アンパッサン将棋セット【お汁粉とレモネード】
イラストは朱身つめさんに描いていただきました。
転載禁止。
「アンパッサン将棋を作ってみた」
「えーと、チェスの特殊ルールだっけ?」
「ああ」
アンパッサンといえばフランス語で『通りすがりに』を意味する特殊ルール。
チェスでポーンを2マス動かした時、相手のポーンはこう動くことができる。
「ポーンはアンパッサンで走り駒をカットできる」
「どういうこと?」
「こういうことだ」
実際に駒を動かしてみせる。
「ポーンが2マス進んだ時みたいに、ポーンの横を走るルックとかクイーンを取れるってこと?」
「そういうことだ。ポーンは浪人にしよう。すれ違いざまに刀で斬り捨てるイメージだな」
浪人
他の駒も和風で統一する。
将軍と世継ぎ
大名
旗本
御家人
「さすがに斜めに走る駒は斬れないが、一枚のポーンで大駒の足を止めることができるから迂闊に走れなくなる」
「強すぎない?」
「チェスはすべての駒が強いからこれぐらいでちょうどいい」
むしろ物足りないぐらいだ。
将棋のように相手の駒を奪えるようにしてもいいかもしれない。
「クイーンの代わりに中国将棋の炮を使ってもいいな」
●
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●●●炮●●●
●
●
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※前後左右に走れる
敵の駒を取る場合、必ず駒を飛び越えないといけない
炮──→馬 × そのままでは馬は取れない
炮─兵→馬 ○ 間に駒がいればジャンプして馬を取れる
「アンパッサンされないように正面から歩に突撃するか、炮で飛び越えればいいわけね」
「ああ。イラストはくノ一にしよう」
くノ一
アンパッサンに持ち駒、そして炮の駒。
複数のチェスゲームのいいとこどりのルールだ。
かなりカオスなゲーム展開になるだろう。
「さて、一局指す前になんかつまむか。なにがいい?」
「武士っぽいスイーツ」
「……オーダーが曖昧過ぎるだろ。ならお汁粉とレモネードにするか?」
「なにその組み合わせ」
「新撰組の島田魁の好物がお汁粉なんだよ」
「あー、そういえば乙女ゲームで食べてたかも」
「その甘いもの好きが高じたのか、戊辰戦争後にレモネードを売ったりしたらしい。うまくいかなかったけどな」
「へー」
新撰組の前身である壬生浪士組時代からの古参メンバーであり、なおかつ土方と一緒に北海道でも戦い、さらに戊辰戦争を生き延びた隊士は島田と尾関雅次郎ぐらいである。
途中で抜けた斎藤一や永倉新八などに比べ、あまり漫画やゲームでネタにされないのは不憫だ。
「お汁粉あまっ!?」
「糸引くほど砂糖を入れてたらしいぞ」
「いれすぎ!」
ちなみに塩もかなり入っている。
金剛型戦艦・霧島の『めしたき兵』のエピソードが有名だ。
砂糖をどれだけ入れてもお汁粉が甘くならなくて困っていると、先輩に『塩を入れたのか!』と殴られたという。
めしたき兵は祖母が『甘いも辛いも塩の味』と語っていたことを思い出し、塩を入れてみると突然変異でも起こしたように甘くなったそうだ、。
まあ、塩を入れるまでにレシピの倍の量の砂糖を入れていたので、普通の味にまで薄めることはできなかったのだが……。
レモネードと甘いお汁粉は歴史好きなら押さえておいたほうがいい。
「じゃあ、一服したところで一局指すとするか」
最初はチェスとあまり変わらない。
だが指し進めている内に、どんどんチェスからかけ離れていく。
特にやばいのはやはり歩。
敵の走り駒を封じることができる上に、
「これでプロモーション」
「ぎゃー!?」
チェスはポーンをボードの一番奥へ進ませないと成れないため、将棋よりも成る条件が厳しい。
だがこのゲームには持ち駒制度があるため、一手で浪人をボードの好きな場所に打てる。
チェスよりも遥かに少ない手数で成ることができるのだ。
しかも、
「浪人を火鬼にする」
「は?」
「ポーンは『キング以外の駒に成れる』駒だ。古将棋の駒に成れても不思議はないだろ」
「ええ!?」
チェスのプロモーションはほぼクイーン、たまにナイトに成るという固定観念がある。
しかしこのゲームはチェスではない。
チェスの駒はもちろん、シャンチーやモンゴル将棋、そして古将棋などあらゆる駒に成れるのだ。
アンパッサンとプロモーションの拡大解釈と持ち駒により、チェスの可能性を引き出す。
それがこのゲームのだいご味だ。
「こっちだってプロモーションすれば簡単に逆転できるんだから!」
瑞穂が冷静に火鬼の筋を観察して玉を逃がす。
ならばと、こちらはくノ一も前進させて敵陣に切り込む。
炮は駒を一つ飛び越えないと敵を攻撃できない不便な駒ではあるものの、このゲームならではの面白い使い道がある。
気づかなければ即死だ。
「大名もらうぞ」
さて、狙いがうまくいくかどうか。
く
│
│
│浪
浪
↓
大
※くノ一で浪人を飛び越えて大名を取った
「アンパッサン!」
すかさず瑞穂が斜め前にいた浪人で俺のくノ一を取ろうとする。
かかった。
「残念だったな、それは取れない」
「え、なんで?」
「俺のくノ一はアンパッサンですれ違う浪人を飛び越えるからだ!」
「ええ!?」
「なにかおかしいか?」
「え、えーと……。くノ一は飛び越えなきゃ相手の駒を取れないし、アンパッサンは斜め移動して同じライン上をすれ違うんだから、ルール的にはおかしくないのかしら?」
どのようにすれ違っているかで解釈がわかれる。
だが今回は瑞穂も納得したらしい。
「じゃあ浪人もらうぞ」
「大名を取られるよりマシよ」
損得勘定が理屈を上回ったらしい。
さっき取った大名を盤に戻し、炮で大名の前にいる浪人を取りなおす。
く
│
浪
↓
浪
大
※アンパッサンした浪人を飛び越えて後ろの浪人を取る
「詰んだぞ」
「え?」
「お前はアンパッサンした。つまり一手指したんだよ。だから次は俺の手番だ」
「あ!?」
そこでようやく気付いたらしい。
そう、大名の後ろには将軍がいるのだ。
浪
く
│
大
↓
将
俺のくノ一は大名を飛び越えて将軍を詰ませていた。




