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フードファイトセット【ビフテキと炭酸水】

「うちの店でも大食いチャレンジ企画をやってみようと思う」


「全部食べきったらタダになるやつ?」

「それだ」

「フードファイト!」

「ゲームに勝てばタダになるわけですから、大食いがあってもいいと思います」

「賞金は出ないの?」

「出せるわけないだろ」

 タダで食べられた上に金まで取られたら死活問題だ。

「参考に試食してみてくれ。なにが食いたい?」


「ミートプリーズ!」


「じゃあステーキだな」

「ぬふふ、食べつくしマスよ?」

「出来るかな?」

 アリスは痩せの大食いだ。

 空手をやっているので普段は節制しているが、ストッパーがない場合、黙々といつまでも食い続ける。


 一般的に大食いは肥満児向きだと思われているものの、脂肪で圧迫されて胃が広がらないから意外と大食いには向かない。


「私もビフテキね。それとコーンスープとパン」

「銀河鉄道セットだな」

 名作アニメ『銀河鉄道666』でエーテルが注文していたものだ。

 他の話ではビフテキとラーメンを一緒に食べたりしており、実はかなりの大食いキャラである。

「あと炭酸水ね」

「炭酸水?」


「ビフテキといえば炭酸水でしょ」


「何の話だ」

「大逆転サヨナラ裁判」

 どうやらゲームに出てきたメニューらしい。

 とりあえずこいつに完食する気がないのはわかった。


「シャリアピンステーキをお願いします」


「あ、料理漫画でよく見るやつ」

 歯が悪くて硬いステーキを食べられなかったオペラ歌手のために作られたステーキだ。

 肉を叩き、みじん切りのタマネギに漬けて柔らかくしたという。

「焼き加減は?」

「ウェルダン!」

「私はミディアム」

「レアでお願いします」

「あいよ」

 極上のサーロインを丁寧に切り分けていく。

 ロインは腰肉。


 ヘンリー8世があまりの美味さに爵位を与えたことから、サー・ロインと呼ばれるようになったらしい。


 パパッと片面にだけ塩コショウを振り、ほどほどに火を通してレモンのスライスとバターを乗せる。

「大食いはこれで全部じゃないんでしょ?」


「ああ。このステーキなら5枚で完食にする予定だ」


「……うえ、絶対無理」

 巨大なステーキ1枚や2枚ではなく5枚と小刻みに分けているのは、挑戦者が失敗した場合に食材のロスを減らすためだ。

 お持ち帰りOKでも、挑戦に失敗したものを持ち帰りたがる客は少ないだろう。

 ほとんどの挑戦者は食べ過ぎて見るのも嫌になっているはずだ。

 先生の肉にはあまり火を通さず、タマネギのステーキソースをかける。

 アリスの分はこんがり焼きあげてステーキ皿に盛った。

「へいお待ち」


神戸牛コービー!」


「……山形牛だ」

 神戸ほどの知名度はないが、良質な肉である。

 同じ山形の米沢牛なら、神戸牛とだって正面からやりあえるだろう。

「いただきマス!」

 アリスは肉の塊を器用にナイフを操りながら食い始めた。

 ステーキはぶ厚い。

 高価な柔らかい肉でもそれなりに噛みごたえがあり、噛む回数が自然と多くなる。

 満腹中枢は噛めば噛むほど刺激されるものだ。

 おまけにアゴも疲労する。

 おそらく大食いの5枚目ともなると、口がまともに動かなくなるだろう。


 それを本能的に理解しているのか、アリスは肉を小さく切り刻んでいた。


 だがさすがにそれだけでは足りない。

 重要なのは味も変えること。


 焼肉屋で5キロを平らげる人間が、ステーキの大食いになると3キロも食べられないことがある。


 それは焼肉のメニューが豊富だからだ。

 様々な味のバリエーションがあって飽きが来ない。

 だが大食いは基本的に同じものを延々と食べ続ける。

 味に変化がなければ、たとえそれが大好物であろうとも食べ続けている内に苦痛となっていく。

 瑞穂のステーキには666風にレモンとバターをつけているが、アリスの味付けは塩コショウだけ。

 付け合せのにんじんやポテトで目先を変えるにも限界がある。


 だからあらかじめ、テーブルから余計な調味料は排除していた。


 異変に気付かない限り、アリスは単調な味付けで食べ続けることになるだろう。

 我ながら見事な戦略だ。


「わさびと醤油そいそーすをぷりーず」


「ちっ」

 ……あっけなく俺の戦略が崩壊する。

 飽きが来ないように醤油やわさび、ポン酢、大根おろし、七味、レモン、ソースとあらゆる調味料を使いこなしていた。

 他に大食いのコツといえば、


「らいすをぷりーず」


「あいよ」

 食べる量は増えてしまうが、主食があれば食も進む。

 肉の切り方も徐々に変えた方がいい。

 切り方が違えば食感も変わるし、ソースの馴染み方も変わって味が変わる。

 もし肉の焼き加減を変えてもらえるのなら、素直に変えてもらった方がいい。

 アリスはほぼ完璧な戦略でステーキを平らげていた。

 しかしあくまでそれも大食いに関することだけの話。


ピピピピピッ……


「時間だ」


「ほわっと?」

 アラームを止める。

「時間をかければ誰でも完食できるし、店の回転率にもかかわる。制限時間があるのは当たり前だろ?」

「聞いてまセン!」

「勝利条件はゲームで最も重要な要素だ。ちゃんと確認しておくべきだったな」

「ぐぬぬ!」


「10000円な」


「ふぁっ!?」

「試食だからこれでも安くしてるんだぞ」

「のー!?」

 ボロイ商売だ。


 色んな店で大食いチャレンジをやっている理由がよくわかる。


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