豚のしっぽセット【ミルフィーユとコロンビア】
写真がブタの尻尾の形になっていませんでした。
申し訳ない。
「百人一首をしませんか?」
「アリスには敷居が高いんじゃ」
「そうね。私も有名どころの和歌しか知らないし」
「ワカ?」
「ジャパニーズソングよ」
「おー、JPOP!」
どこから突っ込むべきだろう。
「俳句は知ってるのに和歌は知らないのか」
「外人にとって和歌も短歌も川柳も全部ひっくるめてハイクなんでしょ」
まあ、俺だって和歌・短歌・俳句・川柳・俳諧・狂歌の定義を説明しろと言われたら困るのだが。
「じゃあカルタはやめて『豚の尻尾』にしましょう」
先生がセキュリティシール付きのトランプを開封する。
セキュリティシールは未開封の証。誰もトランプをいじっていない証拠である。
新品のトランプを豚の尻尾(渦巻き)の形に並べた。
尻尾の中心にはカードを置けるだけの空間がある。
「ルールは簡単。トランプでやるカルタです」
先生が豚の尻尾から一枚カードを引いて、表にして場に置く。
「現在場に置いてあるカードと、引いて場に置いたカードの絵柄か数字が同じならカードの上に手を置く。手を置くのが一番遅かった人が場にあるカードを全部取らされます。引けるカードがなくなった時点で一番カードを持っていた人の負け」
場に置いている札と絵柄か数字が同じなら手を置く
「数字がそろってないのに手を置いてしまったらお手つき。最下位の時と同じようにカードを取らされます」
「カードを引く手は左手、勝負に行く手は右手だ。カードが場に置かれるまで右手はちゃぶ台や膝の上、床につけておく」
「一番早く手を置くことができたら持ち札を一枚誰かに押し付けることができるのよね?」
「それはローカルルールですね」
「そういやジョーカーの時に一番を取れたら自分の持ち札を全部押し付けられるってのもあったな」
「じゃあ今回はジョーカーとファーストタッチ制でいきましょう」
「どーじにタッチした場合はどーなるんデスか?」
「手で覆っているカードの面積が広い方の勝ちだ」
ルールはまとまった。
「よし、おやつ賭けるか。なにがいい?」
「ミルフィーユ食べたい!」
「ならコーヒーだな。豆は中煎り、中深煎り、深煎りのどれがいい?」
「中煎り!」
「コロンビアをぷりーず」
「あいよ」
コロンビアをミディアムローストに焙煎して酸味を出す。
「ん、美味しい」
フルーティーだから軽い風味のミルフィーユにはよく合うのだ。
先生は中深煎りのキリマンジャロ。
俺はエスプレッソだ。
もちろんコーヒーの焙煎具合によって、微妙にミルフィーユの味は変えている。
「さて……」
一服したところでゲーム開始。
先生から時計回りにカードを引いていく。
4人目の俺がカードを置いた瞬間、先生が神速で反応した。
「あ」
っという間に一番を取られ、出遅れたと思った時には最下位だった。
……豚の尻尾のコツは誰か一人でも動いたら自分も動くこと。
無理に一番になるよりも、最下位にならないことが重要だからだ。
数字がそろっているのか確認できていなくても動かなければならない。
それがわかっていたのに、先生の反応の早さに驚いて出遅れた。
しかしゲームは始まったばかり。これからいくらでも巻き返せる。
「次いきます」
俺が一枚目を引いて置き、先生が二枚目を置く瞬間。
数字を確認するより早く手を出す。
そして手を置く寸前で数字を確認し、手を引く。
「あ」
瑞穂が俺の動きに釣られてカードに手を置いてしまった。
お手つきだ。
もちろん俺はカードに手を置いていないのでお手つきではない。
「むー」
恨めし気に俺を見る。
こういうフェイントも重要な戦術なのだから仕方ない。
ただし、
「手を突いてなかったのでアウトです」
「ぐ……!」
「いえー!」
フェイントによって手が宙に浮いている間に次のカードが置かれてしまった場合。
『カードが場に置かれるまで右手はちゃぶ台や膝の上、床につけておく』ルールの応用だ。
もう一度手を床につけてからでないとカードに手を置けない。
大きく円形に並べられているカードの外まで手を戻さなければならないわけだから、このタイムロスは致命的だ。
カードを置くタイミングをずらすテクニックもある。
わざと早い段階で数字が見えるようにして、置くと見せかけて置かないのだ。
相手が反射的に手を浮かせてしまったのを見てから置き、先手を取る。
反射神経とフェイント。
それが豚の尻尾の神髄だ。
神髄なのだが……
「たあ!」
それにしても先生の反応が早すぎる。
純粋な反射神経勝負なら空手で鍛えているアリスが頭一つ抜けているはずなのに、それよりも早い。
まるでどこに何のカードがあるのかわかっているかのような反応だ。
……怪しい。
念のためセキュリティシールを確認する。
このシールはトランプだけについているものではない。
別売りもされている。
極秘書類などが第三者に開封されないよう、封筒に自分で貼るわけだ。
つまり開封したトランプの上からシールを張ることもできる。
「……」
しかしトランプの箱に怪しい点はない。
さっき開封されたのは間違いないだろう。
ならば開封した後でトランプを丸ごとすり替えたのか?
いや、イカサマをされないよう手元を注視していたし……。
トランプの並びを暗記していたとしても、シャッフルしてしまえば意味がない。
「ん?」
違和感を覚える。
そういえば先生はカードをシャッフルしていない。
なぜシャッフルもしていないトランプでのゲームを俺は受け入れたのか。
それは開封したばかりのトランプだったからだ。
イカサマをしている様子が見られなかったからこそ、先生が開封したばかりのトランプを並べるのをとがめなかった。
それが罠だったのだ。
先生はイカサマをしていない。
する必要がなかった。
なぜなら、
「引くわよ」
瑞穂が豚の尻尾の先端からカードを引き、裏返して置いた瞬間。
先生の手が走った。
「やりました!」
「お手つきデスよ?」
「え?」
先生が信じられないという顔でカードを確認する。
数字も絵柄もそろっていない。
驚いて当然だ。
新品のトランプはジョーカーを始めとして、1から13までスート別に規則正しく並んでいる。
トランプをすり替える必要などないのだ。
普通にカードを並べるだけで勝てるのだから。
豚の尻尾は各自が好きな場所のカードを引く。
だから順番に並んでいても意外に気付かない。
その性質を利用したトリックだ。
何も操作していないのだからイカサマではない。
むしろイカサマをしたのは俺だ。
密かにカードを移動させておいたのだから。
先生がお手つきしたのはそのためだ。
「しょうがありませんね」
先生がしぶしぶカードを引き取るものの、無論このまま終わらせる気はない。
「ドロー!」
瑞穂がカードを置くと同時に右手を走らせる。
「ジョーカーだな。というわけで俺の持ち札を全部先生に」
「え」
因果応報。




