RPGセット【ピザとコーラ】
参考ゲーム
世界一長い5分間
ロマンシングサガ2
『ソウルイーター!』
ゲームを起動した瞬間いきなり攻撃を受け、何かが砕け散る音が響きわたった。
『なにボーっとしてやがる! 死にたいのか!』
仲間らしき男に怒鳴られるものの、状況がまったくわからない。
それは主人公も同じだった。
『……ここはどこだ? いったいなにが起こっている?』
『あなた、記憶が……っ!?』
敵の攻撃を食らった影響なのだろうか。
記憶を失ってしまったらしい。
『魔王を倒すための対策は万全です。逆にいえば思い出せなければ勝てません。死ぬ気で思い出してください!』
「相手魔王かよ!」
「最初から最後までずっと魔王戦よ。ただ半分イベントバトルで、記憶を取り戻すためにちょくちょく回想入るけど」
「……だからこんなタイトルなのか」
『世界一長い10分間』
変わったタイトルだとは思っていたが、想像していたゲームとは全然違った。
「人生最高の10分間にしよう!」
「ターン制だから普通に10分以上経つだろ」
システムそのものはシンプルなターン制RPGだ。
画面右上に時間が表示されており、ターンが経過するごとに一定時間経つらしい。
主人公である勇者の固有コマンドも変わっている。
『思い出す』
「『ウルティマファンタジー4』にもあったよな、このコマンド」
「あれとは全然違うけどね」
UF4ではボケて魔法を忘れてしまった魔法使い専用のコマンドだった。
何が発動するかは完全にランダムなので、かなり使い勝手が悪い。
たまに極大魔法などを思い出すのでピンチのときに使えないこともないが、威力の高い魔法ほど消費MPも高いので結局『MPが足りない』というオチになりがちだ。
「思い出す、と」
とりあえず思い出すを選択してみる。
『ソウルイーター』
魔王対策が万全というのもウソではないらしく、魔王がスキルや魔法を使うと思い出す対象になるらしい。
他に選べるものがないのでソウルイーターを選択し、所持アイテムや仲間のコマンドもチェックする。
「回復アイテムは一通りそろってるな。……気になるのは『奥義』と『禁呪』か」
どちらも『一定時間、力を溜めて発動する究極奥義(あるいは威力がありすぎて使うのを禁じられた魔法)』だ。
「……力を溜めている間は完全に無防備で、攻撃を食らったら確実に戦闘不能になる? なんだこれ」
「どうすればそれを発動できるのかも思い出さないといけないわけ」
「なるほど」
奥義も禁呪も使えないので、通常魔法と通常スキルを選択。
そして時は動き出す。
『思い出せ!』
しかしすぐに回想に入った。
回想は一種の走馬灯のようなもので、回想中は魔王戦の時間が流れない。
回想シーンは基本的に普通のRPGだ。
村人と話して情報を集め、ダンジョンを攻略してモンスターを倒し、イベントやクエストをこなして『思い出す』。
『魔王のソウルイーターは相手の魂を食らう秘技だ。自分の身代わりになってくれるという、この女神のお守りがあれば耐えられるだろうが、これが壊れたら確実に死ぬぞ』
『ですが基本的な原理はライフイーターと同じです。ここにはライフイーターを使ってくる魔族がたくさんいますから、実戦で見切ってください』
ライフイーターを見切るために街の周りをグルグルしてザコモンスターを狩りまくる。
何度かライフイーターを食らっていると、
ぴこーん
技を閃いたときのように電球が頭の上に浮かび、ライフイーターを見切った。
これで勇者がソウルイーターを食らうことはもうないだろう。
『思い……出した!』
勇者のカットイン演出が入り、現在に時間が戻る。
「だいたい流れはわかった」
ソウルイーターのように食らったら致命的な技を一つずつ『思い出す』で潰していく。
魔王が使ったスキルや魔法が『思い出す』の対象になるということは、逆にいうと『一発食らわなければ思い出す対象にならない』ということ。
仲間は対策によって特殊なスキルや魔法で即死することはないので、序盤の勇者の最適解は『防御』→『思い出す』だろう。
「回想シーンでのイベントやクエストでも『思い出す』の項目が増えていくのか」
「何を思い出すかで勇者の戦い方が変わっていくわけね」
今までのRPGにはない独特なシステムで面白い。
攻撃を重視するか、防御を重視するか、魔法を重視するか。
まずは防御だろう。
「これだな、『かばう』。仲間の奥義と禁呪を発動するために必要なスキルのはずだ」
「勘がいいわね」
『思い出せ!』
そして再び回想シーンへ。
回想で重要になるのが『所持金』と『所持品』だ。
回想シーンは時系列がバラバラである。
だからレベルも装備も所持金も回想シーンによって違う。
引き継ぎがない。
つまり過去で所持金や所持しているアイテムをすべて使い切っても『金やアイテムの使用状況は引き継がれない』ので、次の回想シーンでは減るどころか増えているのだ(時系列が進むほど所持金や所持品は増える)。
例
幼少期 レベル1 所持金5 アイテムなし
少年期 レベル5 所持金100 アイテム薬草5個
青年期 レベル10 所持金500 アイテム薬草10個
※回想シーンはどんな順番でプレイしてもレベルや所持金、装備やアイテムは固定
たとえば少年期で所持金と薬草を使い果たしても、青年期の所持金やアイテムに変わりはない
逆に少年期で青年期を超えるだけの金を稼いだり、レベル上げをしても青年期の回想シーンには反映されない(ただし回想でレベルを上げると『思い出補正』によって現代の勇者のステータスが上がるので、レベル上げも無意味ではない)
金やアイテムをなんの遠慮もなく使えるのはありがたい。
しかも『エンカウント無効』の魔法も低レベルで所持している。
これを定期的に唱えていれば、一度もザコと戦闘することなく回想を終えることも可能だ。
ダッシュも早く、戦闘のテンポもかなり早い。
回想シーンをクリアするだけならほぼノンストレスだ。
『思い……出した!』
これで魔法使いをかばえるから禁呪を発動できる。
かと思いきや、
『魔法障壁』
「げっ!?」
魔法を反射する障壁を張られてしまった。
しかも禁呪のコマンドを選択していた場合、溜めが終わると禁呪が自動的に発動する。
つまり『コマンドを選択することができない』から、行動のキャンセルができないのだ(『溜める』→『撃つ』のようにプレイヤーがコマンドを選択できない。『禁呪』を選択したら次のターンで自動的に魔法を撃ってしまう)。
はね返されるのがわかっているのに、魔法を発動するしかない。
禁呪を当てるには魔法障壁を破壊するスキルが必要で、奥義も回避率の高い魔王に避わされる可能性が高いので何とかして回避率を下げないといけない。
魔王の攻撃を防ぐ対策も万全なら、こちらの攻撃を当てる対策も万全のようだ。
対策は比較的わかりやすいので、『思い出す』さえすれば勝てるだろう。
『私を本気にさせたな』
「なっ!?」
「お約束」
HPを一定以上削ったからか、あるいは戦闘時間が5分を超えたからか、魔王が第二形態に突入。
行動パターンが変化し、今までの対策が役に立たなくなった。
『くそっ!』
『ふははっ、いいぞ。その顔だ。絶望こそ我が喜び!』
魔王のHPが徐々に回復していく。
『ちっ! スキュラス・キュオラ!』
仲間が知らない魔法を唱えると、魔王のHP回復が止まった。
『ほう。人間とは面白いことを考えるものだな。絶望は魔族の糧。人間が絶望するほど我らは肥え太る。ならば絶望の源である心を消す、か』
「心を消す? あ、記憶を消す魔法かっ!? じゃあ勇者の記憶がないのもこの魔法のせいか!」
「記憶を消しすぎたってことね」
『おかしいと思っていたのだ。いつの頃からか、世界から急速に絶望が失われていった。お前たち、どれほどの人間の記憶を奪ってきたのだ?』
『黙れ!』
戦闘再開。
より魔王の攻撃が苛烈になっていき、回想シーンもどんどん進んでいった。
禁呪も奥義も、そして勇者の使う聖剣も、使えば使うほど使用者の魂を削っていくことが明らかになる。
『これも世界を救うためだ』
世界のために自分の命を削るという絶望の記憶も消していた。
故郷が滅ぼされたことも、仲間が裏切ったことも、街を救うために仲間を犠牲にしたことも、死者をアンデッドにして蘇らせて魔族と殺し合わせたことも、殺した魔族を食って魔族の力を手に入れたことも、すべて記憶から消した。
そして、
『お前たちも用が済めばその女のように忘れ去られるのだな』
魔王が戦闘によって崩れた城のガレキを指さした。
よく見るとガレキの下から血があふれている。
『待て、罠だ! そんな女は存在しない!』
だが遅かった。
『思い……出した!』
これまでの回想シーンが走馬灯のように流れていく。
すべての回想シーンに『見たことのない女性キャラ』が追加されていた。
魔王城に突入する前夜、勇者は名前もわからない女性に指輪を贈る。
『この戦いが終わったら結婚しよう』
魔王のHPが全回復した。
「……戦闘開始直後にヒロインが魔王に殺されて記憶を消したのか」
「絶望が深すぎたから記憶を消しすぎたわけね」
すべてを思い出した勇者のコマンドから『思い出す』が消えて、代わりに一つの魔法が表示される。
第二形態とはいえ、魔王の技はすべて事前に対策済み。
あらゆる技を見切っているので、勇者が致命傷を食らうことはもうない。
だが魔王のHPが回復し続ける以上、消耗戦では負ける。
魔王を倒すにはこの魔法を使うしかなかった。
『スキュラス・キュオラ』
ヒロインの記憶を消すのは二回目だ。
魔王対策まで忘れてしまう失敗は繰り返さない。
勇者の心からヒロインに関する絶望だけがきれいに消え去った。
これでもう魔王に勝ち目はない。
『体が消える? 滅ぶのか、この私が……?』
絶望的な状況に追い込まれた魔王は、自分の肉体を食い始めた。
『ああ、これが絶望か! いや、これこそが絶望なのだ!』
今まで他人の絶望を食うばかりで、自分の絶望を味わったことがなかったようだ。
だがさすがに自分で自分を食いつくすことはできない。
それどころか、どれだけ勇者たちが攻撃しても魔王を消滅させることはできなかった。
『これは……絶望の核?』
全世界の人々の絶望の集合体、魔王の心臓ともいえるその核をどうしても消すことができなかった。
物理的に消すことができないのなら、間接的に消すしかない。
『スキュラス・キュオラ』
自分にではなく魔王に記憶を消す魔法をかけると、核が音を立てて砕け散った。
『お前たちもいずれこう呼ばれることになるだろう。人の心をもてあそぶ魔王、とな』
魔王の高笑いとともに画面が暗転し、
『10:00』
世界一長い10分間が終わった
エンディングが流れる。
「……タイトルからは想像もできないゲームだったな」
「実質10時間だしね」
……予想外の方向から心をえぐってくるシナリオで疲労困憊だ。
調理する気力もない。
仕方なくピザを温めながらコーラのフタを開けた。
そしてピザを一口食べたぐらいのタイミングでスタッフロールが終わり、
『冒険の記憶を保存しますか?』
いわゆるクリアデータの保存だ。
普通のゲームだとクリアデータをロードしたら一周目のデータを引き継いでまた最初からプレイできたり、一周目にはなかった要素が解放されたりするのだが……。
画面上では勇者パーティーがお互いの頭に手を置いているし、冒険の『記録』ではなく『記憶』になっている。
完全にクリアデータの保存がどうとかいう問題ではない。
「……どっちが正解なんだ?」
「正解なんてあると思う?」
「ないな……」
だがどちらかを選ばなければ、本当の意味でこのゲームは終わらない。
意を決してボタンを押す。
『スキュラス・キュオラ』




