紙ペンゲームセット【芋粥と麦茶】
先生がテーブルの上にどさっとシートを乗せた。
『嵯峨フロンティア』
「……完全に『佐賀・開拓地』のパクリじゃない」
「嵯峨天皇が平安京を開拓するだけのまっとうなゲームですよ?」
物は言いよう。
「最初は悪フロンティアというタイトルだったんですが、読みにくいのでやめました」
「日本語では悪をサガと読むのデスか?」
「普通は読みませんね。これは嵯峨天皇の有名なエピソードです」
先生がホワイトボードに『無悪善』と書く。
「ある日、無悪善と書かれた立札が内裏に立てられていたので、これは何と読むのだと小野篁に訊ねました」
「悪無くば善けん、だな」
「煩悩をなくせばいいってこと?」
「いえ、『嵯峨天皇がいなければ善いのに』という意味です」
「ただの悪口じゃない!」
「モンスタークレーマー!」
『悪と書いてサガと読む』を平安時代にやった感性がすごい。
普通に令和でも通用する。
いいセンスだ。
「よくこんなの読めたわね」
「だから嵯峨天皇もこれを書いたのはお前じゃないかと篁を疑いました。すると篁が『私はどんな漢字でも読めるのです』と答えたので、じゃあこれを読んでみろと出した問題がこれです」
ホワイトボードに『子子子子子子子子子子子子』と書く。
「あ、これ知ってる! 『猫の子・仔猫、獅子の子・仔獅子』でしょ!」
「正解です。どんな漢字でも読めるというのは嘘ではないということで、嵯峨天皇も篁を許しました」
「へー」
「メデタシメデタシ」
まあ、このゲームには何の関係もないエピソードなのだが。
「ジャンルは『紙ペンゲーム』か」
ゲームブックのように、プレイヤーが紙に書き込んでいくタイプのアナログゲームだ。
「ん、プレイ人数99人っ!?」
「これはビンゴのようなゲームで、理論上は何人でも同時にプレイできます」
「『大規模多人数同時参加型オフラインゲーム』デスね」
「……ビンゴってMMOだったのか」
「たしかにイベント向けかも」
うちのオリジナルゲームはだいたい2人でプレイするものばかりなのでありがたい。
文化祭などでも使えそうだ。
「平安系のスイーツというと……。あ、まだ芋粥を食べたことなかったな」
「……それはスイーツって言っていいの?」
「お前が想像してるのはサツマイモのお粥だろ。平安時代にサツマイモなんかないぞ。芋粥は山芋を甘い汁で煮たものだ」
「へー」
「スイートポテト!」
芥川龍之介の『芋粥』いわく、
芋粥とは山の芋を中に切込んで、それを甘葛の汁で煮た、粥の事を云ふのである。
甘葛はぶどう科のツタの樹液らしいが、さすがにそこまでは再現できない。
なので枕草子の『削り氷にあまづら入れて、新しき金椀に入れたる』を参考にかき氷のシロップで代用する。
「あ、結構おいしい。シャリシャリする」
「こっちはホクホクしマス」
「煮る時間で変わるからな」
短時間で仕上げればシャリシャリ感が、煮る時間を延ばせばイモ特有のホクホク感が出る。
もちろんシャリホクでも美味い。
「お茶は麦湯。いわゆる麦茶だ」
「しんぷるいずべすと」
平安時代には既に貴族の飲み物だったらしい。
手軽に平安貴族の気分を味わえるのでオススメだ。
「ではプレイしてみましょう。サイコロはすべて私が振りますので、サイコロの出目に従ってシートに記入してください」
「さー、いえっさー!」
「まずは『平安貴族の要望』を決めます。平安貴族たちの『こういう都を造ってほしい』という要望を聞いて、平安京を開拓していくわけですね。3年目までの6つの要望をゲームの最初に決めます」
先生がイベント用のでかいサイコロ(サイコロ型のクッション)を2つ投げ、サイコロの合計値で要望を選んでいく。
平安貴族たちの要望
※サイコロ2つの合計値で選んでください
2 丁マスに隣接する木マスは1マスごとに3点
3 寺マスに隣接する丁マスは1マスごとに3点
4 区画の真ん中4マスにある田マス1つごとに4点
5 区画の北東4マスにある寺マスは1マスごとに4点
6 荘園が区画をまたぐ(白線を超える)ごとに6点
7 6マス以上の田・丁・町荘園は1マスごとに4点
8 6マス以上の木・林・森荘園は1マスごとに4点
9 6マス以上の寺荘園は1マスごとに5点
10 6マス以上の黒マス荘園は1マスごとに6点
11 1区画のマスをすべて埋めたら25点
12 1区画の1列をすべて埋めたら5点
※木・田・丁で得点できる要望は、林か町なら+3点、森なら+6点
※一度出た要望になった場合は振り直してください。
ころころ
1年目は5と7。
2年目は2と6。
3年目は10と12。
まだどういうシステムかわからないので、この要望がいいのか悪いのかの判断もできない。
「では開拓を開始しましょう」
先生が再びでかいサイコロを2つ投げる。
ころころ
1 4
「サイコロ表の1・4にはこのように書かれてますね」
木丁
□
□□
「この表に書かれている木か丁の文字を一つ選び、文字の下にある図形の形になるようにシートへ書き込んでください」
「こう?」
木
木木
「はい。これが基本形です。図形は回転させたり、反転させることもできます」
木 丁 木木
木木 丁丁 木
「なるほど。好きな文字を、好きな形で、好きな場所に書き込むから、大人数でプレイしても違う都市が出来上がるわけか」
「そういうことです。そして書き込む文字にはそれぞれの特徴があります。たとえば『木』。すでに木が書かれているマスにもう一つ木を書くと林に、さらにもう一つ木を書くと森になります」
「オー、木、林、森!」
漢字の特徴を活かした面白いシステムだ。
木木木
↓
木
木木木
↓
木林木
木木木
※木の重なったマスが林になる
「文字を重ねることで、木で得られる点に+3点されます。たとえば要望の2は『丁マスに隣接する木マスは1マスごとに3点』ですから、林マスにすると6点入ります」
木
丁
※3点
林
丁
※6点
「『田』と『丁』も重ねることで『町』マスになります。田と丁、順番はどちらからでも構いません。田のあるマスに丁を入れても、丁のあるマスに田を入れても町になります。『寺』という文字がありますが、これは重ねることができない文字です。田と『火除地』を重ねると『畑』、『土』と『寺』を重ねると『封』になるというアイデアもありましたが、泣く泣くカットしました」
文字や組み合わせが多くなると複雑化するので仕方ない。
ちなみに火除地とは火事が広がらないように各所に設けられた空地のことだ。
秋葉原が有名だろう。
「最後に黒マスですね。黒く塗り潰された『■(黒マス)』には文字を書くことができません」
◆マス目の種類
寺 お寺
木 桜や梅などの花見用の樹木 マス目を2つ重ねると林に、3つ重ねると森になります。
田 田んぼ 『丁』のマスと重なると『町』マスになります。
丁 住宅地 『田』のマスと重なると『町』マスになります。
※丁は1丁目・2丁目などで使われる丁です
■ 黒く塗り潰されたマス。文字は書けません。
「要望の条件に『6マス以上の荘園』ってあるけど、荘園ってなに?」
「1つの文字が繋がっている状態を『荘園』と呼びます。木は林や森を含めて、田は丁と町を含めて1つの荘園になります」
寺
寺寺寺
林
木森木
田
丁町田
※荘園の例
木
木
木
※斜めは荘園にならない
「白線は大きな道、いわゆる『大路』です。大路に囲まれている4×4マスを『区画』と呼びます」
※大路(白線)に囲まれている4×4マスが区画
「区画をまたいでも荘園になります」
木|木
※|は大路
区画をまたいでいても荘園になる
「文字を記入したら得点欄の『正』の字に線を引いてください。8回線を引いたら1年が経過し、得点を計算して次の年へ移ります」
得点欄に薄く『正』が書いてあり、シートに文字を記入するごとに線を引いていく
「3年目が経過したらゲーム終了。3年間の総合得点が一番高いプレイヤーの優勝です」
これで基本的なルール説明は終わったようだ。
「思ってたより単純ね」
「だからこそ細かいプレイで差が出る」
「では本格的に開拓を開始しましょう」
「フロンティアスピリッツ!」
ころころ
先生がサイコロを振り、全員思い思いに平安京を開拓していく。
「1年目の要望は5と7か……」
要望を再確認する。
5 区画の北東4マスにある寺マスは1マスごとに4点
「区画の北東4マスは……、区画の右上の2×2マスの部分か」
「はい。北東にお寺を建てて『鬼門封じ』にします」
「あー、この要望。そういう意味だったんだ」
北東は鬼が侵入してくる不吉な方角、鬼の門。
実際に京都の北東には延暦寺や貴船神社、鞍馬寺などがあり、鬼門を封じているという。
「……こうしたほうがいいな」
寺マスを区画の右上に配置し、区画をまたがせる。
なぜなら2年目の要望が2と6だからだ。
2 丁マスに隣接する木マスは1マスごとに3点
6 荘園が区画をまたぐ(白線を超える)ごとに6点
区画をまたぐだけで6点、やろうと思えば2手で4つの区画をまたげるから24点入る。
寺|寺
━+━
寺|寺
※4つの区画をまたいでいるので6×4=24点
簡単に高得点を稼げるものの、欠点がいくつかある。
ころころ
1ゾロ
「堀川を引いてください」
「げっ!?」
「しっと!」
「なにそれ」
「サイコロ表に書いてあるだろ」
「ゾロ目はプレイヤーにペナルティが来マス」
「え、ペナルティ!?」
「……1ゾロと2ゾロのペナルティは堀川。『1番大きな荘園のある大路に川を引く』だ。つまり荘園が分断される」
「ええっ!?」
たとえばこういう形なら4マス荘園が2マス荘園になってしまうのだ。
『堀川のペナルティは一年に一度しか発生しない』のが救いか。
被害を最小限にするために1マスだけまたがせておくのもいいかもしれない。
あくまで1番大きな荘園のある大路に川を引くという条件であり、それ以外の指定はない。
複数の大路をまたいでいる場合はプレイヤーが川を引く場所を選べるはずだ。
「堀川は平安京の南北を貫く人工的に造られた川です」
堀川
農業用水にしたり、貴族の屋敷に水を引いて池にしたり、物資を運搬したりしていたようだ。
人工的な水路なので、このゲームのように川が引かれてもおかしくはない。
「えーと、これで6回目だっけ」
「ゾロ目のペナルティは開拓日数に数えません。あくまで8回シートに文字を書かない限り、一年は経過しません」
開拓日数に数えない、つまり『正』の字に線を引かなくていいということだ。
ゾロ目が連続することもあるので、妥当なルールだろう。
「……ゾロ目がきついから、ちゃんとペナルティを回避することも考えないとな」
1年目のもう一つの要望は7。
7 6マス以上の田・丁・町荘園は1マスごとに4点
1マスごとに4点だから、田・丁荘園が完成したら最低でも24点。
さらに町マスがあると、1マスごとに+3点される。
「あれ、得点おかしくない? 荘園を1マス広げたら4点入るのに、文字を重ねても+3点にしかならないじゃない。1点損してる」
「だからサイコロ表を読め。3ゾロは『一番大きな田・丁荘園のすべてのマスから丁を消す』なんだぞ」
「は?」
「丁を消すので町マスは田に、丁マスは黒マスになります」
「あ、これが黒マスなんだ!」
ちなみに4ゾロだと荘園から田が消える。
「……つまり田と丁だけで荘園を広げると、3ゾロか4ゾロが出たときに被害が大きくなるわけね」
「ああ。田と丁だけだと一気に黒マスにされてしまうから、1点損してでも町にしておくわけだ。町ならペナルティを食らっても田か丁マスが残る」
「リスクマネジメント」
条件は『6マス以上の荘園』なので、6マス以上の荘園が複数あっても得点になる。
12マス以上の荘園だとペナルティが発生したときに被害が大きいので、6マスと6マスに分ける(荘園を繋げない)ほうがいいだろう。
「5ゾロなら木荘園から木が一本消えます。森は林に、林は木に、木は黒マスになります」
「うぇ……」
これも漢字を活かした面白いシステムではある。
……やられる方はたまったものではないが。
ころころ
「あ、皆さんお待ちかねの6ゾロですね」
「うああっ……!?」
「待ってまセン!」
「……6ゾロはなんなの?」
「一番大きな寺荘園が黒マスになります」
「ぎゃーっ!?」
町や林・森のように文字を重ねてダメージを軽減することはできない。
寺マスは6ゾロで即死だ。
地獄のようなペナルティである。
「桓武天皇は平安京への寺院の移転や、新しい寺院の建立を禁止しました。嵯峨天皇の時代でもそれは変わりません。なのでお寺を建てたことがバレると破壊されます」
「……平安貴族たちの勢力争いかよ」
「ただの開拓ゲームじゃなかったのね」
「でも地図には東寺や西寺がありマスが?」
「桓武天皇が建立や移転を禁止したのは、東大寺を始めとする奈良の仏教勢力を恐れていたからです」
「東寺は空海が本場から持ち帰った最先端の仏教、『真言密教』だ。奈良仏教に対抗するために『真言宗』という新しい勢力を作ったわけだな」
「へー」
「ナイスアイデア」
帝によってシートの一画が黒マスで埋まる。
いつの世も権力争いは恐ろしい。
「でもすべてがマイナスに働くわけじゃないぞ。3年目の要望は10と12だ」
10 6マス以上の黒マス荘園は1マスごとに6点
12 1区画の1列をすべて埋めたら5点
「あ、黒マス荘園!」
「12も『1区画の1列をすべて埋めたら』っていう条件だから、黒マスでも得点になるはずだ」
「なりますね」
要望や状況によって色んな戦略や得点パターンがある。
人数分のゲームシートと鉛筆・消しゴム・サイコロ2個という低予算のゲームながら、プレイ人数に上限がない。
想像していたよりもいいゲームだ。
「170点か……。及第点だな」
「私なんて未開地よ」
ルールにはソロプレイ時の得点も書いてある。
◆1人で開拓する場合
高得点を目指して開拓してください
149点以下 未開地
150~174 開拓地
175~199 四神相応
200点以上 平安楽土
平安楽土への道は遠い。
「じゃあ他のも採点するか」
「は?」
「1枚ぐらいは平安楽土を超えたいデス」
「初見で200はなかなか難しいですよ」
シートをめくって次々に採点していく。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんでみんな当たり前みたいに何枚も持ってるの?」
「なんでってお前……。『紙さえあれば何人でもプレイできる』ゲームなんだぞ。考え方を変えれば『紙さえあれば一人で何枚でもプレイできる』ってことだ」
「ルールでも禁止されていまセン」
「……書き忘れていましたので、反則ではありませんね」
「ぐぬぬ!」
ルールで禁止されていなければ何をしても許されると思っている。
それがゲーマーの悪だ。




