バックギャモンセット【フィッシュ&チップスとビネガー】
「この香ばしい匂いはなんだ?」
「ふふーん、フィッシュ&チップスですヨー!」
「また珍しいものを……」
白身魚とポテトのフライに酢をかけて食べる、イギリスのジャンクフードだ。
「どの新聞にしマスか?」
「は?」
「フィッシュ&チップスはロールするニュースペーパーで味が変わるのデス」
「……なんだ、その都市伝説」
どこから調達したのか、色んな新聞社の朝刊がそろっていた。
「『巨人』と『竜』、どっちが美味いかだな」
「ほわい?」
「親会社の話ですね」
さすがに野球ネタはわからなかったらしい。
アンチ巨人らしく名古屋の竜新聞で包む。
「モルト・ビネガーをドーゾ」
「フライドポテトに酢ですか……」
「モルト・ビネガーは日本の酢ほど酸味はきつくないですよ。これ飲めるやつですし」
現にアリスがドバドバかけていた。
……いくらむせにくいといっても限度がある。
「ちゃんと塩気があるな」
イギリス料理というと塩気が足りないことで有名だ。
イギリスに留学した学生が最初に覚える言葉は「塩を取ってください」だというジョークもある。
これは香港の血が混じっているアリスが作ったこともあってか塩が効いており、モルト・ビネガーとの相性もいい。
しかし油っこいので、いかに新聞で包んでいようと手はギトギトになる。
この『何のために包んだんだよ』的な所がいかにも海外のジャンクフードだ。
「フィッシュ&チップスをイートしてしまったからには、きょーはバックギャモンをプレイしてもらいマス。ベアリングオフもアリにしましょー」
「いいだろう」
説明書によるとベアリングオフは日本語でいう『上がり』。
駒をゴールさせることだ。
ゴール地点は1マス(あるいは24マス)の隣。
そこに上がった駒を収納できるようになっている。
ただしインナーボード(1~6マス、あるいは19~24マス)に全ての駒をベアインしてからでないと、上がることはできない。
先に全ての駒を上がれば勝ちだ。
なおすごろくのように『サイコロの目ぴったりでないとゴールできない』らしい。
たとえばこういう場合、
●
● ●
● ●● ゴ
● ●●●|
● ●●●ル
6543210
2と3の目が出たら2の目では2だけ、3の目では3の駒しかゴールさせられないのだ。
当然4が出た時はどの駒もゴールさせることが出来ない(5の駒を動かす)。
ただ6の目を出したら、動かせる駒がないので5の駒をゴールさせることができる。
「えーと……。相手が一枚も上がってなければ『ギャモン勝ち』で2ポイント、相手の駒をこっちのインナーボードに足止めした状態で勝てば『バックギャモン勝ち』で3ポイントになる、と。これにダブリングキューブを組み合わせればさらに倍か」
「ジャパントーナメントでは5ポイントマッチがしゅりゅーで、タイトルマッチなら11ポイント、モンテカルロは25ポイントマッチなのデス」
「じゃあ5ポイントマッチですね」
「それじゃ俺たちが不利ですよ。アリスはハンデとして11ポイントな」
「OK」
ボードを二つ用意して、アリスが俺たち2人と同時にプレイする。
「今日も最初は出目がいいな」
「こっちもです」
大きなミスもなくベアイン完了。
ベアオフの始まりだ。
「よし、ゾロ目!」
「しっと」
「大きなミスがなければわりと一手差に近い展開になりますね」
自分の駒は全部で15枚。
基本的に一手で上がれる駒は1枚か2枚。
運が悪ければ0枚。
ゾロ目なら最高で4枚上がれる。
極端に考えれば『4枚までは一手差』だ。
逆転可能だからサイコロの出目で一喜一憂できる。
「ベアオフは運ゲーのように感じるんだが、これコツとかあるのか?」
「ベアインでトライアングルを作りまショー」
○
○○
○○○
○○○○
○○○○○
654321
→
「あー。この配置なら、どの数字が出てもほとんど無駄なくゴールすることができるな」
○
○○
○○○
○○○○
○○○○○
654321
→
「逆にこんな配置にしてしまうと、大きな目が出た時に目が余って損してしまうわけですね」
駒が奥に集中しているということは、『それだけ無駄に駒を動かしている』ということでもある。
やみくもにベアインさせればいいわけではない。
「じゃあベアインまでに気を付けたほうがいいことは?」
「ピップをカウントしまショー」
「ピップ?」
「ゲーム開始時は167ピップ。これがすべての駒をベアオフさせるのに必要なピップカウントになりマス」
「えーと、ボードのマス目の数字がそのままピップになるんだよな?」
「いえす」
初期配置だと6マスに駒が5枚あるから30ピップ、そして8マスに3枚で24ピップ、13マスに5枚で65ピップ、24マスに2枚で48ピップ。
合計167ピップ。
最短でサイコロの合計167ですべての駒をベアオフできるということだ。
「ゴールに近い駒ほどヒットされたときのピップが大きくなりマス」
「これはボードの数字を上下逆にして数えればいいのか」
たとえば1マスにある駒をヒットされるとピップが+24される。
……ゴールに近い駒は絶対にヒットされてはいけないということだ。
「ピップカウントでベアインの形を見比べるのも面白いですね」
○
○○
○○○
○○○○
○○○○○
654321
→
※理想的なベアインの形
30+20+12+6+2=70ピップ
○
○○
○○○
○○○○
○○○○○
654321
→
※ダメなベアインの形
5+8+9+8+5=35ピップ
「うわ、『理想形より35もピップカウントが低いのに1枚もベアオフできてない』のか。やばすぎる」
ピップカウントが低いほど上がりやすいわけだが、ベアオフしやすいだけでベアオフできる数が増えるわけではない。
ピップカウントがどれほど低くても一度に上がれる駒は2~4枚なのだ。
そもそも70ピップで素早くベアインを完了していれば、差分の35ピップで駒を何枚かベアオフできていただろう。
ダメな形がいかに無駄の多いプレイなのかよくわかる。
「バックマンはヒットされてもピップはほとんど増えないな」
「ヒットされることを怖がらずにどんどん進んだほうがいいですね」
「いぐざくとりー。バックマンの脱出は最優先デス。どんどん『スプリット』しまショー」
ヒットされた駒も含めて、ボードの最後尾にいる駒をバックマンと呼ぶ。
ゲームが進むとバックマンの前にブロックポイントが乱立し、どんどん脱出するのが難しくなる。
ゾロ目が出たら2つのバックマンでブロックポイントを作りながら前へ進めるが、そう都合よくはいかない。
だからバックマンを1つ、1マスでもいいから先に進めておく。
122222
901234
○ ●
○ ●
○
○
○
↓
122222
901234
○ ●●
○
○
○
○
※スプリット
これなら1・2、2・3、3・4、5・6で、前に進みながらブロックポイントを作ることができる。
こういう風にバックマンのブロックポイントを崩す(バックマンを1枚進める)ことを『スプリット』と呼ぶ。
「ピップで形成判断できればダブリングキューブの参考にもなりますね」
「ピップを数えられれば、の話ですけど」
「……たしかに慣れないと難しいかもしれません」
数えるコツはあっても、30枚の駒のポイントを数えるのはかなりしんどい。
というかめんどくさい。
「ピップカウンター作るか」
「ナイスアイデア」
24マス×15枚だから最大値は360ピップ。
横20×縦18のマス目を引いて、中に数字を記入していく。
そして初期配置の167ピップに白と黒の駒を置けば完成だ。
「たしかにこれは便利ですね」
実際にプレイしながらカウンターでピップを管理してみた。
これがあれば計算をする必要がなく、カウンターを動かすだけでピップがわかる。
ただ一つ問題があるとすれば、
「ヒット」
「ぐっ……?」
「ヒット」「またヒットですネ」
「ああっ!?」
アリスの猛攻であっという間に俺と先生のカウンターは200を超えた。
「ダブル」
「……パス」
ここまで来たら形成判断をせずともわかる。
どう考えてもピップカウンターは360もいらない。




