裁判ゲームセット【かりんとうとマンデリン】
裁判ゲーム回を分割して再構成した話です
『蔵前で電車を降りたんですが、その折り白いペンキ塗りの手車を曳いた被告を確かに見ました』
「うーん、どこにもムジュンがないわね」
また仕事をさぼりながら、ピコピコと携帯ゲーム機で『代打逆転サヨナラ裁判』をプレイしていた。
証人の証言のムジュンを見つけたら『異議あり』で反撃するのが基本なのだが、どこにもムジュンが見当たらないらしい。
「待ったかけるしかないのかしら」
「待った?」
「待ったをかけると証言の内容を細かく追及できるのよ」
『待った!』
異議ありのときと同じくボイス付きで演出が入り、
『そんなことをよく覚えていましたね』
『それはその白い車を曳いた被告人を見たおかげで、その時まで忘れていた大事な着物の洗張りを思いついたからです』
洗張りは着物特有の洗濯方法だ。
ナンバリングではなく外伝作品のようで、戦前が舞台らしい。
待ったをかけて証言の細部を追求するものの、それでもムジュンらしいムジュンは出てこなかった。
『待った!』
『待った!』
『待った!』
『待った!』
「……総当たりかよ」
「アドベンチャーゲームの基本でしょ」
証人がボロを出すまでひたすら待ったをかけ続ける。
よく裁判長に怒られないものだ。
『あなたの他に被告を目撃した人はいません。あなたはウソを吐いているのでは?』
『私はこれまで何度も証言台に立っています。偽証などしたことはありません』
「……何度も?」
主人公の弁護士もその証言に反応した。
一般人が証言台に立つなど、一生に一度あるかないかだ。
何度も立っていることは明らかにおかしい。
『今の発言を証言に追加してください』
ムジュンや気になることがあると、新たに証言に追加させることができ、その証言に『待った』や『異議あり』をかけられるようになる。
証人の経歴は事件とは無関係だが、証言の信憑性に関わる問題なら追及することができるのだ。
『あなたがこれまで証言台に立った事件のことを教えてください』
事件名を聞きだし、助手が慌ててその事件についての資料を取り寄せる。
どれも小さな事件だ。
殺人や大金が絡むものは一つもない。
被告と面識のある事件も皆無。
たまたま事件に遭遇して、証人として出廷していた。
そして証人の証言が決め手になって有罪が決まっているケースが多い。
「……愉快犯ってこと?」
「無実の人間を陥れることに快感を覚えるタイプか?」
だが動機が弱い。
それにウソを吐いている証拠を突きつけなければならないのに、手持ちの証拠にそれらしきものがなかった。
つまりちゃんとした動機があるはず。
「どれが正解なの?」
証拠を一つ一つ調べ直す。
すると裁判所内で拾った紙片が目についた。
証人が落としたものらしい。
「そういえばこれがなんなのか未だにわからないのよね」
『有罪 峰野義明』『無罪 片岡八郎』
有罪・無罪と名前、そして謎の数字が書かれた二つ折りの小さな紙片。
数字は一桁か二桁だ。
「数字は懲役かしら?」
「いや、無罪の紙にも数字が書かれてるから懲役じゃないだろ」
今日行われたどの裁判にも峰野や片岡という被告はいない。
だがこの裁判に無関係とも思えなかった。
もっとシンプルに考えるべきなのかもしれない。
「なんかクジみたいな紙ね」
「……クジ?」
ハッとする。
「マジでクジなんじゃないか、これ?」
「は?」
「スポーツクジはチームの勝敗に賭けるだろ? それと同じ要領で、この裁判が有罪になるか無罪になるか賭けてるんだよ。数字は賭け金だ」
「ええ!?」
「そしてこの証人は有罪に賭けてる。それなら全てに説明がつく」
『これでもくらえ!』
証人がウソを吐いている証拠として紙片を提出する。
『ぎゃー!?』
案の定、証人が悲鳴を上げた。
正解だったらしい。
峰野義明や片岡八郎の身元もすぐに調べられ、彼らの証言から証人は偽証罪で捕まり、取り調べを受けた。
『実に不敵な悪党でしてね、もうずっと以前から法廷で博奕をやってたってんですよ』
『こいつあ、どんな博奕よりも、なんかこう、ぞくぞくするような別の魅力があって、とても面白いんだそうですよ』
『最初は、二、三人の仲間同志でやってたんだそうですが、もともと玄人同志がやってたんでは互損ですから、やがて素人を引入れ始めたんです……つまり、休憩で退廷した時なぞに、休憩室で遊び半分の傍聴者を誘って、今度の事件はどうなるでしょう、なんてことを引ッ懸りにして、それじゃアひとつ賭をやろうじゃアありませんか、とまア、そんな風に仲間に引入れるんです』
『図に乗って、だんだん病が深入りし、とうとう今度のように、証拠不充分で皆目見当のつかないような裁判に、女房なんか使ってトテツもない大それた事をしはじめたんです……』
「『野球賭博』ならぬ『裁判賭博』か」
野球賭博でプロ野球選手が八百長に加担したという例はあるが、裁判賭博で勝つために証人として出廷して裁判結果を操作していたなんて動機、わかるはずがない。
今までの事件ではいなかったタイプの犯人だ。
「しかもこれ元ネタあるみたいね」
「戦前に活躍したミステリ作家の小説か」
大阪圭吉の『あやつり裁判』という作品らしい。
まったく知らない作家なので後でチェックしてみよう。
「番外編ならこっちもいいいわよ」
『代打逆転サヨナラ中世裁判』
中世を舞台にした番外編らしい。
「面白いのか?」
「私はこっちの方が好き」
「ならやってみよう」
「じゃあおやつ用意してくる」
珍しく気が利いている。
「かりんとうとコーヒーでいい?」
「ゲームに出てくるやつか」
「かりんとうは科学捜査官、コーヒーはライバル検事の好物よ。『闇より深く、地獄より熱く苦い』コーヒーっていうこと以外はなにもわからないオリジナルブレンドだけど」
「苦いコーヒーといえばマンデリンじゃないか?」
「じゃあマンデリンね」
豆を挽いてコーヒーを淹れるのに少し時間がかかりそうなので、先に代打逆転サヨナラ中世裁判を起動しておく。
さっきの話で要領はわかっているので、捜査も手慣れたものだ。
しかし、
『有罪』
「……なんだこれ。曖昧な証言と信憑性のない証拠で無理やり押し切られたぞ。本当に無罪になるのか?」
「普通に弁護しても無罪にできないわよ、『神明裁判』がメインなんだから」
「神明裁判ってあれか? 無罪なら煮えたぎる熱湯に手を突っ込んでも、神さまの祝福で火傷しないとかいうトンデモ裁判」
「そうそれ」
色々操作してみると、神明裁判のコマンドが出てきた。
「ポチッとな」
とりあえず押してみる。
『あなたが本当に無罪なら、どこであれ裸足で歩けるはずです。たとえそれが肉焦がし骨焼く鉄板の上でもっ……!』
『うおー、あっちー!?』
『有罪』
「なんでだ!?」
「足の裏に断熱素材を塗らないからよ」
「神の祝福はどこ行った!?」
もはや裁判でもなんでもない。
「仕方ないじゃない。それが中世の裁判なんだから。アクションが得意なら『決闘裁判』もあるわよ。相手の有罪は確実なんだけど、証拠がなくて無罪になりそうな場合、被害者は決闘を挑むことができるの」
「返り討ちにされる可能性は?」
「相手が強いから高確率でそうなるわね。特に男と女の場合、男は下半身が穴にハマった状態で戦わないといけないから不利だし。勝ちたいなら助っ人か代理人を立てないと」
「……神明に決闘ときたからには、とうぜん『魔女裁判』もあるんだよな?」
「もちろんあるわよ。火傷すれば神さまの祝福がないってことで有罪、無傷なら魔法を使ってたとして魔女認定されて有罪」
「つまり被告がなにをやっても有罪になる、と。……それはゲームとして成立してるのか?」
「特殊裁判は無罪を立証できない時の最後の手段よ。使える回数も限られてるし。基本は普通の裁判」
「ぜんぜん普通じゃないだろうが!」
「これでも飲んで落ち着きなさい」
コーヒーとかりんとうが出てきた。
マンデリンは苦味こそ強いがコクもあり、余計な酸味がないので飲みやすい。
特に黒糖のかりんとうと相性がよく、日本人好みの組み合わせだ。
かりんとうは細身で気軽に食べられるだけに、一本食べたら止まらなくなる。
「コーヒー美味しい?」
「まだまだだな。……って、あちっ!?」
「あ、いま嘘吐いたでしょ」
……なぜ神はどうでもいいところで罪を明らかにするのか。




