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【コミカライズ掲載中】電気代払えませんが非電源(アナログ)ゲームカフェなので問題ありません  作者: 東方不敗@ボードゲーム発売中
本編

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ホラーゲームセット【ザクロとネクター】

参考ゲーム

 孵道

『無事に帰れるまで決して振り返ってはいけません』


『無事に帰れるまで絶対に食べ物を口にしてはいけません』


『これを忘れないでください』


「はーい」

「……小学校かよ」

 白装束の女の忠告を胸に、主人公は歩き出す。


『還り道』


 そしてタイトルロゴが表示され、ゲームが始まった。


『かえる』


 画面に『かえる』と描かれたボタンが現れ、それをクリックすると主人公は先へ進む。

 システム的には単純なテキスト系アドベンチャーだ。

 ボタンをクリックして進むか、背景のものにカーソルを合わせて『みる(調べる)』ことしかできない。


「……なんで手とか首が転がってるのよ」


「ホラーゲームだからだろ」

 今のところ白装束の女からの忠告と、画面に表示されている背景以外の情報がない。

 主人公は何者なのか、なぜここにいるのか、そもそもここはどこなのか。

 何もかも不明だ。

「うー……」

 いやいやながら『みる』で生首を調べる。


『こちらをみつめている』


「ひぇっ!?」

 怖いだけでなんの情報もない。

 ちぎれた手や足を調べても結果は同じだった。


『かえる』


 しばらく進み続けていると鬼が立っていた。

 おそらく餓鬼がきだろう。


『腹が……減った……!』


『かえる』

『かえる』

『かえる』

『かえる』

『かえる』


 ボタンが次々と画面に出てくる。



●     ●

   ●

 ●  ●

        ●

  ●


※●のなかに『かえる』という文字がある。



「え、なにこれっ!?」

「全部押せ!」

「あわわ……!」

 ボタンは赤線で縁どられているのだが、時間が経過するごとにその赤線が短くなっていく。

 明らかに時間制限だ。


 おそらく時間内にこのボタンをすべて押さないと先に進むことはできない。


 あまり見たことがないタイプの『QTE』だ。

「16連射!」

 すさまじい連射で餓鬼の横を通過するものの、次から次へと怪物が現れた。


『かえる』

『かえる』

『かえる』

『かえる』

『かえる』


『こける』


「えっ!?」

 カチッと反射的に『こける』を押してしまった。


『オレサマオマエマルカジリ』


「ぎゃーっ!?」

 主人公は転んでしまい、怪物に食べられてしまった。

「そんなのありっ!?」

「なかなか面白いQTEだな」

 QTEといえばゲーマーに嫌われる代表的なシステムの1つだが、そのQTEをメインシステムに据えているゲームは初めて見た。


『いきかえる』


 いきかえるのボタンを押すとコンティニュー。

 再び怪物のQTEに挑んだ。


『かえる』

『かえる』

『かえる』


『こける』


「同じ手は食わないわよ!」


『すすむ』

『すすむ』

『すすむ』


『すくむ』


「パターン変わったっ!?」


『すする』


「……逆に押してみたくなるな」

「ならないわよ!」

 その後も怒涛の変則QTEトラップが襲い掛かってきた。


『帰る』

『帰る』

『帰る』

『帰る』

『帰る』


「漢字っ!?」


『帰る』

『帰る』

『帰る』

『帰る』

『帰る』


『還る』


「あ」

 ボタンを押した瞬間、主人公は骨となり土に還った。


『生き返る』


 生き返ってリトライ。

 パターンがどんどん増えていく。


『すずむ』

『やすむ』

『かすむ』


 ……これほど大量に文字が並ぶと、だんだんゲシュタルト崩壊してなにがなんだかわからなくなってくる。

 たちの悪いことに、


『ぬすむ』


 中には正解もあるのだ。

「ああっ、あいつの武器盗まないと勝てないっ!?」


『すすぐ』


「返り血の臭いで化け物集まってきたっ!?」

 敵の武器を盗んで斬り殺し、返り血を水ですすぐ。

 瞬時の判断が求められる。

 想像以上に難しいゲームだ。


『すすむ』


 しばらく進み続けていると、一冊の本を発見。

 調べてみると『黄泉下り』というタイトルであることがわかった。


「『見るなのタブー』だな」


「神話とか伝説でよくあるネタよね。見てはいけないものを見てしまって罰を受けるやつ」

 女神イザナミは火の神ヒノカグツチを産んだときの火傷のせいで命を落とした。

 夫のイザナギはイザナミを連れ戻すために黄泉へ向かう。

 イザナギは『黄泉の神に現世へ戻る許可をもらいに行くからしばらく待っていてほしい。決して部屋の中を覗かないでください』というイザナミの警告を無視し、部屋の中を覗いてしまう。

 イザナミの体は腐り落ちていた。


 あの世の食べ物を口にしてしまったものは、あの世の住人になってしまう。


 いわゆる『黄泉戸喫よもつへぐい』である。

 醜い姿を見られたイザナミは激怒してイザナギを追い回し、イザナギはイザナミが現世に戻れないように大岩で黄泉への入り口を閉じたという。

 似たような話はギリシャにもあり、オルフェウスは死んだ妻エウリュディケを生き返らせようとするが、冥府の神ハデスの『地上に戻るまで振り返ってはいけない』というタブーを犯してしまい、エウリュディケは生き返ることができなかった。

「つまりここは黄泉の国ってことね」

「ああ。主人公が死んだのか、それとも誰かを救いに来たのかどうかはわからんが」

 白装束の女はたぶん黄泉の神だったのだろう。

 主人公の記憶がないのは川を通ったからかもしれない(中国や西洋の神話でも、あの世の川の水を飲んだりすると記憶を失ってしまう)。


『こっちをみろ』


 さっそく後ろから何かが語り掛けてきた。


『よみがえる』

『よみがえる』

『よみがえる』

『よみがえる』

『よみがえる』


『ふりかえる』


「ぎゃーっ!?」

 振り返ると人型をした異形の化け物が立っていた。


『殺される!』


 化け物は奇声を上げて主人公に襲い掛かり、あえなくゲームオーバー。

 『かえる』と『ふりかえる』では文字数が違うので間違えにくい。

 だから『よみがえる』にして『ふりかえる』と文字数を合わせているのだろう。

 よくもまあ、QTEだけでここまでプレイヤーを翻弄できるものだ。

「ちょっと休憩。あの世っぽいお菓子ある?」

「……あの世っぽいお菓子ってなんだよ。まあ、ないこともないんだが」

「あるのっ!?」


「なんでお前が驚くんだよ。イザナギはイザナミの追っ手に桃を投げて追い払ってるし、ギリシャ神話だとペルセポネがハデスの策略でザクロを食べて黄泉戸喫になってるんだぞ」


「へー」

 とりあえずザクロと桃を用意する。

 かなり変な組み合わせだ。

「桃はジュースにするか」

 いわゆるネクター。


 ギリシャ神話の酒ネクタルが語源となっている。


 ソフトドリンクとしては桃のイメージが強いが、20~50%以上の果汁入り飲料ならだいたいネクターだ。

「いきかえるー」

 新鮮なフルーツで気持ちをリフレッシュし、


『生き返る』


 ゲーム再開。


『かえる』

『カエル』

『替える』

『換える』

『変える』

『代える』

『生える』

『映える』

『栄える』

『控える』

『迎える』

『抱える』


「バカじゃないの」

 漢字で強引に文字数をそろえてきた。

 もう何がなんだかわからない。

 正解を探すのも至難の業だ。

 制限時間内に正解のボタンをすべて押すだけでも難しいのに、間違えるたびに大変なことが起こって集中が乱される。


 カエルにされたり、換金されたり、荒廃していた土地が栄えたり、子泣き爺のような妖怪を抱えさせられたりするのだ。


「カオスすぎて逆に笑えてくるな」

「やってるほうは怖いのよ!」

 オートセーブがあり、わりと簡単にリトライできるからゲームオーバーになってもそこまで苦痛ではない。

「あ、また本がある」

 調べてみると『一言主ヒトコトヌシ』という本だった。


『吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。葛城かつらぎ一言主ヒトコトヌシの大神なり』


「ヒトコトヌシって『女神異世界転生メガテン』に出てきたわね」

「たしか『一言の願いごと』なら叶えてくれる神さまだな」

 この本ではヒトコトヌシが女神になっている。

 有名な修験者しゅげんじゃ役小角えんのおづぬ』は、あやかしの力を借りて葛城山に橋を架けようとしていた。

 しかしヒトコトヌシは自らの醜い姿を恥じており、夜しか働かなかったという。

 本には他にもヒトコトヌシのエピソードがいくつか載っており、役小角が夜しか働かないヒトコトヌシを蔦葛つたかずらで封印したというものもあれば、ヒトコトヌシが朝廷に密告して役小角が伊勢の国に流されたり、逆にヒトコトヌシが土佐の国へ流されたという話もある。

 どれが真実なのかわからない。

 とりあえず先へ進む。


『かえる』


「……あれ、一言のお願いってもしかしてこれ?」

「たぶんこれだろうな。主人公が考えてることをヒトコトヌシが具現化してるんだ」

 でなければ『還る』で土に還ったり、『生き返る』で生き返れるはずがない。


『かえる』


 ヒトコトヌシの謎は解けないまま先へ進み続け、とうとう大岩に半分塞がれている穴に到着した。

 おそらく出口だろう。

 これをくぐればクリアだ。


『黄泉帰る』


 ふーと息を吐いて、瑞穂がボタンをクリックする。


小角おづぬ


「ひぇっ!?」

 背後から声がした。


『振り返る』

『振り返らない』


 ボタンが表示される。

 時間制限はない。

「……もう現世にいるのよね? 振り返っていいの?」

「主人公が役小角なのは今のでわかった。すると後ろにいるのはヒトコトヌシ。ここまで来たら振り返るしかないだろ」


『振り返る』


「ぎゃーっ!?」

 後ろには異形の化け物がいた。

 『よみがえる』『ふりかえる』のトラップで、振り返ってしまったときと同じ化け物だ。


『思い……出した! そうだ、私はあなたを生き返らせるために黄泉へ下ったのだ』


「でも思いっきり黄泉戸喫よもつへぐってるじゃない。黄泉の怪物が現世に出てきてしまったってことでしょ。これ、生き返らせてよかったの?」

「これでよかったんだよ。ヒトコトヌシの本の内容を思い出せ」

「内容?」


「葛城山に橋を架けるところだよ。『ヒトコトヌシは自らの醜い姿を恥じており、夜しか働かなかった』」


「え、じゃあこれ黄泉戸喫よもつへぐいで化け物みたいな姿になってるわけじゃないってこと?」

「ああ。この化け物みたいな姿が、女神ヒトコトヌシの本来の姿なんだよ。彼女を助けるために役小角は黄泉へ降りた。プレイヤーが化け物だと思っていたものはヒロインで、主人公が探して求めていたものは最初から後ろにいたんだ」

「でも黄泉で振り返ったとき、ヒトコトヌシに殺されたわよ?」

「あのときはまだ役小角の記憶が戻ってなかっただろ。この醜い化け物みたいな姿を見て、小角はなんて考えた?」


「あ、『殺される』!」


「そしてヒトコトヌシはその一言の願いを叶えた」

 なかなか凝った構造のシナリオだ。

 まんまとダマされてしまった。


き帰る』


 やがて最後のボタンが表示される。

 役小角がヒトコトヌシに手を伸ばすと、ヒトコトヌシがその手を握り、二人は山へ帰っていった。

 日常を過ごしていた人間が、ある日突然非日常の世界へ飛ばされ、さまざまな試練を乗り越えて成長し、また日常の世界へ帰っていく。


 ある意味、異世界転生ものの源流ともいえるそれらの物語群を、神話学や民俗学などの世界では『きて帰りし物語』と呼ぶ。


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