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【コミカライズ掲載中】電気代払えませんが非電源(アナログ)ゲームカフェなので問題ありません  作者: 東方不敗@ボードゲーム発売中
本編

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推理ゲームセット【ハムサンドとアメリカンコーヒー】

「暇そうですね」


「……このざまですから」

 入院中で満足に部屋から出ることもできず、ベッドの上で毎日暇を持て余していた。

「ではこれを読んでみてください」

「はぁ……」

 先生に冊子を渡され、パラパラとめくる。


『天皇は兄姫えひめ弟姫おとひめが美しいとお聞きになって、御子みこ大碓命おおうすのみことつかわしました』


記紀きき神話ですか?」

「はい。著作権切れの現代語訳をいじってみました」

 記紀神話は古事記と日本書紀で語られている神話を意味する。

 妙に文体が古臭いわけだ。

 納得して続きを読む。


 大碓は姫を自分のものにして、景行天皇には偽者を送った。


 しかしあえなくバレて会わせる顔がなくなり、引きこもってしまう。

『お前の兄はどうして出て来ないのだ。お前が引き受けて教え申せ』

 双子の弟の小碓おうすにそう命じたものの、5日経ってもやはり大碓は出て来なかった。

『どうして出て来ないのだ。もしやまだ教えないのか』

『もう教えました』

『どのように教えたのか』


かわやに待っていて捕まえ、手足を折ってこもに包んで投げ捨てました』


 つまりトイレで待ち伏せして殺したのである。

 現代的な感覚からすると残酷なようだが、天皇が召そうとした姫を奪い、小碓が御前に引き出そうとした時も抵抗したのだろう。

 殺されても文句はいえない。

 ただ理由はどうあれ、実の兄を殺した小碓を天皇は疎むようになり、


『西に熊襲建クマソタケルあり。まつろわぬもの(朝廷に従わない者)を平定せよ』


 小碓は命じられるがままに九州へ向かい、女装して屋敷に忍び込み熊襲建を刺殺する。

 熊襲建は今際の際にこう言い残した。


『今からは大和建ヤマトタケルと申されるがよい』


 タケルは現代の言葉でいうなら『英雄』。

 つまり熊襲建は熊襲(朝廷と対立していた九州の部族)の英雄であり、大和建は文字通り大和の英雄を意味する。

 熊襲建を征伐した大和建は、出雲の国でも出雲建イズモタケルをだまし討ちにし、その首を手土産に朝廷へ帰還した。

 しかし、


『東方諸国のまつろわぬものを平定せよ』


 待っていたのは父の非情な命令だった。

 大和建は伊勢神宮の出征祈願で、巫女である叔母の大和姫に泣きついた。


『父上はわたくしを死ねと思っていらっしゃるのでしょうか』


 天皇は大和建に充分な兵力を与えていない。

 まともに戦争をしても勝ち目がないから、大和建は知略を巡らして熊襲建を暗殺し、出雲建をだまし討ちにするしかなかったのだ。

 大和姫は泣きつく大和建を慰め、三種の神器の一つ『天叢雲あめのむらくも』を渡し、


『もし急の事があったなら、この袋の口をおあけなさい』


 と謎の袋を授けた。

 袋の正体はわからないものの、神器を手にした大和建に怖いものはなく、悠々と東国へ向かった。

 そして天叢雲の神通力を以って瞬く間に東方を平定。

 さらに東進して相模の国へ向かう。

 すると相模造さがみのみやつこ(相模の役人)が、


『野に大きな沼があります。その沼に住んでいる神はひどく乱暴な神です』


 大和建は興味を引かれ、一目でいいから神の姿を拝もうと沼地に足を踏み入れる。

 ところがそれは罠だった。

 相模造は火を放ち、大和建を焼き殺そうとする。


 大和建は『もし急の事があったなら、この袋の口をおあけなさい』という大和姫の言葉を思い出して袋を開けた。


 中に入っていたのは火打ち石。

 大和建は天叢雲で周りの草を薙ぎ払い、火打ち石で草に火を着ける。

 こちらへ向かってくる火を『迎え火』によって消化し、大和建は相模造を討伐した。

 草を薙いで危険を脱したことから、大和建は天叢雲を『草薙の剣』と改名する。


 ちなみに深夜ドラマ『ペテン』の劇場版『霊能力者バトルロワイアル』で、このシーンが再現されていた。


 周りに油を撒いて内側から火を着けると、火は中から外へと広がって、外から来た火と合流して燃え尽きる(周囲の草はもう燃やしているので、外から火が来ても燃えるものがない)。

 実際にできることなのかと感心してしまった。

 このシーンだけでも観る価値がある。

 オススメのB級ドラマだ。

 その後、大和建は走水の海(浦賀水道)を渡ろうとしたが、神の怒りを買ってしまい、嵐を起こされて漂流してしまう。

 そこで妃の一人である弟橘おとたちばな姫が、


『わたくしが御子みこに代って海に入りましょう』


 と入水じゅすいして生贄となり、神の怒りを鎮めた。

 傷心の大和建は、尾張の国で『美夜受みやず姫』と結婚して束の間の安らぎを得る。

 やがて大和建は草薙の剣を美夜受姫に預けると、


『この山の神は素手で取ってみせる』


 と武器を持たずに一人で『伊吹山の神』を退治しに向かった。

 伊吹山の道中で大和建は白い猪に遭遇する。


『この白い猪は神の従者だろう。いま殺さないでも帰る時に殺してやろう』


 しかし神の使いと侮っていた白猪こそ、実は伊吹山の神だった。

 山の神はひょうを降らせて大和建をしたたかに打つ。

 おそらく岩のような氷の塊を降らせたのだろう。

 大和建は重傷を負い、杖付きながら帰ろうとするが、ついに力尽きて死んでしまった。

 そこまで読んだところで唐突に、


『読者への挑戦』


 の文字が目に飛び込んだ。

「は?」

 急展開に度肝を抜かれる。


『必要な手がかりは全て晒した。さあ、真相を推理してみよ』


「え……。ミステリなんですか、これ?」

「はい。いわゆる『ベッド・ディテクティブ』ですね」

「あー、だから歴史ネタなのか」

 ミステリには『安楽椅子探偵』と呼ばれるジャンルがある。


 現場に行かず、安楽椅子で人の話だけを聞いて推理する探偵だ。


 ベッド・ディテクティブは和製英語で、怪我や病気によって入院を余儀なくされた探偵が暇つぶしに安楽椅子探偵をするというジャンルである。

 日本だと義経伝説や邪馬台国などを題材にした歴史ミステリ『秘密』三部作が有名だ。

 このジャンルの元祖からしてリチャード三世の謎を解く話なので、ヤマトタケル伝説は格好の題材というわけだ。

「さあ、犯人は誰でしょう?」

「誰でしょうって言われても……」

 推理小説的な視点でまったく読んでいなかった。

 とりあえず古事記の登場人物をまとめてみる。


景行天皇 美夜受姫 相模造 弟橘姫 大和姫 出雲建 熊襲建 大碓 兄姫 弟姫


 この中で生きているのは景行天皇・美夜受姫・大和姫・兄姫・弟姫か。

 怪しいのは景行天皇だ。

 しかし証拠がない。

「うーん……」

 悩んでいると先生がバスケットと水筒を取り出した。


「差し入れです」


「ありがとうございます」

 ハムサンドとアメリカンコーヒーだ。

 変わった風味がする。

 隠し味としてマヨネーズに味噌を混ぜているらしい。


 ……たぶん『名探偵小南』で安室零が作っていたサンドイッチだ。


 ミステリマニアが泣いて喜びそうな差し入れである。

「さて……」

 一息吐いたところで、もう一度冊子を読み返す。

「ん?」


 引っ掛かりを覚えたのは大和姫が火打ち石を渡す場面。


 大和姫は巫女だ。

 相模造が大和建をダマして火攻めをすると『神のお告げ』があり、火打ち石を渡したと考えられる。


 大和建に直接お告げの内容を告げなかったのも『願い事を口にすると願いは叶わない』のと同じで、口にするとお告げの効力がなくなるから間接的に火打ち石を渡したのだ。


 そう考えれば筋は通る。

 だがこれはミステリ。

 神さまのお告げのような不確かなものを鵜呑みにしてはいけない。

 もしもそんなお告げなどなかったとしたらどうなる?

「……神のお告げ以外で大和姫が『相模造が大和建をダマして火攻めにしようとしている』って情報を入手することはできませんよね?」


「そうですね。まともな諜報機関もない時代に、伊勢神宮の巫女が相模の情報を入手することは難しいでしょう」


「もし大和姫が情報を入手できたとすれば、それは内部犯行以外にありえないと?」

「そうなります」

「内部犯行なら大和姫が情報を入手できたとしても不思議はない。犯人は大和建を暗殺して相模造に罪をなすりつけようとした」

「では、なぜ大和姫はその情報をそのまま大和建に伝えなかったんでしょう?」


「伝えられなかったんですよ。犯人が景行天皇だからです。大和建は大和姫に泣きついてますから。そんな状況で父親に命を狙われているなんて言えません」


「む、やりますね」

「それほどでも」

 むしろ古事記や日本書紀を読んでこんな推理をしていた先生の方がやばい。

「……大和建はもしかしたら袋の中に火打ち石があった時点で、真相に気づいてたんじゃないですか?」

「可能性はあります」

「たぶん走水の海で襲い掛かってきたのも、景行天皇が手引きした追手ですよね。弟橘姫は囮になって大和建を逃がした」

「どうやって追っ手を引きつけたんでしょう?」


「男装ですかね。大和建は女装して熊襲建を暗殺してますから、女性的な顔立ちをしていたと推測できます。追っ手が大和建の顔を見たことがなく、また女性的な顔立ちをした男という情報しか持っていないのなら、乙橘姫が男装することで追っ手を引きつけることができたはずです」


「なるほど」

「そして父が自分の命を狙っていると知った大和建は、伊吹山で『神』、すなわち『お上』である景行天皇と密談した」

 おそらく使者と密談したのだろうが、景行天皇が自ら東国へ足を運んだ可能性もないわけではない。

 大和建が死ぬところを自分の目で確認したがるはずだろうからだ。

 大和建は大和の英雄なので適当な死体、たとえば双子の兄である大碓の死体を大和建だと偽って、大和建を逃がす可能性がある。

 この時代は火葬ではなくて土葬だから死体もあるはず。

 ……保存状態は悪いだろうが。


 ようするに替え玉だ。


 ただ替え玉の可能性を考えると、最初の殺人からして怪しくなる。

 兄が処刑されてしまうと考えた大和建は、殺人事件をでっち上げて兄を逃がした可能性が浮上するからだ。

 推理小説ならこの場合、伊吹山で殺されたのは大和建ではなく兄だろう。

 一度大和建に命を救われているので、借りを返したわけだ。

 もしくは景行天皇は大碓が殺される前から大和建を疎んでおり『大和建は替え玉を用意するために兄をかくまっていた』というのもありだろう。


「『この山の神は素手で取ってみせる』は、うぬぼれとも取れる言葉ですけど……。瑞穂がプレイしてた『ストラテジーオウガ』っていうゲームでも似たようなシチュエーションがありました。主人公が一人で武器を持たずに敵地へ向かうと、説得によって戦闘を回避できる『無血開城』イベントです」


「つまり話し合いのために単身丸腰で山を登ったと?」

「そう考えるのが妥当でしょう」

「100点満点です」

 パチパチパチと先生が拍手した。

 どうやら無事に真相へたどり着けたらしい。

 ホッとして冊子を閉じる。


「証明終了(QED)」


 一度言ってみたかった。


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