ポーカーセット【種と西湖龍井】
「ポーカーの賭け金に使えそうな小さいスイーツはありますか?」
「種ぐらいですね」
「タネ?」
「中国ではお茶請けの定番なんだぞ。なあ?」
「いえす。カボチャ、スイカ、ヒマワリがオススメですネ」
「あー、メジャーリーガーがベンチでよく食べてるやつ」
ハムッとヒマワリの種をかじる。
ガリッ
「……なんか固くない? 殻なしにしてくれればいいのに」
「殻に味付けされてるんだから仕方ないだろ」
殻なしのものも売ってはいるが、種は殻ごと食べてなんぼだ。
種は殻が固く、中身を取り出すのが少し面倒で、殻をブッと吐き出すので日本人向きではない。
しかしうまく種を割れるようになると気持ちいいし、軽い中毒性があって手が止まらなくなる。
高給取りのスポーツ選手がベンチで食べているのも伊達ではない。
「お茶は西湖龍井だな」
種にはさわやかな香りの緑茶や青茶がいい。
香りといえば青茶だが、今回はあまり飲む機会のなかった緑茶の西湖龍井にした。
緑のさわやかな香りがし、ほのかに甘く、後味がいい。
飲んでからしばらく余韻が残る。
皇帝に献上されていたお茶というのもうなずける。
「チェック」
「チェックってなんだっけ?」
「パスですね。ポーカーでゲームに参加するにはベット・コール・レイズのいずれかでお金を賭けなければいけませんが、まだ誰もベットしていない場合に限りパスをして、お金を賭けずにゲームに参加することができます。周りの様子を見てどうするか決めるわけですね」
「誰もベットしてない時にチェックできるんなら。最初のプレイヤーがチェックしたら、次の人もチェックできるの?」
「できマスよー」
「全員がチェックしたらどうなるの?」
「チェックをしても次のラウンドに進みますよ? ずっとお金が賭けられないままゲームが進むこともあります」
「へー」
「もちろんチェックやコールだけではポーカーには勝てません。ポーカーで勝利する方法は2つ。1つは強い役を作ること、もう1つは相手をフォールドさせることです」
「『チェックやコールじゃ相手を勝負から降ろせない』ってことですね。しかもフォールドさせられないから、純粋に役の強さで勝負することになる。弱い手をブラフで強い手に見せかけることができない」
「はい。なのでプレイする時はまずベットするかレイズするかを最優先に考えましょう。確率が低そうならチェックやコールも選択肢にくわえます。どうしてもダメそうならフォールドをして被害を最小限に食い止めます」
「……計画的に降りるのが難しいのよね」
「ノルマはテーブルの人数が目安です。9人座っているのなら9回に1回、7人なら7回に1回勝てば元は取れますよ?」
「つまり俺たちの場合だと4回に1回か」
人数が少なくなるほどノルマが厳しくなるわけだから、いい手が来なくても勝負しに行かないといけない。
それは相手も同じ。
すると、どうしてもお互いに弱い手で駆け引きをすることになるので、プレイヤーの力関係が如実に表れてしまう。
まともに戦えば駆け引きに長じている先生が勝つ可能性が高いということだ。
テーブルの人数を増やしたくてもうちには客がいない。
……なんてことだ。
「ショーダウン」
先生がツーペアで勝ちをかっさらっていった。
「くそ、強いのか弱いのか微妙な役のくせに……!」
「ホールデムで一番出来る確率と勝率の安定しているハンドはツーペアなんですよ?」
「そうなの?」
「はい。ツーペアさえ作れればほとんどのゲームで勝負できます」
「確率的にはどれぐらいなんですかね?」
「アリスさん」
「ワンペアは43.8%、ツーペアは23.4%デスね」
さすがに計算が早い。
「スリーカードは?」
「ホワイトボードに書きマショー」
ワンペア 44
ツーペア 23.5
スリーカード 5
ストレート 4.5
フラッシュ 3
フルハウス 2.5
「これはあくまで52分の7で役が出来る確率だろ? 最初に配られる2枚の手札でペアができる確率は?」
「5.9」
「絵柄がそろう確率は?」
「24」
「AKは?」
「1.2」
AKは『ペアではない手札で最強』の組み合わせであり、AA、KK、QQのペアにつぐ重要性を持つ。
相手がAQでQを引いたとしても、こちらがAKならKを引けば勝てる。
ワンペアでもツーペアでもスリーカードでも、AとKの組み合わせなら競り勝てる可能性が高い。
これらの確率もホワイトボードにメモしていく。
手札でペアができる確率 6
手札がペアの時、最初のコミュニティカード3枚でスリーカード以上になる確率 12
手札2枚の絵柄がそろう確率 24
最初のコミュニティカード3枚でフラッシュになる確率 0.8
ショーダウンまでにフラッシュが完成する確率 6.5
フラッシュドロー(あと一枚でフラッシュ完成) 11
バックドア(あと2枚でフラッシュ) 41.5
手札がペアでない時、最初のコミュニティカードと手札を組み合わせてワンペアができる確率 29
ツーペア 2
スリーカード 1.3
「なるほど、ペアじゃなくても30%の確率でワンペア以上になるのか。たしかに必勝を期すならツーペアだな」
「これに『4倍の法則』を組み合わせればだいたい確率で打てるようになれます」
「4倍の法則?」
「最初のコミュニティカード公開後『これを引いたら役ができる』というカードがありますよね? ポーカーではこのカードのことを『アウツ』と呼ぶんですが。そのアウツの数を4倍したものが、その役が成立する確率に近くなります」
「たとえば?」
「手札が2と3で、コミュニティカードが2・7・Kで2のワンペアが成立している場合。トランプはスート違いで同じ数のカードが4枚ありますから、2はデッキにまだ2枚残っていますね。つまり2アウツでスリーカードになれます。そしてもう一つの手札である3は、デッキにまだ3枚残っています。合わせて5アウツ。これを4倍にした数、つまり約20%の確率で役が成立します」
例
手札 2 3
コミュニティカード 2 9 K
2のスリーカードを成立させるカードは2枚(2アウツ)
3のワンペアを成立させるカードは3枚(3アウツ)
2+3=5を4倍して20。
約20%の確率でスリーカードかツーペアが成立する。
「本当にこれで計算できるの?」
「できマス」
アリスがパパッと計算する。
アウツ 実際の確率
1 4.5
2 9
3 13
4 17
5 21
6 25
7 29
8 33
9 36
10 40
11 43
12 47
13 50
14 53
15 56
「おお、たしかにアウツを4倍すると実際の確率に近い数字が出るな!」
「コミュニティカードが残り1枚なら、アウツを2倍すると実際に近い数字になります」
これを知っているのと知らないのとではえらい違いだ。
「『ポットオッズ』と『インプライドオッズ』も頭に入れておけば完璧ですが、ややこしくなるのでそれはまた今度」
これらの確率を頭に入れて打ってみる。
「えーと、手札の確率がこれで……、ドローがこれで、アウツがこれだから……。ああー!?」
計算しきれなくなったのか暴走した。
数をこなして覚えるしかない。
まあ、仮にこれらの確率を完璧に覚えたとしても、
「オールイン」
「ふぉ、フォールド」
「……ビビりすぎだ」
結局は心理的駆け引きがものをいう。
ギャンブラーにとってセオリーは覚えていて当然のもの。
俺たちはようやくスタートラインに立ったにすぎないのだ。




