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創作将棋セット【クッキーとウバ】

「なにこれ?」


「飾り駒だ」

左馬ひだりうま以外はあまり見かけませんね」

 店頭には駒型の置物(将棋の駒を大きくしたもの)をいくつか飾っている。

 我らが天童市は将棋の駒生産日本一で、『咲き分け駒』や『左馬』が有名だ。


 咲き分け駒の駒文字は鮮やかな朱で書かれている。


 それも二文字駒の一文字目だけ。

 この朱と黒の絶妙なバランスが工芸品としての質の高さを感じさせる。

 左馬は馬の字が鏡文字(左右反転)になっている。


 本来なら『人に引かれる馬』が逆になっているので『馬が人を引く(人を呼ぶ)』商売繁盛の縁起物だ。


 競馬だと左から馬に乗るので、ジョッキーや競馬ファンがお守りとして買うこともあるらしい。

 うまを逆に読むと『舞う』になることから、ダンサーが買うこともあるそうだ。

「歩はきんに成るってことで、江戸時代の質屋では歩の駒形が看板に使われてたんだぞ」

「へー」

「駒は天童名物ですから、古将棋の木の駒も作ったほうがいいかもしれませんね」

「たしかに」

 地元の職人に木製の駒を彫ってもらえれば宣伝にもなりそうだ。

「でも木製だとコスト高くない?」

「いっそ欠点を逆手に取るのはどうでしょう?」

「逆手?」


「駒木地を売るんです」


「は?」

「何も彫られていない無地の駒を、ですか?」

「そうです」

「そんなの売れるわけないでしょ」

「そうでしょうか? 彫刻刀で彫るのならいけると思うんですが」

「あ、もしかして……」


「小・中学校には彫刻刀の授業がありますよね? 将棋の駒を自分で彫って遊ぶというのは、いかにも公的機関が喜びそうなシチュエーションです。それに市販のボードゲームはなかなか学校に置いてもらえませんが、将棋ならどの学校にもありますし」


「教育現場からのアプローチか……」

 その発想はなかった。

 そういう方向から攻めるゲームデザイナーはあんまりいないだろう。

「問題はルール説明だな。最近の子供は、というか俺らの世代もそうだが……。将棋の駒がどう動くのかさえ知らないから、古将棋を説明する前にそっちから説明しないといけないんだよな」

「知ってる人が多いだけ将棋はまだマシじゃない。……囲碁にも『光の碁』っていう名作漫画があるけど、最後まで読んでもルールなんてさっぱりわからないんだから」

「なにもわからないのに面白いのは逆にすごいけどな」

 ただブームを起こしたにも関わらず、ルールが伝わらないせいでそれほど囲碁人口は増えなかったようだが。


「どうせならオリジナルの駒を彫ってもらうのもありですね」


「オリジナルの駒か……。子供はやばいもん作りそうだな」

「『ロックメン』のボスキャラ募集とか『筋肉メン』の超人募集みたいに、オリジナル駒を募集するコンテストなんかもやりたいわね」

「それならいくつかオリジナル駒のサンプルがあった方がいいな」

「出来るだけ名前の格好いいやつね」

「たとえば?」


「そうね。『瑞鶴』『鳳翔』『古鷹』『天竜』とか? 『屠龍』と『火龍』もいいわね」


 軍艦と航空機の名前だ。

「力士のしこ名で『雷電』『大鵬』とかもいいな。戦国武将系で『独眼竜』とか『第六天魔王』もありだ」

「三文字以上だと駒に書きにくいですよ?」

「じゃあ定期的に妖怪ブームが来るから『魍魎』『鉄鼠』『狂骨』『塗仏』『邪魅』」

「漢字難しすぎ!」

「実際に書いてみないと何とも言えませんね」


「じゃあクッキーにしましょう」


「なんでそこでクッキー?」

「将棋の駒型のクッキーを焼くからチョコペンで書け」

「あー、そういうこと」

 クッキー生地を作って駒形で型抜きし、まとめてオーブンへ。

「バター多めの焼き菓子だから、紅茶はアッサムかウバだな」

「うば?」


「三大紅茶の一つだ」


 ミルクも砂糖も入れないストレートでやるのがいいだろう。

「渋いけど、なんかいい香り」

「バラの香りだな」

 それに飲み干した後のメントールのような爽やかさ。

 三大紅茶と呼ばれるだけのことはある。

 これならバター多めのクッキーでも問題ない。


 20分ほどでクッキーは焼き上がり、早速クッキーに文字を書いてみる。


「……文字数が多い」

 本物の駒だと木に彫らないといけないわけだから、なおさら難しくなるだろう。

「一文字駒にすればいいんじゃない?」

「それだ!」

 ただ飛車と飛将の区別ができない。

 飛も車も将もいくつかある。


 『同じ略字の駒は使えない』のような制限を設ける必要がありそうだ。


 とりあえず一文字でオリジナルの駒を書いてみる。

「じゃあオリジナル駒でデッキを組んで対局しよう。今回は古将棋やチェスと同じ取り捨てで、取ったクッキーは食える」

「OK」

「どんな駒彫りました?」

「わかりやすさを重視しました。こちらは『雷神』です」



 ●

 ●

 ●

 雷



「こうやってジグザグに何マスでも進めます。こっちは『風神』ですね。台風のようにぐるぐる動けます」



● ●●●●●●

● ●    ●

● ●風●● ●

● ●  ● ●

● ●●●● ●

●      ●

●●●●●●●●



「鉤行の強化版ですか?」

「そんな感じですね、何度でも曲がれますから」

 風神の動きが若干わかりにくいが、名前と能力が結びついているのは高得点だ。


「俺が彫ったのは『鸚鵡オウム』。これはオウム返しできる駒で、自分の手番の前に相手が動かした駒と同じ動きができる」


「初手では動かせない駒ね」

「そうだな。後半、成り駒が増えてくるほど破壊力が増す駒だ。それでお前の駒は?」


「私は『神』。全ての駒の能力を有する最強の駒よ!」


「……なんで一番やってはいけないことを最初にやるんだ、お前は」

 いわゆる『ぼくのかんがえたさいきょうのこま』というやつだ。


 小学生が好き勝手にオリジナル駒を作って、ゲーム性が崩壊していく未来が見える。


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