ゲームブックセット【みつまめとサイダー】
参考ゲーム
オイクメネ
「新しいゲームブックを作ってみました」
「またですか」
『アネクメネ』なるゲームブックを取り出した。
タイトルからして異世界ファンタジー系かと思いきや、表紙には廃校舎が描かれている。
「ホラー系か」
舞台は小学校。
最初のページに校舎の間取りが載っている。
中庭を校舎がぐるりと取り囲んでいる形だ。
たぶん校舎に閉じ込められて出られない(窓が開かない・ガラスも割れない)というパターンだろう。
単純な構造のはずなのに、やけに本が厚い。
……この単純な校舎のどこにそれだけの文章量を詰め込めるんだ?
恐る恐る話を読み進める。
『10年後にまた皆で集まろう』
プロローグは小学校の卒業式。
舞い散る桜の下で4人の少年少女が再会を誓い、そして10年後。
地震と津波によって崩壊した母校に彼らは集まった。
見るも無残な姿に変わり果てた母校を弔うため、彼らは校舎の中に足を踏み入れ、思い出の場所を巡っているうちに閉じ込められてしまう。
廃校舎には口裂け女などの都市伝説系の妖怪や幽霊、怪人(おそらくこの作品オリジナルキャラたちで、コスプレのように派手な服装をしている)が徘徊していた。
『駆逐してやる、大人たちを。一人残らず!』
執拗に主人公たちを狙ってくる怪人はいるものの、明確な殺意を持つ化物はあまりいないのでゲームブックにしては死ぬことが少ない。
とりあえず校舎を虱潰しに探索していると、同期生とはぐれてしまった。
そして気づく。
いつの間にか校舎が変わっている。
今までいなかった妖怪(トイレの花子さん、二宮金次郎の銅像、音楽室のベートーベンの肖像画、人体模型など)が姿を現し、存在していなかったはずのアイテムが出現していた。
気になるのは壁に書かれている数字だ。
これも探索しているうちに消えたり、数字が変わる。
「なんだこれ、法則がぜんぜんわからん」
校舎の間取りはわかっているのでマッピングをする必要はない。
パラグラフ(文章に振られている数字)に妖怪やアイテム、壁に書かれている数字をメモっていく。
しかしあまりにも変化が激しい。
最初に入った1年4組と、現在の1年4組、そして何か行動した後の1年4組はすべて違う。
メモをしても、そのメモをした場所に戻ることができない。
「まずはどういう条件で変化するのか突き止めるのがオススメです」
「わかりました」
アドバイスに従って変化条件を最優先に考える。
怪しいのは妖怪と壁に書かれている数字だろう。
文章を読む限り、妖怪や怪人を倒しても何も変化している様子がない。
ならば数字だ。
隣に数字が書かれている扉をくぐると、中が変わっている気がする。
それを確かめるために、数字の書かれていない場所を探索して同じ道を戻る。
「当たりだ」
どれだけ移動しても変化がない。
そして数字の書かれた扉をくぐると、中が変化した。
中に入った部屋だけではない。
校舎全体が変化している。
壁に書かれている数字は1から49。
現時点で49パターンの校舎の変化があるということだ。
つまりこのゲームブックには1つの廃校舎しか存在しないのに、49個のダンジョンと変わらないボリュームがある(49個の同じマップのダンジョンが存在し、1のマップで2と描かれた扉をくぐると2のマップへ移動する)。
これだけの厚さになるのもうなずける。
この数字の校舎はどの数字の校舎に繋がっているのか、メモを整理しないといけない。
構造的に来た道を戻っても元の場所には戻れないから、かなり変則的なマッピングになる。
「とりあえずマッピングしながら一服するか。給食ならみつまめとサイダーだな」
「……みつまめとサイダーなんて給食に出てきましたか?」
「混ぜればフルーツポンチになります」
「あー、なるほど」
みつまめといっても蜜はかけずにサイダーをかける。
俺たちの母校の給食ではシュワシュワ感はなかったが、これは食べる直前にサイダーをぶちこむので炭酸の刺激がたまらない。
いつの時代も給食の人気ランキング上位に入るだけあって、いかにも子供の好きな味だ。
時々無性に食べたくなる。
「学校が崩壊したのが創立50周年だから、この数字は年代か?」
手に入る学校新聞なども時代がバラバラなので、年代ごとに変化しているのは確実だ。
順当に考えるのなら、卒業できなかった44~50期生がこの怪事を起こしている。
ならば徹底的に調べるのは44~50。
あるいは主人公たち34期生だ。
この学校で6年を過ごしているのだから、34~40まで調べる必要があるのかもしれない。
……範囲が広すぎる。
他に推理要素があるとすれば、
「怪人か」
普通の妖怪ものに出てくるような化物は少ない。
主人公たちを殺しに来るのは怪人が中心だ。
災害で死んだ子供たちが元凶なら、この怪人は子供たちの成れの果てと推測できる。
ただ妖怪に比べて怖さやおぞましさが足りないし、どす黒い怨念も感じない。
ゲームブックの挿絵を見る限りどの怪人も漫画やアニメに出てきそうなスタイリッシュなキャラで、あまりにも『子供たちの憧れるヒーロー』すぎる。
ホラーには似つかわしくないキャラ設定だ。
「ん、やっと棚のカギが見つかった」
カギを開けて大量の学校新聞や卒業アルバムを調べる。
調べるのは『将来の夢』。
主人公たちの夢は野球選手やゲームクリエイター、パティシエ、教師など、わりと無難なものが多い。
特に意味はなさそうだ。
重要なのは低学年。
「ビンゴ」
おそらくその年代に流行っていたキャラなのだろう。
『少年調査団』『魔法少女テクニカル菜乃波』『家電ライダー茂鬼』など、廃校舎に現れる怪人の名前と手描きイラストがいくつもあった。
「うーん、年代があわんな」
殺しに来る怪人たちの年代は古いものが多い。
どれも44~50、あるいは34~40よりも古いキャラクターだ。
災害で死んだ子供たちの怨念がそのまま怪人化したとは思えない。
仮に怨念の影響でかつての子供たちの夢が怪人化したのなら、その夢の核になったものがあるはずだ。
学校新聞や卒業アルバムこそ夢の詰まっているアイテムのはずなのに、欠けている年代がない。
これが民家ならヒーローの人形やぬいぐるみなど、怨念が宿れそうなアイテムがあるのだろうが……。
学校に個人の思い出の品はまず残っていない。
「いや、待て……」
学校のマップを眺めていると、ふと気になる空間が目に入った。
中庭だ。
このゲームブックは50個のダンジョンに匹敵するボリュームがある。
中庭を1つ追加するのは、部屋を50個増やすのと同じだ。
俺なら必要もない中庭なんて設定しない。
なのに中庭が存在するからには、必ず意味がある。
このゲームの設定で中庭に出番があるとすれば、それはどんなシチュエーションだ?
『10年後にまた皆で集まろう』
卒業式の10年後、皆で集まって何をする?
答えは一つ。
「タイムカプセルだ!」
中庭に直行してシャベルを使うと、ボロボロの箱を発掘した。
隙間のあるタイムカプセルが多い。
夢の詰まったアイテムが怪人化したからだ。
「……どれが重要アイテムなんだ?」
タイムカプセルは学校行事ではないらしく、個人で埋めているらしい。
それでもかなりの数がある。
だがキーアイテムらしきものが見つからない。
主人公たちのタイムカプセルも当時流行っていたおもちゃやキャラクターグッズ、そして自分たちの夢である野球選手、ゲームクリエイター、パティシエ、教師に関するものだけだった。
「……教師?」
ハッとする。
さっきは特に意味はないと流していたが、この夢の教師はなんの教師だった?
中学か、高校か、それとも……。
「まさか」
卒業アルバムをチェックしなおす。
『6年3組 古月直人 将来の夢・小学校の先生』
『6年3組担任 古月直人』
「災害が起きる前に教師になってる! やっぱり同期生の一人はあの災害で死んでたのか!」
「ふふふ」
先生がにっこりと笑った。
正解らしい。
中学・高校で6年、短大卒業で2年、9年目で教師になり、10年目で災害に巻き込まれたということだ。
古月直人にタイムカプセルと卒業アルバムを使う。
『思い……出した!』
真相はおおむね想像通り。
10年後の再会の約束を守りたい、子供たちの夢を叶えてやりたい(卒業させたい)という遺志が、非業の死を遂げた無念によってゆがんだ形で具現化したらしい。
誰も直人が死んだのを知らなかったのは、災害がつい最近の出来事だからだ。
まともに連絡を取れないため、そして災害の起こった日が卒業式に近かったため、ダメもとで全員母校へ集まったらしい。
直人が泣きながら壁に『50』と書く。
そしてドアを開くと、元のボロボロな廃校舎に戻った。
『卒業おめでとう』
廃校舎に縛られていた子供たちの霊が光の中に消えていく。
だが直人の姿はどこにもなく、中庭の樹が一本だけ満開の桜を咲かせていた。