表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/382

リアル脱出ゲームセット【屋台とかりがね茶】

「ここか」


 リアル脱出ゲーム『パンドラの箱』。


 うちの店が協力した、商店街のお祭りゲーム企画だ。

 といっても内容を考えたのは先生で、俺たちは何もしていないのだが……。

「いらっしゃいませ」

 貫頭衣かんとういに月桂樹の冠をした受け付けのお姉さんに無料チケットを渡す。


「携帯電話はこちらに。制限時間は30分です」


「はーい」

 中へ入るとカチッと鍵を掛けられる。

「さて……」

 どこから手を付けるべきか。

 腕組みして部屋の中を見回す。

 室内は古代ギリシャ風に飾られていた。

 特に目を引くのは2つ。


 ずらっと並べられた古代ギリシャの衣装(受付のお姉さんが着ていたようなものから、本格的なものまでそろっている)。


 ディスピアすなわち『絶望』というシールが貼られているノートパソコン。


 パソコンはデジカメと繋がっているが、監視カメラというわけではなくただの撮影用の安物だ。

 パソコンのスイッチを押すと、省電力モードだった画面が明るくなった。

 設定をいじっているらしく、このパソコンで行えるのはキーワードの検索(ネットには繋がっていない)・撮影した写真の編集・メールの送信(受信は不可能)だけらしい。

「パンドラの神話にゆかりのあるキャラのコスプレしてから、写真撮ってメールで送れってことか?」

「さすがに簡単すぎない?」

「……だな。先生がそんな単純なゲームを作るはずがない。するとやっぱりこれか。パンドラ……っと」


 パソコンで検索する。


 パンドラの箱は知っているが、伝説の細部までは覚えていない。

 検索結果によると人間に災いをもたらすため、ギリシアの主神ゼウスがヘパイトスという神に作らせた女性らしい。

 ゼウスはパンドラと『絶対に開けてはいけない箱』をエピメテウスに送る。

 その後は有名な話だ。


 パンドラは好奇心に負けて箱を開けてしまう。


 箱の中にはあらゆる災いが閉じ込められており、世界中に災いが振りまかれてしまった。

 ただ箱の底には希望が残っていたので、人間は絶望せずに生きることができる。


 ……そういう神話のはずなのだが。


「残ってたのは希望じゃない?」

「解釈がいくつかあるのね。このゲームでは『絶望が外に出なかったことが希望』なんだ」


 検索結果によると箱に残った絶望は『未来の記憶』となっている。


 自分の未来になにが起こるか全てわかり、なおかつそれを変えることができない。

 それは確かに絶望的だ。

「つまりこのパソコンの中には未来が詰まってるってことだな」

「そしてそれを変えることができない。っていうより『この中に入っている未来は必ず起きる』わけだから。逆に考えると『その中の一つを私たちが起こさないといけない』ってことじゃない?」

「なるほど、それでこの衣装か。俺たちはギリシャ神話の登場人物の誰かって設定で、その人物になりきらなければいけない、と」


 ゼウス、ヘラクレス、アキレウス、ペルセウスetc


 ギリシャ神話のエピソードは膨大だ。

 そのどれか一つに絞らなければならない。

 30分で推理するのはしんどそうだ。

「なにかヒントはないのか?」


 カタカタと片っ端から人物検索していく。


 だがいくら探してもただの登場人物紹介で、有益な情報はない。

「くそ、情報量が多すぎる!」

「検索ワード限定すれば?」

「それが出来ないから困ってる」


「監禁とか幽閉は?」


「あ、そうか。俺たちは閉じ込められてるんだ」

 幽閉で検索。

 イカロス、ダナエー、タナトス、ティターン、ピロメラ、ミノタウロスetc.

 試しに生け贄として迷宮ラビリンスに送り込まれたテセウスのコスプレをして、ミノタウロスの着ぐるみを倒し、アリアドネの糸で脱出する様子のメールを送ってみたが何の反応もない。

 瑞穂にイカロスのコスプレをさせ、ロウ作りの羽根を背中に生やしてみたがこれも外れ。


 その天使のような姿を保存するのが精いっぱいだった(ゲームが終わったら画像を携帯に転送しておこう)。


 他のコスプレでも結果は同じだった。

「ひょっとしたら閉じ込められてるんじゃなくて、隠れてるんじゃない?」

「その可能性も捨てきれんが……。それだと幽閉より検索結果が多くなるぞ」

「難しいわね」

「……あるいは、こっちが難しく考えすぎなのかもな」

「え?」

「いくら検索できるといっても、祭の出し物なんだからマニアックな問題は出さないはずだ。パンドラとか星座の神話みたいに比較的有名なエピソードから問題を引っ張ってきてる可能性が高い。ちょっと考え方を変えればすぐに気付くようななにか……。盲点。逆転の発想」

 ダメでもともと当たれば儲けの気持ちで『隠れる』のキーワードを検索していた時。

「ん?」

 パソコンを操作する手を止める。


 そう、パソコンだ。


 このギリシャ世界で明らかに浮いている文明の利器。

「あ」

「なにかわかったの?」


「……わかった。っていうかなんで気付かなかったんだ。メールでギリシャ神話っていったら『トロイの木馬』だ! くそ、パソコンそのものがヒントだったのか!」


「トロイの木馬ってコンピュータウイルスよね?」

「厳密にいうと違うが……。ウイルスのようなものって認識で問題はない。俺たちは木馬に隠れてトロイを襲ったアカイアの兵士なんだよ」

「あれ、木馬に隠れたのはトロイの兵士じゃなかったっけ?」

「トロイの木馬って名前だが、木馬の中に隠れたのはアカイア遠征軍なんだよ」


 トロイの木馬で検索。


「オデュッセウス、エペイオス、小アイアス、ディオメデス、ネオプトレモス、メネラオス……。こいつらが木馬に隠れてた兵士か。問題はこの中の誰に仮装しなければいけないのかだ」

「この小アイアスが気になるんだけど」

「小は特に意味ないぞ。同じアイアスって名前の兵士がいるから区別するために大とか小をつけてるだけだ。大カトーと小カトーみたいに」


 小アイアスを検索。


 英雄アキレウスの次に足が速い。

 神をも恐れぬ傲岸不遜な男。

 トロイ陥落時、女神アテナの像にしがみついていた巫女カサンドラを像ごと押し倒して我が物にし、アテナの怒りを買う。

 小アイアスの乗っていた船はアテナの起こした嵐によって座礁するが、それでも彼は悔い改めず、海神ポセイドンによって処刑された。


 ついでにカサンドラを検索。


 太陽神アポロンに気にいられ、未来を予知する力を得る。

 しかしその力によってアポロンに捨てられる未来を予知してしまう。

 カサンドラはアポロンを拒むようになり、アポロンに『誰もカサンドラの言うことを信じない』という呪いをかけられる。

 カサンドラはトロイの木馬によってトロイが陥落することを予知し、木馬の中にアカイアの兵士が潜んでいると忠告したものの、誰も彼女を信じずトロイは陥落した。

「まるでパンドラね。未来がわかっているのに変えることができない」

「小アイアスとカサンドラのコスプレで間違いなさそうだな」

 小アイアスの俺は古代ギリシャの戦士の服装をしう、カサンドラの瑞穂はマネキンにアテナの衣装を着せて抱きついた。


「ここで俺がアテナごとお前を押し倒す、と」


「ふああ!?」

 というのはさすがに冗談だが。

「この!」

 瑞穂に足を踏まれるのも構わず、アテナのマネキンを真ん中にして写真を撮り、添付ファイルの名前を『トロイの木馬』にして送信。


 待つこと数十秒。


 ピンポンピンポンピンポンと景気のいいSEが鳴り、『おめでとうございます』とドアが開かれた。

「いえー!」

 勝利のハイタッチ。

 残り数分のきわどい勝利だった。


「景品はお祭りの屋台の無料チケットが3枚。それからこれはカップル用の予知になります」


「予知?」

 チケットとは別に封筒を渡される。

 恐る恐る中の文書を読むと。


『パートナーと一緒に盆踊りを踊る』


 意外に大したことない。


 ……と思っていたのだが。


「なんて書いてあったの?」

「秘密だ」

 予言紙を胸ポケットにしまう。

 見られても困ることはないものの、見られないように小細工をする必要はあるからだ。


 パンドラも味なことをする。


「じゃあ無料チケットで手に入れた無料チケットで時間潰すか」

「そうね」

 もうすぐ日も暮れて人も増えてくる。

 売り切れる心配もあるので、ここらで何か食っておくべきだろう。

「なに食う?」

「お好み焼き」

「じゃあ俺は焼きそばだな。んー、二人で食うにはちょっと少ないか? ついでにタコ焼きでも……」

「ソース味でかぶりすぎ」


「ならタコせんだな」


「なにそれ?」

「タコ焼きをえびせんで挟む」

「ソースじゃない!」


 なぜお祭りや海の家で食うソースものは美味いのだろう。


 B級グルメの定番・富士宮焼きそばに、お好み焼きは豚玉チーズダブル、そしてえびせんにたこやき2個にマヨネーズ・おかかをハサめば『屋台の欲張りセット』の完成だ。

 ソース味にはかりがね茶だろう。


 そうして適当に食べ歩いていると日が暮れ、盆踊りが始まった。


「さて、俺たちも踊るか」

「これがさっきの予知?」

「その一つだ」

「一つ?」

 文書に記されていたのはわずか三行。

 一行目は踊ること。

 三行目は『この紙に書かれていることは必ず起こる』という注意書き。


 そして問題は二行目。


『○○は××と△△する』


 ○×△は空欄だ。

 この二行目の虫食い文書に、三行目の注意書きを照らし合わせ、行間を読むとこうなる。


『この紙にやりたいことを書けば、それは必ず実現する』


 既に二行目には俺の手で避けられない運命を書き込んである。

 後は実行するだけだ。

 瑞穂の手を取り、リードしながら見よう見まねで踊る。

「もう一つの予知はなんだったの?」

「これだ」


 瑞穂をくるくると回転させてこちら側に引き寄せつつ、腰を抱く。


「え、ちょっと、これ……!?」

「残念ながら逃げられないぞ。なぜならこれは運命だからな」

「ふああ!?」

 そしてパンドラの予知した通りの未来が実現する。


 ……しかしそれはレモンやイチゴのような甘酸っぱいものではなく、ソースの味がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ