブレなければ3発はほぼ同じ場所へ飛ぶ。
最初の一発が10点なら、その周囲の高得点地帯へ飛ぶ可能性が高いのだ。
もちろん最初の照準がずれていたら、他の弾もてんでバラバラのところに飛ぶリスクはある。
俺は一発一発構えなおすので弾が一か所に集中することはない。
一発目が逸れても修正が効くものの、一発目が当たったからといって次も当たるとは限らないわけだ。
一長一短である。
「オー、ガンシューティング!」
俺が敗北に打ちひしがれていると、その空気をぶち壊すようにアリスが来店した。
「お前もやるか?」
「やりマス!」
「じゃあ、これを使え」
エアガンを渡し、カウンターに戻ってアリス用にアンバタを仕込む。
パン!
当たった。
おやつの用意をしていたので、俺の場所から的は見えなかったが、それでもど真ん中に当たったのがわかる。
弓道でいう『残心』だ。
矢を射った後も、矢を射る前と変わらぬ心を残す。
弓道では残心を見れば矢が当たったかどうかわかるらしい。
俺は弓道の心得なんか持ち合わせていないが、それでも当たったのがわかるということは、それほどアリスの撃ち方が完璧だったということだ。
残心で当たったか否かがわかるということは、突き詰めれば矢を射る必要性さえなくなるということ。
居合いにも似ている。
居合いは抜刀術、すなわち鞘から刀を抜くと同時に敵を切り伏せる技だが。
居合道には『勝負は鞘の内にあり』という言葉がある。
相手を斬れるかどうかは刀を抜く前にわかるのだ。
これも弓道と同じく突き詰めると刀を抜く必要がなくなる。
いわゆる『抜かずに勝つ』。
達人同士の戦いなら刀を抜かずとも自分が斬られたのがわかるからだ。
「『名人伝』の世界だな」
「名人伝って中島敦?」
「ああ。『不射之射』だ」
中島敦というと山月記が有名だが、うちの教科書には名人伝も載っていた。
「しかし、弓はどうなさる? 弓は?」
老人は素手だったのである。
弓? と老人は笑う。
「弓矢の要る中はまだ射之射じゃ。不射之射には、烏漆の弓も粛慎の矢もいらぬ」
ちょうど彼等らの真上、空の極めて高い所を一羽の鳶が悠々と輪を画いていた。
その胡麻粒ほどに小さく見える姿をしばらく見上げていた甘蠅が、やがて、見えざる矢を無形の弓につがえ、満月のごとくに引絞ってひょうと放てば、見よ、鳶は羽ばたきもせず中空から石のごとくに落ちて来るではないか。
「不射之射なら私にもできるわよ」
「は?」
「アリス」
「なんデスか?」
「Bang!」
瑞穂が指鉄砲でアリスを撃った。
「ぐはっ!?」
アリスが胸を押さえて見えざる血を吐き、膝から崩れ落ちる。
「ね、簡単でしょ?」
「それは不射之射じゃねえよ」




